第35話 水没ダンジョンで出会ったのは

「ラピドラピドラピド...いてっ! うーん、まだうまく動けないなぁ」


 そう言いながら水の中を泳ぎ回るリリ。どこが上手く動けないというのか、ここに居る四人の中で一番早く足の動きに慣れて、すさまじい速度で水の中を泳いでいる。

 速度はリリが一番、一方で元々泳ぎが得意だったヒビキは、速度こそリリに及ばないものの、旋回性能を含めた全体的な泳ぎのうまさはヒビキに軍配が上がる。

 

「俺も二人みたいに泳げたらな」

「はっはっは! 気にするな! 小生も同じだ!」


 とは言ったものの、俺も明らかに人魚になる前よりも水中での行動は楽になっていた。

 しゃべれるのはもちろん、なんというか、水に入っている時の違和感的なものが無くなっている。まるで地上に居るかの如くだ。

 

 人魚化のトラップからさらに先に進み、地下20階。どうやらこの階が1日を過ごすメインの場所となりそうで、既に1日を過ごすのに必要な物資が置かれていた。

 ...水中に。

 

 寝袋とか缶とか置かれてるけど、これ食べ物は水中でどうやって食べるんだ。いや、一時的にダンジョン内のくぼみとかにある水面に出て食べれば良いのか?

 あと寝袋。水中でどうやって使うんだろ。

 他にも色々資材やら、撮影用のライトやらがそこかしこに置かれていた。

 

「よし! 外との通信も問題ないようだ! 皆、始めるぞ!」


 そういって水中でも動く撮影用の魔力カメラ...しかもかなり高そうなものを水中に魔力で浮かし、撮影が始まった。


「やぁ皆! 小生たちは今、水に沈んだダンジョンに居る! そして今日は、他の三人はお留守番だ。外で待ってくれている」


 と、近くの水中においてある防水ディスプレイ、そこには、ミスターの仲間である三人が映っている。

 

「え? 何? 日本語で小生が喋っている? 気にするな! 今回のパーティは日本語しか通じないからこれで行こう。英語には後で差し替えておくよ。では気を取り直して...」


 ミスターが水中でくるりと縦回転する。カメラには、足が魚になっているのが映っただろう。


「小生たちはトラップを踏んで一時的に人魚になった! この状態でダンジョンで1日過ごす。初の試みだ。ここはダンジョンの20階。帰りたくともすぐには帰れない。この慣れない尾ひれではね。おっと、まずは先に紹介しておこう、小生たちと言ったね。いつもの3人は居ないが、小生だけというわけではない。三人を紹介しよう」


 さすがは話し慣れているな、と感心しつつ、俺たち三人はカメラの前に姿を現した。

 

「可愛いゲストたちの登場だ! まずシスター服の彼女はヒビキ! 聖職者のクラスで、きっと小生の守りに特化した『ディフェンダー』のクラスと相性がいい」

「が、がんばるっす!」

「おっと、ここで編集点。言い忘れていたが、君達の言葉は動画にするとき、各国の声優に吹き替えてもらう。君達の母国語以外ね。だから気にせず日本語でしゃべってほしい。編集点終わり。次はダンジョンクイーンさんだ」

「俺か、えっと、ダンジョンクイーンだ。よろしく」

「なんと彼女はあの志度イケヤが作った人工の生命体! なんと今回ゲスト出演してもらえることになった! 彼女の可愛さは海外でも有名だったが、人魚の姿もこれまたかわいい」


 だから、かわいいって言われると恥ずかしさの方がまだ大きいんだって!

 えっと、それはともかくとしてだ。次にやるべきことは。


「こんくいーん」


 いつもの配信の時の挨拶をカメラの前で行った。


「いい挨拶ありがとう! そして最後は...」


 最後に残っているのは、リリ、なんだが、リリはというとカメラの前に居る俺たちの背後で。


「ラピドラピドラピド。あわわわ」


 超高速で泳ごうとして、壁にぶつかりそうになる、というのを繰り返していた。

 これはこれで映えるなぁ。


「あー、小生から紹介しよう。彼女はリリ、ごらんのとおりサメで速い子だ。日本では有名な子なんだ。え? なぜいつものパーティじゃないって? まずパーティメンバーのメイフェンは魚嫌いなんだ。それに男より可愛い女の子の方が映えるだろう? やっぱりマーメイドと言えば美女だ!」


