第28話 正一過去 汚い女


うちの親父が後添いを娶った。


まだ、母さんが亡くなったばかりなのに何をやっているのか解らなかった。


母さんは親父の浮気癖に悩まされていた。


何度も何度も浮気を繰り返す親父……それでも親父を愛し尽くしていた母さん。


『お金なら幾ら使っても構わない、お酒だって好きなだけ飲んで良いだから、女遊びだけはやめて』


そう泣いていた母さん。


そんな母さんを煩いと怒鳴り、罵っていた親父。


母さんが死んでも涙すら流さず……淡々と葬儀をした。


そして、それから1年も経たないうちに『美沙』という女を後添いにした。


美沙は俺の親友の和也が『姉の様に慕っている女だ』


子供ながら『彼奴惚れているな』位は俺にでも解る。


わざわざ顔を見る為に村をブラブラしている和也を見かけた。


いつも話すだけで顔を真っ赤にしていた。


だが、そんな美沙を親父が無理やり後妻にしたから……あの優しかった和也に鬼が宿った。


顏には出していないが、彼奴はあの時から『俺を嫌い』になっていた。


友達だったから解る。


顔で笑っていても心はいつも泣いているか……怒っていた。


俺の家に来た美沙は……人間じゃなかった。


いや、人間の扱いをされていなかった。


俺達は勿論、使用人と一緒に食事をとる事も許されず。


いつも夜遅くに1食だけ残飯みたいな残り物を食べていた。


お風呂も使用人の後に入り、その後の掃除も美沙がしていた。


明るかった表情はどんどん暗くなっていった。


最初の頃は良く『泣き声』や『叫び声』が聞こえてきていた。


『嫌ですやめて下さい……』


『うっうっイヤぁぁぁぁーー』


子供ながら、何をされているかよく解った。


いつも泣きながら逃げれば良いのに、親父の相手をさせられていた。


後妻といえ妻なのだから、そういう相手もしなくちゃならないのだろう。


この時はまだ和也に悪いと思いながら『年上のお姉さんの裸』に興味があった俺は良く覗いていた。


この辺りまでは美沙はまだ俺にとって人だった。



だが、親父が行う行為が母さんや妾の時とは違うと言う事に気がつき始めていた。


トイレから泣き声や悲鳴が聞こえて来た事があった。


『いやぁぁぁ汚い、汚いからいやぁぁぁーー』


『せめて……せめてそんな、いやぁぁぁ』


トイレを覗いて俺が見たのは親父の小便で濡れていた美沙だった。


そんな美沙でも偶に一番風呂に入れる時がある。


親父と入る時だ……


まだ、この頃は美沙を女と見ていた。


俺が覗いた先で見たのは石鹸をつけ体全身で親父を泣きながら洗っている美沙の姿だった。


本当に他の女と扱いが違う。


母さんとそういう事をしている時は『愛している』という言葉を使っていた。


それは妾や愛人でも同じだった。


だが、美沙にはそう言う言葉を使っているのを見た事が無い。


『辛気臭い』『生意気な』そんな言葉ばかりだ。


捕まえたカエルで遊んでいた自分の姿に親父の姿が重なった。


美沙は仕事を使用人以上にして、その合間に親父におもちゃにされていた。


寝る時も親父に何時間も弄ばれていて、泣き声やすすり泣く声が朝方まで聞こえてきた事もある。


『いやいや……せめて、普通に普通にして下さい』


『ううっグスッ、ううううっ』


『汚い、汚いのはいやぁぁぁ』


それが毎日休むことなく聞こえてくる。


多分睡眠も真面にとっていない状態で毎日過ごしているのだろう。


その結果、手入れされた綺麗な長い黒髪は乱れ汚れ、目に何時も隈がある状態になり……痩せたていった。


風呂にも入れない日があるのか臭い日もあった。


多分、真面に寝る時間も無いから身だしなみに気を使えなくなったのだろう。


そしてとうとう、美沙は親父に逆らわなくなった。


何時も親父に暴言を吐かれ暴力を振るわれ心が折れたのかも知れない。


望むままに親父と風呂に入り、呼ばれればトイレにも行く。


この頃にはもう、俺には女どころか人としても見れなくなった。


