第9話 コメント返し配信のお時間

「っ~!!!!!」


 自宅に帰ったあと、俺はチャンネルの情報を見る前に、念のため口をタオルで覆っておいた。それは正解だ。

 そこに表示されていた数に、俺は大声を出しそうになったからだ。


「と、登録者...17万...!?」


 しかも現在進行形で、モリモリと登録者数が増えている。

 それに加えて、投げ銭の金額が。


「ひゃ、ひゃくはちじゅうまん...」


 頭がクラクラしてきた。一部は動画サイトに手数料として持っていかれるとは言え、それでも7割か6割は懐。つまりどんなに少なく見積もっても、百万は俺の手にってことだ。

 節約のために弾丸はほぼダンジョンに持ち込まず、日によってはもやし生活を続けていたのが嘘のようだ。


「あ、ああそうだ、まずは動画からコメント拾って、コメント返信の配信の準備をしないと」

 

 そう考えて動画を見る。何よりも目立つのは、俺が可愛いというコメント。

 かわいい...かわいい...か...

 ふと、鏡の前に立ってみる。そうだ。今はあの白いワンピースの姿。白髪に白ワンピース。赤リボンがアクセントになっていて、俺の今の髪色や瞳の色と同じのもあって、馴染んでいる。

 まだこのワンピースの下は、一応男の下着だ。とは言っても、もちろん俺の今の姿じゃぶかぶかで履けるはずもなく、大き目のゴムで無理やり履いている形だ。

 だが、もちろんワンピースの下なんて見えるはずもなく、どこからどうみてもまごうことなき美少女。その姿は俺でさえ。

 

「か、かわいい」


 見惚れてしまうほどだった。


「いや、違う違う。俺は男だ。可愛いって言われるのは恥ずかしいんだ。うん。てか何より」


 気づいた。今俺がしているの、実質女装じゃないか。


「こ、こんな服着てるから、恥ずかしくなるんだ!」


 俺はすぐにワンピースを脱ぎ去った。そして何かシャツでも身にまとおうかと思ったが、最近洗濯を忘れていたのと、この体の大きさゆえに着れる服が一つしかなかった。

 昔ネタで買った【お注射こわい】と書かれたネタTシャツ。ま、今の俺の外見にはある意味合っているんじゃないかな。

 とりあえずそれを身にまとい、配信の予約。そして一つ前の配信を確認し、配信の準備を進めた。俺の汚い部屋がばれるとあれなので、後ろには白い壁だけを映す。

 

「よ、よし。ちゃんと視聴者の人と交流するのは初めてだな...」


 準備が完了し、配信の準備画面を見る。いつしかチャンネル登録者数はこの短時間で18万人になり、配信の待機者は3万人も居る。


「き、緊張する。でもやらないとダメなんだよな。他の配信者、こういうことしてるみたいだし、俺もそれに習わないと」


 息を整えて配信の開始を行う。

 

『配信はじまた!』

『来た!』

『こんくいーん!』

『配信待ってましたわー! 嬉しいですわー!』

『なんかお嬢様コメおる』


 一気に流れるコメント。そしてこんくいーん...? なんか謎の挨拶みたいなのが出来てる...

 よし、ちゃんと何を話すかを予習してきたんだ。大丈夫だ俺。人前で話すなんて、会社員自体にいつもやっていたじゃないか。

 

「あ、あの、こういう、コメント返しというか、雑談系の配信は、その、初めて、でして...」


 ダメだ。恥ずかしい。どうしてもしどろもどろになってしまう。

 

『落ち着いて。大丈夫だよ』

『かわいい』

『恥ずかしがっているのもポイント高い【投げ銭:7000円】』

『だぼだぼTシャツとか狙ってるでしょ』

『ダンジョン配信時のワンピも良かったけどこれも最高すぎる』


「えっと、服は洗濯がまだで」


『洗濯代【投げ銭:18000円】』

『お洋服代【投げ銭:32000円】』

『下着代【投げ銭:12000円】』

『下着代はアウトだろ』

『美容室代ですわ!【投げ銭:1000円】』

『美容室には足りないぞそれ』

 

 いやおかしいって! なんでそんなちょっとした話でこんな投げ銭飛んでくるんだよ!


「あ、あの、皆さん、お金は大事にしましょう...そんなにお金使っちゃうとちょっと前の俺みたいにもやし生活になっちゃうから...」


『俺っ娘最高!』

『もやし生活...だからそんなに細いのかな』

『ごはん代【投げ銭:2000円】』

『これで沢山食べて【投げ銭:30000円】』

『もやし代ですわ!【投げ銭:1000円】』

『なんでこの期に及んでもやしなんだよ』


 あ、や、やばい。俺と金銭感覚が違いすぎる。嬉しいよりも先に委縮してしまうし、申し訳なさの方が勝つ。

 

「こ、こんなに貰うのは、その、申し訳ないです! これってお返しできないのでしょうか。せめて返せないなら、別の方法でお返しを」


『俺たちの気持ちなんだからもらって』

『じゃあもっと可愛いお洋服来たクイーンちゃんが見たいな』

『それめっちゃ見たい。髪型も色んなのがみたい』

『かわいいお洋服代【投げ銭:50000円】』


 う、あ、可愛い服...? お、俺も男だ。もらったからには、返さないと。給料分は働かないと。


「わ、わかりました。こんど可愛い服、たくさん着ま...す...」


 自分でも言っていて顔が熱くなるのがわかる。

 コメントには、大量に可愛いと流れている。

 可愛い服、リリに聞けば良いかな...


