第37話 『かわいい』『かわいい』『かわいい』
すぐにでもこの広間から逃げ出そう、と思ったら律儀に出口が閉じられている。ビナーの時と言い、クエスト系のNPCのルールなのか出口閉じるのって。
「アキ! どうするどうする!?」
背後からは巨大鮫。巨体に似合わずすさまじい速さで俺たちを追ってきている。
しかしそこはリリ。さすが俺を背負っていても、水中で巨大鮫に負けないほどの速さを持っている。
「大丈夫だ、俺に良い考えがある」
俺はダンジョンに持ち込んでいた異次元ポーチから救助隊バッジを取り出した。
「万一のために持ってきてよかった。よし、早速転送を」
俺は転送を発動させようとした、が。
「...反応しない」
「アキ! 救助隊バッジが使えるのは、それが発行された国の中でだけだよ!」
「あ、そうだった!」
そうだ。なんか国際規約かなんかで、救助隊バッジの利用は、発行された国内に限定されていた。ダンジョン内での救助資格は国ごとに発行されていて、俺の日本国内の救助資格は、海外では利用できない。
そのため海外へ行くときに救助隊バッジを持っていた場合は利用できなくなる。そうだ、忘れてた。
「ならぶっ倒すだけだ。リリ、一瞬水面に上がれないか?」
「おっけー!」
リリが水面からトビウオのように飛び上がる。それに合わせて、俺は両手に出現させた拳銃でバレットマークを打ち抜いた。
銃弾が当たり致命的なダメージが入る。が。
「くそ、壊れたのは表面装甲だけかよ、相性が最悪だ」
巨大鮫は全身を鉄のような鱗で覆っていた。厄介なことに、バレットマークはその小さな鱗一つ一つに判定が付く。そして攻撃しても、破壊されるのは鱗だけだ。内部の本体にバレットマークが付与できていない。
おそらく同じ場所にバレットマークを付与し続け鱗をはがし、内部にバレットマークを付ければ一撃で葬れる。だがしかしだ。
「こんな状況で同じ場所に攻撃し続けるってのは厳しいって!」
リリに背負われ高速移動している今の状態だと、同じ場所を狙い続けるのは不可能だ。
口の中を、と思ったが開いた口の中も、その鱗のようなものがびっしり。
「くそっ、ハーフドラゴンに変身できれば...」
「...ねぇ、アキ、ちょっと試してみたいことがあるから、スマホ貸して! アタシがあげたの防水だから使えるはず!」
「え、この状況でか!?」
「パスワードも解除してお願い!」
リリに俺のスマホ、とはいってもリリから以前受け取っていた配信用のスマホを渡す。リリは巨大鮫に追われながら、どこかへ電話をかけた。器用だ。
「ミスター! 聞こえますか!?」
ミスターに電話かけたのか。確かに電話番号とかチャットツールのレインとかは交換してたが、電話番号を素で記憶しているのはさすがリリだ。
「今ティファレトってアドミ...NPCに合って! はい、はい、なので全力逃走中です! なのでお願いがあります!」
リリがミスターに行ったお願い。それは。
「配信をさせてください!」
...え、この状況で配信!? リリどうしたんだ!?
「配信が出来れば、もしかしたらティファレトが変身したモンスターを倒せるかもなんです! ...え、いいんですか!? ありがとうございます!」
そうして電話を切ったリリはそのまま俺のスマホをいじりだし。
「海外契約してるからネットも電話も普通につながる...おっけー、ごめんアキ、アキのチャンネルで配信するよ!」
「だから何で配信を」
「アクシオン(行動開始)!」
俺の疑問に答えないまま、リリは配信ボタンを押してしまった。
『なんか突発配信はじまた』
『待ってましたわー! 今日の素敵なお洋服はどんなのかしら』
『お嬢様沸くの速いな』
『てか、え、なにこの状況』
いつもの配信のように、俺の背後にスマホがふわふわと浮く。すごい、水中でも普通に配信できるのか。すごい高性能だ。
『どういうこと!?』
『てかリリちゃんも居るじゃん!』
『なんだあの巨大鮫』
『でかすぎんだろ...』
『あの感じ最上級レベルじゃね...?』
配信のコメントとかは読む暇が無い。くそ、何かあの巨大鮫に打つ手は。
『てかダンジョンクイーン!? なんか人魚みたいになってない!?』
『え、かわいい』
『変身系の状態異常だと思うけど、かわいい』
『かわいすぎでは???』
『好き【投げ銭:32000円】』
俺が攻め方を考えていると、水中の下部分になん箇所か、何やら光が沸きあがっているのが見えた。
その光を巨大鮫が通ると、俺が吹っ飛ばした鱗が治っていくのが見える。
「リリ、もしかしてあれは」
「たぶん魔力があそこから噴き出してるね」
「たまに普通のダンジョンでも見るタイプのやつだ」
『自己再生持ちか...』
『あの床の光に関しては魔力水源と呼ばれるタイプの一種のトラップですわ。魔力が沢山噴き出していますわ。私たちがその上にとどまれば魔力を補充できる一方で、モンスターの魔力も回復させてしまいますわ。私も魔法系のクラスなので、よく利用していますわ【投げ銭:50000円】』
『なんかお嬢様博識じゃね』
『高額投げ銭解説助かる』
『それはそれとして人魚ダンジョンクイーンかわいすぎ』
『わかる』
『わかりみ』
『かわいい。あと人魚になったクイーンちゃんが蛇に巻かれて締め付けられる展開もアリだよね』
『それはわからない』
魔力を用いてか...そうだ!
