第10話 身体検査スタート
「着いたー!」
「うえぇ...また酔った」
次の土曜日。俺がリリに背負われ連れてこられたのは、街の中心から距離の離れた郊外にある洋館だった。
車で移動するなら間違いなく1時間はかかる距離。その距離を体感20分くらいで移動するリリの速度はやっぱりすさまじい。速度違反で捕まったりしないのだろうか。
「なんていうか、怪しい研究してそうというか、雨が降って雷でも落ちれば完全にマッドサイエンティストの研究所というか」
「大体合っているんだよねーこれが」
「え?」
洋館、と言っても外観は大分新しい。よく映画で出てくるさびれた洋館というよりかは、新しい...いや、建物の一部だけが新しいというか。
なんて考えていたら洋館から聞こえてくる爆発音。洋館の屋根が一部吹っ飛んだ。
「おあああああ! なんか吹っ飛んだぞ!? 爆発!? 大丈夫なのか!?」
「へーきへーき。いつものことだし。アタシも最初びっくりしたけどね」
これがいつものことってどういうことだよ...なんて考えていると、洋館の玄関の扉が開き、一人の女性が姿を現した。
身長は大分小柄で、150センチもいかないくらいだ。
ピンク髪で、肩にかかるくらいの髪の長さ。瞳の色は黄色っぽいオレンジで特徴的だ。この瞳や髪の色ということは、おそらく魔力を持った人。ダンジョン探索者か、両親が探索者か。
「お待ちしておりました。イケヤ様がお待ちです」
「ありがとうリズィちゃん! 今度足の裏を見せてほしいな」
しかしリズィちゃん、足フェチリリの一言をスルーして歩き出した。
リズィちゃん。そう呼ばれた女性の声は、声色はどこか棒読みというか、淡白な感じ。衣服はメイド姿。昔ながらのロングではなく、ショートスカートなタイプだ。
そして何よりも無表情。ほぼ動かしているのが口だけだ。
そのリズィさんに導かれ、洋館の中に入っていく。
洋館は、なんというか一言で言えば汚い。以前は赤いカーペットを敷いていたのだろうが、黒ずんでいる。そこかしこには大量の本やら...これは機械の部品か? 何か部品のようなものがそこかしこに散らばっている。
「なぁリリ。何も聞いてないが、ここ誰の家なんだ? イケヤ? って誰だ?」
「あれ、言ってなかったっけ。えっと、イケヤさんはねー」
と、ズンズン進んでいく。リズィさんが結構速足で進むのもあって、今の小さい歩幅でついていくのが大変だ。
とか考えていると、通路の右側に開いた扉があり、高身長の女性が立っていた。
目には隈があり、眼鏡をかけ、髪の毛をポニーテールに結んでいる。髪色は緑色。
身に着けているのは白衣で、あきらかに研究者風の外見だ。手にはコーヒーカップ。湯気があがっているが、臭いから察するに、中身はコーヒーだろうか?
俺と視線が合う。しかしリズィもリリも足を止めないので、そのままスルーするところだった。
すると。
「リズィよ。私はここだ」
女性としては低めなクールな声。その長身の女性が発した一言に、リズィさんが足を止める。
くるりと体の方向を変えたかと思うと、俺たちに声をかけた。
「失礼しました。イケヤ様はそちらでお待ちです」
どうやら、その長身の女性がイケヤというらしい。
「待っていたよリリ。その幼女が例のかい?」
「そそ! 元男性の幼女!」
ってリリ!? 俺のことこの人に話したのか!?
「大丈夫大丈夫。むしろこの人ならキミの色んな問題解決してくれるよ。何せ、あの世界的に有名な、志度イケヤ(しど いけや)さんだからね」
しどいけや...どこかで聞いたことがあるような...えっと確か。
「あー! 思い出した!」
目の前に居る女性。それは俺も何度も名前を耳にしたことがある名前だった。
〇〇〇
20年前、自動車において革命がおこった。いや、自動車どころじゃない。世界のあらゆる乗り物において革命がおこった。
ある時ダンジョンで発見されたオーパーツ。それはクリスタルを用いて動く、当時で言うエンジンに近しいものだった。
多くの人や国家がそれを現代の技術で再現しようとし、誰も再現できなかったその技術を解析、再現し、量産化を可能にしたのは、8歳の天才少女。
その少女の名前が志度イケヤ。利用しても一切大気を汚さず、最効率で究極にクリーンなエネルギー体であるクリスタルで動くエンジンは、正に革命だった。
その後も様々な発明品を生み出した。例えば足と腰に装置を取り付け、魔力によって体の稼働を可能にし、下半身の麻痺がある人を歩けるようにする装置であったり、物体への魔法の組み込みや、それを応用した救助隊バッチへの帰還魔法の組み込みなど、世界の常識を大きく変え、今では教科書にも名前が載っている人物だ。
巨万の富を築いたその女性は、名前は知られているものの、一切外見は不明だった。テレビにも出ず、メディアへの露出も皆無。あるのは、幼い頃や学生時代の写真のみだった。
「コーヒーでいいかな?」
部屋に招き入れられると、そこは機械だったり、メモの書かれた紙が散乱した部屋だった。
一応ソファとテーブルがあり、俺とリリはそこに座っている。リズィさんは部屋の入口で無言で立っている。
コーヒーで良いか。そう聞いてきた志度さんの目の前の机には、ケトルが18個くらい並べられている。
「アタシコーヒー! ミルクと砂糖たっぷりで!」
「こ、コーヒーで。元々ブラックが好きだし、ブラックで頼みます」
そういえばこの体になってから、一度もコーヒー飲んで無いな。
にしてもあのケトルの量が気になる。
「幼女よ。このケトルが気になるかい。これはRZのB。こっちはRZ-Eだ。それぞれリズブ、リズェと呼んでいる。開発したものには全て名前を付ける性質でね」
いや幼女って呼び方、なんかむずむずする。そしてケトル一つ一つに名前があるのか...
そうして目の前に出されたブラックコーヒーを口に運ぶ。
「......」
「あれれ? どうしたの? キミすんごいしぶい顔してるよ」
「うえぇ」
「わわわ、口からこぼれちゃってるよ」
リリが俺の口からこぼれたコーヒーを拭いてくれた。
に、苦い。こんなに苦かっただろうか。
「ふむ、味覚も変化しているか」
冷静な口調で話す志度さん。おかしいな、前はこんなに苦く感じなかったんだが...志度さんの言う通り味覚が変化してるんだろうか。
「えっと、本題なんですが。なんで俺はここに連れてこられたんでしょう」
「む、リリ君は説明してないのか?」
「きっとアキトは説明したら、大丈夫だって断るだろうからさ」
断るも何も、何をするかを聞かないと。
と考えていた矢先、俺は志度さんに腕をつかまれた。
「なら早速始めようか」
「始めるって何を?」
「身体検査だ」
「え゛」
「心配は無用だ。軽く医学もかじっている」
腕をつかまれ、そのままの勢いで抱きかかえられる。
こ、このポーズは完全にお姫様抱っこ...
「り、リリ...」
「頑張ってねー」
俺に対して手を振るリリ。俺はそのまま志度さんに抱きかかえられ、部屋の外へと連れていかれた。
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