「こ、このお話はここまでにします! それよりも、まずはコメント返しを...投げ銭頂いた方にお礼を言ったりするんですよね。まずは...」


 前の配信や今回の配信で投げ銭をしてくれた人の名前を読み上げる。一人一人丁寧に。

 金額が大きかった人には、より強く長くお礼を伝える。これは社会人になって培ったある意味社畜の精神。もらった給与分は働く、お礼をするという精神にのっとったものだ。

 

「うう、無限に増えて終わらない」


 名前を読み上げてお礼を伝えている間にも、どんどん投げ銭が飛んでくる。もはや怖い。視聴者数も見れば10万人になっていて、登録者数も25万人にのびてる。なにがあったんだ。怖いって。

 

『目が潤んでる』

『泣いちゃった』

『みんな一旦投げ銭止めてあげよう。怖がっちゃってる』


 ...危ない危ない。なんかこの体になってから、少し涙もろくなったような気がする。


「えっと、またお礼はいずれ別の配信で続きをしますね。あとは、頂いてた質問の返答をいくつか」


 コメントで来ていた質問をいくつかピックアップした。


「えっと、『ダンジョンクイーンと呼ばれていたことについてどう思っていたか』。えっと、これは本当に偶然なんです。勘違いさせてごめんなさい。やっていたことはバレットマークのスキルを使って、救助を行っていただけです。えっと、この生まれつき白髪と赤い瞳のせいで、勘違いさせちゃったのかなって」


『でもそれで何人も救ってるから強い』

『その髪生まれつきなんだ』

『ダンジョンに入って魔力を得たら、髪の毛や瞳の色が稀に変わるらしいし、両親が探索者だと魔力もって生まれるから、珍しいけどなくはない』


 なお、生まれつき白髪赤い瞳は、リリと考えた設定だ。


「次が『両親が居るのか』について...これは秘密でお願いします。色々事情がありまして。いずれお話はできると思います。」


 家族関係は濁せ、というのもリリの発案。なんかリリはリリで、俺の配信者として設定を決めたり、裏で色々動いているらしい。俺のような幼い子が配信していると、両親の存在を気にする人は一定数居るようで、それに関する対策もリリは考えているとかなんとか。

 ただ幸いにも、昨今家を飛び出してダンジョンで生計を立てている子供は少なくない。幼いダンジョン配信者も少なからず存在する。

 ダンジョンが現れる前なら考えられなかったが、今の情勢が俺に味方してくれたため、視聴者にも強い違和感は抱かれなかった。


 その後も当たり障りのない質問に答えた。リリのアドバイスもあって、答えたらまずいことは、答えないようにした。

 最たる例が救助隊バッジだ。これは俺が男の時に取った資格のバッジで、色々と深く聞かれたら非常にまずかった。その質問は意識してスルーした。

 

「好きなたべもの。しもつかれ、ですかね。年齢。それは秘密です。えっと、『なぜダンジョン探索者になったか』...色々理由があります。しいて言えば、運命、でしょうか」


 なぜなったか、か。元々は元の姿の時も、今も生計のためだ。

 会社の事業の一環でダンジョン探索を行い、この姿になってからもその日の食事のためにダンジョンへ。

 なんて言えず、言葉を濁した俺は【運命】と答えてしまった。

 

『かっこいい』

『これがダンジョンクイーンのカリスマ...!』

『惚れる』


 次が最後の質問だ。

 

「『ダンジョンに挑む目標は何か』」


 もちろん、これも当たり障りのない応えをするつもりだった。ダンジョンはわくわくするし、それだけで挑む価値がある、的なことを考えていた。

 だが、本当の目的なやはり...

 

「男になる...」


 思わず口走ってしまい、俺はあわてて口を押さえた。

 男になる。そう、男に戻るのが俺の何よりの目標だ。

 男になる、なんて言ったら視聴者に変な印象を抱かせてしまうのでは、と俺は恐る恐るコメントを見た。


『男になる!? ショタ化!?』

『つまりフタナ...ってコト!?』

『それだ!!!!!』

『そのままのキミで居て』

『嫌じゃ嫌じゃロリのままがいい』

『ついててお得』


 賛が若干多い気もするが賛否両論...。

 まずい。これ以上配信続けたら、さらにぼろが出てしまう気がする。

 それに、いつの間にか良い時間だ。


「名残惜しいですが、配信はここまで。また近々、次はダンジョン配信になると思います」


 っと、忘れてた。リリに告知しろって言われていたことがあった。


「トゥイッターのアカウントも作ります。作ったらこのチャンネルからリンクを書いておきますので、フォローよろしくお願いしますね」


『わかった! おつくいーん!』

『おつくいーん。また配信楽しみにしてる』

『新しいお洋服期待してます』


 そうして配信を閉じた。

 

「う、胃、胃が持たない」


 あれだけの金額が飛び交う環境。俺には恐ろしすぎる。

 見れば、登録者数が30万をゆうに超えている。

 

「と、とんでもないよなこれ。どうしてこんなことに...」


 嬉しい以上に恐ろしいが勝る。

 だが、ある意味で幸運だ。これでもしかしたら、俺が男に戻るための情報が、視聴者からも集まりやすくなるかもしれない。

 情報を受ける場所で言えば、トゥイッターとかが良いのかな。早いところリリに聞いて、トゥイッターのアカウントやらを準備しないと。

 まだリリに出会って今日で二日目。一気に怒涛の展開が過ぎるって。

 

「リリと言えば...」


 次の土曜日に会う約束したが、一体どういった話なんだろうか。

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