第34話 人魚変身

「人魚になる?」


 俺は疑問を口にした。それはミスターの発言に対していた。


「ああそうとも! 自由に変身、とはいかないが、トラップの効果がで一時的に半分獣になったり、スライムになったりといった変身をしてしまうのは、珍しくないだろう?」


 確かに。多いわけではないが、そういうトラップは少なくはない。可愛い系配信者が猫耳になるトラップを踏んで、視聴者からめっちゃ可愛いって言われた場面が切り抜き動画になっていたりするのを見る。

 大概はダンジョンの外に出たら変身が解ける...経緯が経緯とはいえ、俺は例外中の例外だな。

 

 ミスターが言ったのはこうだった。このダンジョンの中には下半身が魚、いわゆる人魚に変身するトラップが水中にある。それをわざと発動させ、水中で丸一日人魚生活をしてみよう、という企画だった。

 

「当初は小生一人で行くつもりだった。男二人は映えないし、メイフェン、うちの女子は大の魚嫌いでな」


 ミスターの少し後ろに居る三人がブーイング。だがガチのものではなく、ふざけあっている感じだ。4人の仲の良さが見て取れる。


「面白そうだけど、アタシ水はちょっと...」

「大丈夫! 人魚になれば水中で目が普通に見えるようになるし、会話もできるようになるが、残念ながら人魚になっても水中呼吸はできないが、そのために酸素ボンベを持ってきている! 人魚に酸素ボンベという、少し見た目は残念になるが、これくらいは仕方がない」


 なるほど、先ほどからダンジョンに運んでいるボトルのようなものは酸素ボンベだったのか。

 

「にしたって、なぜ俺たちを」

「もちろん! 諸君らが可愛らしいからだ! 人魚は可愛い、美しいものだろう? 諸君は適任だ!」


 俺は思わず頬を抑えた。うう、やっぱり可愛いって言葉には慣れない。リリは「えへへー」と喜んでいる。ちなみにさっき目覚めたヒビキは、この言葉でまた意識を失いかけていた。


「後日小生が動画にするので、配信はやめてほしい。しかしもちろん金銭という形で報酬は渡すし、諸君らのチャンネルも動画の中で紹介しよう、損はないはずだがどうだい?」

「悩むなー。アキはどうする?」


 一配信者としてはまたとない機会なんだろうけど、それはそれとして怖い気持ちがある。俺がでてもいいんだろうかと。


「でもアタシ、アキの人魚姿はちょっと見たいなぁ」


 俺の人魚姿か。ふと、俺もリリの人魚姿、どんな姿か見てみたくなってきた。


「俺もリリの人魚姿見たい」

「え、ええっ!? アタシの!? あ、アキがそういうなら、いいよ! 一緒に出よう! ちょっと事務所に国際電話で聞いてくるね」

「決まりだな。ヒビキはどうす...」


 隣を見れば、ヒビキは相変わらず「あばば、あばば」という状態。まぁいっか。

 

「もしもし、マネージャーさんですか? はい、じつはかくかくしかじか...大丈夫ですか!? 電話の奥でひっくり返る音がしましたけど、え、上司に聞いてくる? 上司も側で聞いててひっくり返ってた? 社長に聞いてくる? 社長は卒倒しかけながらOK出してくれた? ではオッケーですね!」


 リリの電話の向こうの事務所、どんな状態か気になるな...

 それはそれとして、俺とヒビキは個人配信者だから許可もいらないよな。


「ミスター、三人で出るよ」

「おお! ありがたい! 一人日本円で五千万円出そう! おっと、ただの口約束にならないよう、動画に残しつつ誓約書も書いて君達へ渡そう!」

「ご、五千万!?」

「あばば、きゅう」


 その金額の大きさに、またヒビキが意識を失った。忙しい子だなぁ。


「では諸君、準備次第始めようか! 『人魚の姿になって、ダンジョンで1日生活してみた』動画の撮影を!」

「...あ、ミスターちょっと待ってください」

「お、なんだね?」


 先ほどミスターが言っていた『人魚に酸素ボンベという、少し見た目は残念になるという話』

 