「リリ、確か爆弾持ってたよな? 今日も持ってきてるか?」
「うん! ダンジョン探索道具のことだよね。爆弾ならあるよ! 水中でも使えるけど、あいつ倒すには威力全然足りないかも。」
「威力をでかくする方法がある! あの魔力のトラップの一つに近づいてくれ!」
「え、どうするの!?」
「あいつの口の中を吹っ飛ばす」
そうして俺は、とある小さなパッチをリリに見せた。リリは全部理解したようで。
「わかった! じゃあそこのトラップに! ラピドラピドラピドラピド」
『吹っ飛ばすとか物騒な』
『でも幼女がこういう口調なのやっぱり最高だよね』
『最高【投げ銭:40000円】』
『かわいすぎるからクイーンちゃん主人公で人魚姫映画化して【投げ銭:30000円】』
『あれは最後泡になって消えるからNG』
リリが全速力で移動トラップへと移動する。俺たちはその側で待機し、巨大鮫がこちらに食いつこうとしてきた、その瞬間。
「パッチ発動だ!」
俺は魔力の噴き出すトラップの上で例のパッチ、志度さんが作ってくれた『魔力を用いて水から水素と酸素を発生させる』パッチを発動させた。
人間が口内など体表から発する魔力であれば、人間が呼吸できる程度のものしか発生しない。しかし大量の魔力が噴き出すトラップであれば。
大量の水素と酸素が泡となって発生する。トラップごと俺とリリにかみつこうとした巨大鮫。俺はリリに引かれることで攻撃を避け、トラップとパッチのみが巨大な鮫の口内に。
鮫が口を閉じる直前。
「アテンシオン(注意)! お忘れ物だよ!」
リリが爆弾を尾ひれで巨大鮫の口内へと弾き飛ばす。
大量の水素と酸素、それが爆弾により着火し、巨大鮫の口内で爆発した。
『天才』
『私知ってますわ。これ粉塵爆発ってやつですわ』
『違いますよお嬢様』
『天才でかわいいとか』
『かわいくて人魚で天才。早く国家規模でダンジョンクイーンを保護して愛でるべき』
口内で爆発。普通ならこれで倒せるんだろうが。
「これでも倒せないか」
しかしそれでも口内の鱗を全部吹き飛ばすにとどまった。
そして口内、喉の奥に見えるのは鱗がはがれた場所。Vの字の痣。モンスターの弱点。そして巨大鮫はひるんでいる。
「バレットマーク! これで...!」
その部位にバレットマークを付与し、俺は拳銃を放った。
これで倒せる。そう考えたが。
「くそっ...水中じゃだめだ」
弾がそれる。弱点まで到達しない。ならば危険だが近づこう、そう考えたとき。
「アキ! 巨大鮫がひるんでる今のうち! 今なら配信に人も集まってきたはず。ほら配信に向かってピース!」
「え、何をこんな時に」
「ほら早く! ピース!」
「ぴ、ピース...?」
突然リリに、スマホに向かってピースさせられた。そしてリリがスマホが手に取ると、配信画面を俺に見せてきた。
「見てアキ、このコメント!」
「コメント?」
リリが持つスマホ、そこに映されていたのは。
『かわいい』
『天使』
『あ^~かわいすぎるんじゃぁ』
『かわいすぎ』
『かわいい』
『ヤバイ状況だけどかわいい』
『かわいい』
『美幼女すぎるかわいい』
『かわいい』
『かわいい』
『かわいい』
『かわいい』
『かわいい』
大量のかわいい、の文字。
「う、あ」
顔が熱くなるのが感じる。だが、それと同時に感じたのは、
俺の胸の中。魂に、熱がこもったように感じた。
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