もう豚みたいなもんだ……使用人以下の家畜だ。


だが、目に光を失った美沙を飽き始めたのか親父は更に雑に扱うようになった。


気にくわない事があると、そういう目的でなくただ、ひたすら殴っていた事もある。


逆らわなくなった代わりに話さなくなった美沙が面白くないのか親父は更に酷い事をする様になった。


美沙を裸にして一日中庭の木に縛り付けていた事もあった。


何をしても声を出さない美沙に熱した火ばさみを押し付け悲鳴を上げさせていた事もある。


流石に喋らなくなった美沙も……


『熱い、熱い……いやぁぁぁぁーーやめて』


この時ばかりは叫んでいた。


いつしか、俺は美沙を女でも人間でもない、汚い物にしか思えなくなった。


事実、臭いし汚い…… 


そんな家畜のような美沙が、人間に戻る時がある。


和也と話す時だ。


汚く臭い時は和也を見かけると隠れていた。


逆に、そこそこ綺麗な時は、自分から和也に話しかけていた。


俺は……頭の中で、お前みたいな汚い奴が和也と話すな。


そう思っていたが、この汚物みたいな女と嬉しそうに話す和也を見ると……やめさせる所か声も掛けられなかった。


だが、ある時のことだ……


『嫌ぁ嫌ですよ……やめて下さい! せめて昼間はやめてーーっ』


『美沙、お前は儂の妻だ、こういう仕事も妻の仕事じゃ』


そう言いながら親父が美沙に馬乗りになって服を千切る様に脱がしていた。


わざとだ……美沙が和也と話しているのを見た親父が遊びで和也が通る時間に襖をあけて見える様にしたんだ……


その証拠に昨日は珍しく風呂に入れ今日は綺麗な服まで着させていた。


美沙も恐らく和也に気がついている。


それじゃなくちゃ、こんな抵抗はしない。


なんでもする様になった汚い女がこんな抵抗をする筈がない。


『嫌です……嫌、やめてください…..お願いします』


『これは妻の務めだ……今日が初めてじゃないだろうが』


『せめて……せめて夜だけにして下さい。汗だらけで……お風呂位は……』


パンッ


『煩いわい! 身寄りのないお前を引き取り妻にしてやったのは儂じゃ逆らうでないわ! 逆らうなら裸で家から放り出すぞ』


もう親父はこの汚い女に殆ど興味はない。


最近は殆ど使わなくなっていた。


和也に姉のように話すこの女が和也に見られたらどう反応するか。


それが見たいための遊びだ。


逆らったから、頬っぺたを腫らし口から血を流している。


『解りました……どうぞお使い下さい……』


『解れば良いんじゃ…しかし美沙は辛気臭くてたまらんわ。器量は良いがまるで人形みたいに何も反応せん……少しはおなごらしく、喘ぎ声の一つでもあげんか』


これも和也に聞こえる様に……まるで芝居だ。


『……』


それから美沙は服を完全にひん剥かれ、おもちゃの様に自由にされていた。


ただ和也の前で声を出さない……泣き叫ばない。


それがこの汚い女の最後の矜持なのだろう。


それからさっき迄と違い、声を全く出さなくなった。


自由に弄ばれている中、美沙と和也の目があった気がする。


美沙が親父に見えない角度で口パクをしていた。


『みないで……もうこないで』


そう言っているのがはっきりと解った。


泣きながら走り去る和也を見て満足したのか、美沙を放り投げ親父は……


『相変わらず人形みたで面白くない』


そう言って立ち去った。


親父は、立ち去る時の和也の顔を見たのだろうか……


眼から涙を流して泣いていたが、目には明らかに怒りの気持ちが浮かんでいた。


この日から和也は俺を避ける様になった。


ただ、俺は……いつか和也が親父を殺すんじゃないか、そう思えてならなかった。


その時俺はどうするのだろうか?


和也は俺の親友。


親父はクズでも身内だ……多分何も出来ない。


その時俺はどうするのだろうか?


俺にはその時が来ない様に祈るしかなかった。



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