「なんとかできるかもしれません」


〇〇〇


 水に沈んだダンジョン。ただ水に沈んでいるだけではなく、通路内には海藻やサンゴまであり、水中っぽい雰囲気だ。

 俺たちは水中の中を、シュノーケルを付けて泳ぎ進んでいた。ここは波が無いから、俺でも泳げる。

 俺の前ではぐんぐんとミスターが進み、後ろではヒビキと、ヒビキに背負われてリリが来ている。まだリリには水中は怖いらしく、呼吸が出来ていても泳げないようだ。

 

 俺の前を泳ぐミスターが振り返ると、自身の口を開いて指をさし、親指を立ててグッドサインを出した。

 今俺たちの口の中の上部には、パッチが張り付けてある。なんとこのパッチ、魔力を用いて水を酸素と水素に変換する機能がある。

 

 もちろん、これは志度賛成。少し前にビナーから、クエストの達成報酬で受け取ったオーパーツをもとに、志度さんが作り上げたものだ。

 今日海でリリと溺れかけたあと、『試作品だがこんなのを作ったから、必要だったら渡そう』と言われていた。そのあとすぐバーベキューを始めたから受け取って無かったが、まさかここで役に立つとは。

 これをミスターに渡したら、大層喜んでいた。さすがは志度イケヤの人工生命体と褒められた。

 

 先に入ったミスターの協力者たちがモンスターの掃除はしていたようだが、少しだけ水中には残っていようだ。

 奥へ進みながら水中で魚型モンスターを倒しながら進む。ミスターの強さは確かなもので、水中というのに両手につけたガントレットで、モンスターを瞬殺していった。

 

 そうしてたどり着いたのは地下15階。ミスターが水中で地面を指さすと、そこには淡く光るパネルがあった。

 なるほど、これが人魚化のトラップか。

 

 ミスターが率先して、そのパネルに手を触れる。するとミスターの体の下半身が光を纏ったかと思うと、下半身はそのまま魚の尾ひれへと変化した。まさに人魚の姿だ。

 

「ぷはー! よし、水中でも喋れるな! にしてもダンジョンクイーンさん、とても助かるよ! この志度イケヤの水中呼吸が行える発明は素晴らしい!」


 すごい、ほんとに水の中なのに、ミスターの声がはっきりと聞こえる。

 ミスターに催促され、次にトラップへ触れたのはヒビキ。リリは、目をつむったまま、俺に抱き着いている。

 

 ヒビキの下半身が光に包まれ、人魚の姿になった。

 シスター服人魚か...すごいマニアックだな。


「おおおおお! ほんとに人魚になったっす! 変な気分っすー! あ、あの、ほんとにうちここに居ていいっすか!? 登録者数400人っすよ!?」

「はっはっは! 気にしないで良い! 良い画を期待しているよ!」

「むむむ...がんばるっす。次はリリさんっすかね。うちがつれてくっす。うう、ちょっとこの新しい足、じゃなくて尾ひれは慣れないっす...」


 ヒビキに手を引かれてリリがトラップに触れる。リリの下半身が光り、魚のような下半身...

 

「おお、サメではないか」

「サメっすね」


 なんとなく普通の魚とは違う鮫肌感。リリのギザ歯もあって、サメだな、という率直な感想が浮かんだ。


「ぷはー! すごい! 本当に水の中で目が見える! ...あ、足が本当にない」


 リリは足が魚のようになったことに少ししょんぼりとしていた。かつ、まだ尾ひれになれないらしく、泳ごうとして壁にぶつかっていた。なんとかヒビキがリリをサポートしている状態だ。

 

「最後はダンジョンクイーンさんだ!」


 ミスターに促され、トラップに触れた。

 両足が光に包まれ、暖かな感触。

 足がぴったりと閉じて、開かなくなる。なんだか、妙な気分だ。

 足を白い鱗が包み、足の先からひれのようなものが生える感触。そうして光が静まると。

 

「これで、変身完了ってところかな」


 俺は白い鱗を持った人魚のような姿になっていた。




------------

<あとがき>

すみません、お知らせ的なものですが、今日から更新間隔は1~2日とさせて頂きます。

ちょっと別途短編や中編も並行して書きたい欲が高まりまして...すみませんが、よろしくお願いします。

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