第55話 高橋、島田SIDE  老害


「高橋……いや高橋さん、悪いのぉ、孫の為に」


「私は今泉社長に言われて準備しているだけで、大した事はしていませんよ」


「確かにそうかも知れんがのぉ、まさかこんなに早く動いてくれるとは思わなんだ」


私は今、今泉社長に言われて、泉屋の横にこれから建築される『自動車工場』の建設に立ち会っている。


今泉社長の凄い所は、将来的には自動車工場の横にガソリンスタンドまで作る計画を練ってしまう事だ。


今回は此方は施設だけみたいだが、ゆくゆくは資格者を雇って……自動車工場兼ガソリンスタンドにするそうだ。


私は今現在、泉屋の統括部長で今泉社長の片腕としてやっているが、この自動車工場が建った時には常務となり、島田の爺さんの孫が部長職につき、自動車部門の責任者となる事が決まっている。


島田の爺さんは工場が出来て来るのが嬉しいのか、暇さえあれば工事の様子を見にここにきている。


孫と一緒に暮らしたいが孫がやりたい仕事が村に無い。


そんな中、自動車工場を今泉社長が『自分孫の為作ってくれた』


しかも、大手で勤めていたからと部長待遇。


これで、島田の爺さんがニコニコしない筈が無い。


「高橋さんや、和也さんは凄いな……暇さえあれば、村の事ばかりじゃ……軽自動車を使った移動販売も和也さんが考えたんじゃろう?」


「ええっ、此処迄来られない方の為に週に3回、村の中で移動販売します。 その時に無ければ、物によっては後で届けるシステムです」


「本当に村を良い方に変えようとしているのが解るのぉ。 だけど、和也さんは、自分の嫁さんを虐めていた皆が憎くないのかい?」


「今が幸せだから許す事にしたそうですよ! 実際に本来なら憎み足りないお種さんに酷い事を言ったからとタバコとお孫さんようにゲーム機をプレゼントしていましたから……折り合いはつけたのでしょう。憎んでいたらお種さんの好きな辛子せんべいなんて態々苦労して取り寄せてまで置かないでしょうからね」


「本当に立派な若人に育ったもんじゃ」


「問題なのは過去じゃ無くてこれからだと思いますよ。 今迄の事は許してくれましたが、また美沙さんを軽んじたり、過去の事をネタに馬鹿にするような態度をとる存在が居たら……そう考えると怖くてなりません」


「和也さんの地雷は美沙さんじゃからな。儂を此処迄優遇してくれたのは美沙さんを助けたからじゃ……あの時助けなかったら、孫と暮らす未来はなかった。 だから、儂なりの恩返しで『美沙さんの悪口は許さん』と知る限りの人間に言っておる」


「その結果はどうなのですか?」


「美沙さんが和也さんと結婚した時点でもう『極力悪口を言わない』と思っていた者が多かったようじゃ。多かれ少なかれこの村の人間の多くは和也さんの恩恵に預かっておる。まぁ当たり前と言えば当たり前じゃ……問題は古馬家の筋にあたる人間じゃ」


「此処で古馬家ですか……」


「ああっ、あそこは未だに自分達が豪農。選ばれた人間だと思っておるからのう」


「時代錯誤も甚だしい。確かに昭和の初期までであれば、活躍したし村も束ねていたのでしょうが……」


「ああっ、この場所を廃村にしてダムにする。その時は村人を纏め上げ国とすら戦った……結果、この村は残った」


「確かに凄いと思いますが……その時に国は莫大な立退料を用意していたんでしょう? そのまま村を離れた方が幸せだったんじゃないですかね」


「確かにそうとも言えるかも知れぬな。 結果、国はダム建設は諦めた物の徹底的なこの村の冷遇だ……そこから」


「まぁ古馬本家が頑張ったのは知っているけど、その苦労を知らない俺達からしたら『国に逆らわないで土地を売っていたら』幸せになれたんじゃないか?そう思いますよ!」


「まぁ、そうとも言える。だが、村の為に戦い頑張ったのは事実じゃ」


「だが、それも私達の世代じゃ過去の話ですよ。 俺の知っている権蔵さんは大柄で人を下に見るダダの爺です」


「恩恵に預かってない世代じゃそうじゃな。 実際に今の古馬家は豪農と言う名前はある物の、過去の財産を食いつぶして生きている様な物じゃ。東条家の様な本物の豪農とは違うような気がしてならん」


「それは薄々解っていますよ……正一さんが行ったのは農学部じゃないという話ですからね、本当に農家のままで行くのなら、農学部か畜産学部に行くはずですが、どちらでもない。 きっと『持って正一さんが結婚してその子供までじゃないか』 そう俺達は思っています」


「多分、それは正しいのかも知れぬ。 もう古馬本家には大きなお金を使える力が無い……儂もそう思っておる」


「確かに資産はあるのでしょうが山を5つ持っていても誰も買わないでしょうからね……」


「高橋さんの言う通りじゃな……もう古馬本家の終わりは近い。この先、この村を引っ張っていくのは和也さんじゃ」


「ええっ、だからこそ『美沙さん』は大切にしないといけません」


「ああっ、和也さんの原動力は美沙さんじゃ。 美沙さんが『この村を出て行く』そう言ったら和也さんは全部潰して出て行く可能すらあるからのう」


「その通りです……だからこそ我々は……」


「美沙さんを守る必要がある。そう言う事じゃ」


「そうですね」


今泉社長は良い人だ。


だから絶対に『権蔵さんに死んで欲しい』とは思わないし、望まないだろう。


だが、俺達からしたら『権蔵さんに死んで欲しい』 皆がそう思っている。


何もせず、いばり散らす。ただの老害だ。


今泉社長が、『死んで欲しい』それを望まない以上は……誰もそうしない。


それだけだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る