第36話 ととのい損ね(致命的)

 理解しがたい、か。

 

「それ言うとビナー、あんたがここに居るのも理解しがたい」

「えっ、ビナー!? アキト、もしかして前話してたアドミンの!? この人がビナーさんなんだ。あ、確かにNPCっぽい目!」


 リリがビナーに合うのは初めてか。


「うう、アドミンだからアタシたちを襲ってくる...?」

「そこの青髪女子。心配はしなくていい。少なくとも我は主らを襲わぬよ。信じるも信じないも自由だが、今この場でお主らを襲わぬのが証拠の一つではいかがかな?」


 確かに、今この姿の状態で襲われたらひとたまりもない。


「にしても、俺の反応を追えるのか?」

「我だけだ。我の力の一つ、マーキングした魔力の持ち主が何処へおるか、いつかななる場所へ居ても察することが出来る。ゲブラーには無い力だ。最も、本来は不穏分子を見つけ出すための力なのだがな」


 つまり、俺はビナーにマーキングってのをされているってことだ。


「おおっとダアトの力を継ぎし少女、いや幼女よ。身構えなくても良い。お主のことは他のアドミンには共有していない。知っているのは我だけだ。だが、もしかしたらティファレトには気づかれるやもしれぬな」

「それはなぜだ?」

「奴はこのダンジョンに居るからだ」


 それを聞き、俺とリリは驚いた。もしそのティファレトってアドミンも敵対的な奴なら。


「案ずるな。ティファレトはアドミンの中でも最も変わりもの。人間の配信というものに強い興味を持ち、『ダンジョン内で配信する者の、ダンジョン内での幸運乱数の引き上げを提案』したのも奴だ。そして我々の目的である【警告:人間への開示不可】にも有用として、承認されたよ」


 突然言葉の途中に入った、なんか機械的な言葉。ビナーはというと、頭をかかえていた。


「この通りだ。我を含め、アドミンの多くには言動に制限がかかっていてな。ダンジョンを作るまで一か月欲しいと話たのも、そのためだ」

「理由はわからないが、俺たちは待つしかないか。俺たちがここに居るのは、待ちがてら海外に来たら、色々あってこのダンジョンに入ることになったってだけだ」

「なるほど...ティファレトなら主のことがばれても良いだろう。ティファレトは、最も人間に友好的なアドミンであるからな。この前も『映えるダンジョンが出来た。人間の友人に教えないと』と言っていたぞ」


 それはつまり、アドミンとつながりを持っている人間が居るってことか?

 いやちょっと待てよ。ミスターの動画、いろんなダンジョン企画ものがあるが、どれも都合よく見慣れなかったら、面白いギミックがあった。

 今回もそうだ。志度さんがこのダンジョンについて報告して、すぐに食いついてきたという。そして、ダンジョンが水没していて、人魚化のトラップがあることを知っていた。

 

「アキト、もしかして」

「可能性はありそうだな」


 もしかしたらミスターが、そう考えていたところ、ビナーがなぜかリリに顔を近づける。


「あ、あの! アタシに何か用でしょうか」

「...いや、ただの偶然だろう。主の魂の波長が、我らが力の源である【警告:人間への開示不可】に近いものでな...これも言えぬか」

「えーっと、アタシにはよくわからないけど」


 そうしてひと呼吸置いたリリがビナーに言い放ったのは。


「足、見せて頂けませんか?」


〇〇〇

 

 その後、しこたまビナーの足を嘗め回すように見たリリ。ビナーは終始首をかしげていた。

 本当にビナーは顔を出しに来ただけのようで、その後すぐに去っていった。

 

 そうしてようやく録画用のカメラを起動し、ダンジョンを下り進んだ俺たちだったが、すぐに大きな広間へと出た。

 中央が隆起して水面から出ている。まるでゲームに出てくる、水中のボス部屋の雰囲気だ。

 その隆起した部分を除き、水に沈んでいる。

 

「あ、見てアキ! あそこに人が!」

 

 リリが指さすのは隆起し水中から出た部分。そこには、金髪の女性が一人立っていた。

 ウェーブのかかった金髪。その女性の瞳には光が無い。つまりはNPC。もしかして彼女が。

 

「ティファレトか?」


 そう尋ねると、そのNPCは。

 

「げ、なんであーしの名前知ってんの。やばやばやば。てかミシェルの仲間でもないし、どうしよどうしよ」


 ミシェルって誰だと思ったら、リリが耳打ちしてくれた。


「ミシェルって、ミスターダンジョンの本名だよ」

「それってつまり」

「ミスターの知り合い、ってことだね」


 慌てるNPC、もといアドミンのティファレト。俺は手をふってアピールをしながら言った。


「あー、俺たちはミスターのゲストだ」

「え、そうなん? ちょっと待って連絡見てなかったかも」


 ティファレトが手にしたのはスマホ。もしかしてミスターが渡したのだろうか?

 そのスマホを流し見したティファレトは。


「あー! マジだわ! 三人別の子が来るって連絡受けてるわ! てか白銀の髪のあなた、ダアトに似てるわね。あ、それよりも、あれよあれ、編集点! こっから撮影しなおしってことで。ほら、あーしはNPCなんだから、話しかけな」


 スンッ、無表情になり、動かなくなるティファレト。な、なんか今までのアドミンと違いすぎて調子狂うなぁ。


「とりあえずアタシが話かけてみるね。えっと、NPCさん」

「ようこそ水中競技場へ。ここに現れるボスを倒せば、報酬を差し上げましょう。いかがでしょうか?」


 これはクエスト系のやつか。でもあれ、難易度とか言わないのか? リリも同じ疑問を抱いているようだ。

 俺とリリが考え込んでいると、小声でティファレトが話しかけてきた。


「ほら、早く受けてって! ちゃんと難易度は適切に調節してっから」

「わかった、じゃあ受けるよ」

「えー、こほん。貴方たちなら受けてくれると思っていました! では私を倒してみてください! 難易度は☆10!」


 え、☆10って。それ最上級じゃ。

 

「では始めるわよ。あ、説明すると今からここに居るあーし、まぁ遠隔操作のゴーレムなんだけど、これがボスに変身して、オートモードに入るから倒してね...ってよく考えたらあなたたち、最上級の探索者で合ってる?」

「いや、上級...」

「あー...ごめん、もう止めらんないわ。ミスターが助けに来るまで頑張って」


 目の前で変身を始めるティファレト。質量保存の法則なんて全部無視。その姿をモンスターに変えながら、十メートルほどに肥大化させる。その姿は、正に巨大な鮫だ。


「はは。リリ、仲間だぞ」

「あはは。仲良くなれるといいねー」

「ここはさっさとハーフドラゴンに変身して...」


 俺はいつも通り魂に力を...あ。


「ごめんリリ」

「どしたの」

「今変身、無理」

「え」

「ととのい損ねてた」


 一度変身すると、あることをしないと再変身できない。

 それは、サウナでととのうこと。この前オーディションで変身したあと、サウナに入ったのは志度さんの家で一回。

 しかもあの時はパスポートの問題とかがわかったため、とても辛く悲しく苦しく寂しく残念なことにサウナを強制的にお開きにし、志度さんと共にパスポード取得に必要な手続きに奔走してしまった。


 つまりは、あれからサウナにまともに入れてない。

 

「とりあえず、バレットマーク」


 俺は巨大な鮫にバレットマークを付与したあと、無言でリリの背中に抱き着いた。


「逃げろ!」

「オヴィオ(もちろん)!」

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