第32話 サンオイルとバーベキュー

 砂浜で遊んだあと、俺はリズィさんが設置した大きなパラソルの下で一休みしていた。

 この体、体力が無いのが本当に大変だ。


 リリとヒビキはというと。


「浮き輪ってすごいね! これならアタシも溺れない! ラピドラピドラピド」

「ぎょわああああ! 速すぎっすー!」


 8の字をした二人乗りの浮き輪にリリとヒビキが載っている。リリは猛スピードで浮き輪の上でバタ足をし、まるで水上バイクのようなスピードを出している。

 あれに加わるのは、もう少し休んでからかな、そう考えていると。


「幼女ちゃん、頼みがある」


 それはパラソルの側、レジャーシートの上で、サングラスをかけて寝ころんでいる志度さんの声だった。


「えっと、頼みというのは何でしょう」

「サンオイルを塗ってほしい」


 志度さんの側にはサンオイルと書かれたボトルがある。

 ...俺が志度さんの体にサンオイルを!? なんだその漫画や映画でしか見たことのないようなシチュ。


「志度さん、俺男だぞ!?」

「それがどうした。今は幼女だろう?」

「いや、でもだって、俺は心の中は男で」

「私は気にしないよ。今の幼女ちゃんはまぎれもなく幼女だ。そのぷにぷにとした手、間違いなくサンオイルを塗られると、気持ちいいだろう。リズィでもリリでも誰でもない、幼女ちゃんに塗ってほしいんだ」


 うう、確かに志度さんにはかなり世話になっているし...

 ええい、俺も男だ。今はついてないけど。

 

「わかりました。では背中からやりましょうか」


 志度さんは俺の声に合わせて、うつ伏せとなった。

 俺は手にサンオイルをたらし、それを志度さんの背中に塗りたくっていく。

 

 う、なんて柔らかい。大人の女性の肌。男の時も仕事に忙殺されすぎて、女性の肌に触れる機会なんてなかった。

 肩部の骨に合わせて、手を這わせる。背骨に沿いながら、背中全体にオイルを塗りたくる。

 

「ああ、やはり幼女ちゃんにまかせて正解だ。尻も気にせず塗りたまえ」

「うう...」


 下半身のビキニの際ギリギリにオイルを塗っていく。ああ、なんというか、脂肪の柔らかさというのだろうか。志度さんの白い肌から、否応なしに感じる。

 そうして背中を塗り終えたあとは。


「幼女ちゃん、あおむけになった。表も頼む」


 仰向けになった志度さんの白い肌に、オイルだらけの手を這わせる。

 足先、太もも、へその見える腹部、首、肩、腕などへとオイルを塗ったが。


「幼女ちゃん、ここが塗れてないが」


 志度さんが指さすのは、胸元。ビキニで覆いきれない胸元の、白い部分だ。

 さすがにここは、許されるのか、どうなのか。


「志度さん、さすがに」

「やってくれ」

「はい...」


 頼まれたら断れない...俺は意を決し、志度さんの胸元へオイルを塗ろうとした、その時、側から別の人の声が聞こえてきた。


「お二人とも。バーベキューの準備が出来ました」


 その声はリズィさん。志度さんはリズィさんのその声を聞くと立ち上がり。


「そうか。では行くとしよう。幼女ちゃん、残りは自分で塗るから気にしないでくれ」

「わ、わかりました」


 なんだろう、ほっとしたと共に、すごい残念感もある。なんとも言えない気分だ。

 

〇〇〇


「おっにくにくにくー」


 リリが鼻歌を歌いながら肉が焼けるのを楽しみにしている。志度さんはというと、近くの椅子でワインを片手に、肉が焼けるのを待っていた。

 なお、ヒビキは。


「ぐえー、酔ったっす」


 猛スピードの浮き輪に揺られまくり、近くのパラソルの下でダウンしていた。

 気持ち、よくわかるよ。リリの背中に背負われるとめっちゃ酔ったし。


「さてバーベキューか。肉焼きは俺に任せてくれ! 社畜時代にやった社内行事のバーベキューで肉焼きは鍛えたんだ」


 あの時は常に上司の顔を伺いながらだったから楽しめなかったが、今回のバーベキューは顔を伺わなければいけない上司は居ない。楽しく焼けるぞ。

 

「さぁ、俺に肉焼きを...」


 気づく。バーベキューグリル、以外と位置が高い。俺、めいっぱい手を上げないと焼き部分に届かない。

 そうだ、ならば椅子の上に立てば。そう考えグリルの近くに椅子をなんとか持ってきて、その上に立とうとしたが、リズィさんが俺の体を軽く持ち上げ。

 

「危ないです。ここはお任せください」


 地面に降ろされる。

 まるで猫を持ち上げるがごとく。あんなに軽く持ち上げられた...うう、男としての矜持が。


 少し経つと肉が焼け、リズィさんが皿に盛りつけ、皆に配ってくれた。

 俺が椅子に座って食べていると、リリが隣に座り、肉をほおばった。

 

「あむっ、おいしいね!」

「ああ、これがほっぺが落ちそうってやつか。こんな楽しいバーベキューは始めてだ」


 使われている肉、おそらくかなり高い肉を使っている。とろけるような脂身が最高においしい。


「おお、野菜串も旨そうだ。俺、野菜串系好きなんだ」

「よく食べるの?」

「いや、男の時は飲み会とか居酒屋で串を食うことあったが、この姿になってからはめっきりだ」


 そもそも安上がりなもやしとかばかり食べてたし、最近もパンばっかりだった。まともな野菜を食べるのはいつ以来だろう。


「よし早速...うぇ」


 野菜串の先についていたピーマンをほおばった瞬間、俺は思わず吐き出してしまった。

 

「に、にがい...」


 こんなに苦かったっけ...だけだ、この苦さは、俺には食べられない。

 これが、まるで本当の子供みたいじゃないか。前のコーヒーの時といい、味覚も完全に変わってるようだ。


「アタシが食べよーか?」

「ごめんリリ、食べてくれないか?」

「いーよー! 無理して食べることないよ! 食べれないのはアタシが食べるから! 代わりにほら、アタシのお肉あげる!」

「助かるよ」


 野菜串をおいしそうに頬張るリリ。うらやましい...と考えつつ、俺は肉の串を頬張った。美味い。

 バーベキューを堪能していた時だ。


「お、なんかクルーザーが」


 俺は島の側で、クルーザーが走っているのを目にした。その船の上では、何者かが一人、海風を受けるように立っている。

 

「おや、あれは誰っすかね。こんなこともあろうかと、うち、双眼鏡を持ってきたっす! 本当はバードウォッチング用っす!」


 酔いから復活したヒビキが、双眼鏡でその人物の姿を見る。そして双眼鏡をその場に落としたかと思うと。


「あ、あばばば、あばばばば」

「お、どうしたどうした」


 錯乱し始めたヒビキ。俺は双眼鏡を手に、クルーザーの上に立つ人物を見た。

 あれは...男性か? いや、男装をしているが、女性だ。すさまじく顔立ちが整っている。いわゆるイケメン、灰色の髪を持った短髪の、男装の麗人だ。しかもこの南国で、ギラギラの装飾が付いた灰色のスーツを纏っている。

 なんだろう、どこかで見たことが。俺が思い出そうとしていると、ヒビキが言った。


「み、ミスターダンジョン」

「なんだって?」


「ミスターダンジョン。チャンネル登録者数2億人越え。世界一のダンジョン配信者兼、ダンジョン動画投稿者っす...!」

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