 近くのディスプレイに映るミスターのパーティメンバーが、ふざけながらブーイングをする。なんどかこんな感じの流れ、ミスターの動画で見たことがあるな。


「それじゃ始めよう! 4人でマーメイド一日生活、スタートだ!」


〇〇〇


 そうして1日人魚生活が始まった。

 それにしたって、不思議な気分だった。水の中でも地上のように暮らせる。

 ダンジョンの中は9割が水に沈んでいる。それはつまり、1割は地上であるということだ。

 人魚の状態だと地上だとどうなるか、試しに少し上がってみたが。

 

「歩けないな...」

「当然っすねぇ」


 陸に上がったが歩けない。それだけでなく、魚になった下半身部分は水中に特化しているのもあって、ダンジョンの床に少し引きずると傷つくくらいに繊細だった。

 多分耐久的には普通の人間の肌よりは硬いと感じるが、人間の靴の偉大さというのを感じる。

 さらにはしばらく外気に触れていると、肌が乾いて痛くなる。これは魚の性質なのか、それとも人魚の性質なのか。

 

 食事は上半身を外に出して食べる...かと思いきや、ミスターが「人魚と言えば水中での食事だ」と言って、水中で食事することになった。

 でも、スープ系やソースがかかってるような液体混じり系は無理だから、結局食べたのは栄養バー的なもの。しかもどうしても海水が混じってしょっぱい。そういえば、このダンジョンは海水なんだな。

 

 たまーにモンスターに遭遇したりもしたが。


「チョウチンアンコウみたいな姿のモンスターだね。アタシにまかせてー! アクシオン(行動開始)!」


 リリはブーツが無く攻撃が出来ない...かと思いきや、リリは水中での高速の動きをマスターし、尾ひれで物理的なダメージを与え、モンスターを倒してしまった。

 

 人間の適応能力ってすごい。そうして数時間もしないうちに人魚の動きに慣れたが、ちょっとコメントしづらいのが、トイレ事情。

 トイレ系に関しては...俺はノーコメントで。ミスターも「うん、トイレ事情は大幅カットだ」と言っていた。

 

 風呂は水の中だから大丈夫かな、と、この状態でサウナに入ったらどうなるんだろう。蒸し魚になるのだろうか...考えないようにしよう。

 

〇〇〇

 

 そうしてダンジョンでの人魚生活を進め、今はダンジョン内を散策中。ミスターの「ではダンジョン内を探検だ」の言葉を皮切りに、可能な限り深い階層に行く、という話になった。

 そんな最中、俺たちはダンジョン内で下に降りる階段が二つあるのを見つけた。

 

「ここで小生たちは二手に分かれる必要が生じた! ダンジョン内で、二つ階段があることは珍しくなく、可能であればパーティで同じ階段へ進むべきだが、幸いダンジョンクイーンとリリちゃんは上級、おそらく最上級に届く実力者。二手に分かれるのが得策と判断した!」


 ミスターがカメラに向かって説明する。とどのつまりそれは。


「うち、ミスターと一緒っすか!?」

「その通り! あてにしてるよ、聖職者ちゃん」

「あば、あばばば」

「では二人とも! 下の階層のどこかで合流しよう! それと、渡しておいたカメラで撮影も忘れずに!」

 

 そうしてヒビキを連れて階段下へと降りて行ってしまったミスター。俺たちはというと。


「じゃ、行こうかアキト」

「お、久々にちゃんとそっちの名前を聞いた気がした」

「人前だったからね。カメラ回し始めたら、またアキって呼ぶよ」

「おっけーおっけー」

「アタシの背中に乗っていく?」

「そうするよ。リリのが速いし」

「速さならまかせて! そうだ、カメラも回さ...」


 とリリが魔力カメラを自分の背後に浮かせようと振り向いたとき。


「...貴公はなーにをやっておるのだ」


 聞き覚えのある声に俺も振り向いた。

 そこには人が立ってた。そう、人。水中なのに、まるで地上のように水中の床に立っている。さらに、水中でしゃべっている。口から泡を吐かない。つまり人間のような呼吸をしていない。

 黒髪ロングの女性。その瞳には光が無い。その人物の名前を、俺は知っていた。


「ビナー...?」

「やたら遠い場所に貴公の反応出たと思えば、どういう状況なのだ。我には理解しがたいぞ」

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