第19話 回想:TSハーフドラゴン幼女

「ゲブラー...!」


 ダアトが奴をそう呼んだ。ダアトが俺の背後に隠れるようにして震えている。ゲブラー、名前は何度か聞いたが、確かアドミンってやつらの一人。予備パーツを自称するダアトと違い、主要な奴らしい。

 そして、ダアトの力を奪った張本人、そうダアトに聞いた。


「随分と探しましたよ。もはやカスのような力しか残っていない貴方の気配を探知するのに、想定以上に時間を費やしました。さぁ、私と一緒に来てください」


 そうしてダアトに手を差し伸べるゲブラー。

 

「嫌...」


 震え、それを拒むダアト。俺は、そんなダアトとゲブラーの間に割って入った。


「ゲブラーさんだったか。ダアトを連れて行って、どうする気なんだ。もうダアトには大した力は残ってないんだろ」

「おや、人間ですか。どうということはありませんよ。ダアトにはまだ、我々の予備パーツとしての役目があります。無論。今度は逃げないよう、鎖にでも縛っておきますよ。安心してください」

「はいわかりました。なんて言えるか...」


 俺は腰のホルダーに入れた、ナイフを手に取った。俺のアサシンのクラスの力で、こいつを倒せないか。そう考えた。しかし。

 

「アキト、だめ...あんたじゃ勝てない...このゲブラー、本物じゃないの」

「おや面白い。ただ一介の人間が私に歯向かおうと。いいでしょう、ではチャンスをあげましょう」


 すると、ゲブラーは自分の胸元を指さした。

 

「この体はいわばゴーレムとして動く偽物です。私の本体は別の場所にあります。そして、この胸元がコア。ここを攻撃できれば、ゴーレム体の私を倒せます。私を倒せれば、ダアトと貴方、2人を見逃してあげましょう」

「そうかよ...!」


 ゲブラーがどこからともなく、メスを手にする。だがそれよりも早く、俺のナイフがゲブラーの胸元をとらえた。

 ゴーレムであるゲブラーの動きが止まる。

 

「約束だったよな、これでダアトにはもうかまうな...!」


 だがその瞬間、俺は背中に強い痛みを感じた。

 振り向けば、そこには目を見開き怯えるダアトと、俺にメスを突き立てるゲブラーの姿が。


「おや、約束はそちらのゴーレムの私としたものでしょう。こちらの私が約束を守る道理はありません」

「くそっ...インチキだろ...」

「少し人間の真似をしてみただけです。人間はよく嘘をつきますから」


 気づけば、俺の周囲に無数のメスが浮かんでいる。ダアトが俺をそのメスから守ろうととびかかってくるが、ゲブラーがそれを阻む。

 俺の体、全身に無数のメスが突き刺さる。内臓に刃が到達する感触を感じる。


「嫌あああああ! アキト! アキト!!」

「元々ダアトと関わった貴方を逃がすわけもありませんから。ではダアト。行きましょう」


 体から力が抜ける。その瞬間、俺の体が宙に浮いた。何かに抱きかかえられている。

 

「おや、飛べるまで回復していましたか」


 ゲブラーの声が遠のく。俺を抱きかかえていたのは、ドラゴンの羽を広げたダアトだった。


〇〇〇


「だめ、だめ、だめ。お願い死なないで。死なないでアキト...」


 ゲブラーから離れたダンジョンの奥深くまで、俺はダアトに運ばれた。

 そもそもダアトは長時間飛べないと聞いている。もう飛んで逃げるのは不可能だろう。

 そして何より自分のことはよくわかる。

 

「ダアト、逃げてくれ。俺はもうだめだ」

「だめ! 死んだら許さないから...」


 ダアトが黄金色の炎を俺に当てる。治癒の力があるらしいが、俺の傷はそれでは間に合わないほどに深い。

 体からどんどん血が抜けていく。痛い。けど、それより寒い。すごく寒い。

 両手足はメスでズタズタに切り裂かれて、右手以外ピクリとも動かすことが出来ない。声を発するのがやっとだ。

 俺はかろうじて動く右手で、自分の探索ポーチの中を漁り、救助隊バッジを手に取った。


「ダアト、これには外に出るための転送魔法が組み込んである。外に出てたら動けないと言ったが、短時間は動けるんだろ? 外にこれで転送して、すぐに別のダンジョンに行くんだ」

「そんなの、アタシよりあんたが使う方が」

「自分の体だからわかる。俺はもう助からない」


 俺はバッジをダアトに手渡した。でもダアトは、バッジの転送魔法を使おうとしない。


「ごめんなさい...アタシのせいで...アタシにかかわったばっかりに...」

「何言ってんだ。俺は、楽しかった...」


 ああ、だめだ。もう声が出ない。ダアトだけでも、逃げてほしい。

 こんなかわいい子を泣かせてしまうなんて、最後の最後でやっちまったなぁ。


「ごめん。本当は、あんたに話さないといけなかった。でも、怖くて言えなかった。ダンジョンを作った理由はわからない。けど、アドミンの使命はわかる。アタシたちは、アタシたちアドミンは、本当は、人間を...」


 遠くからコツン、コツンと足音が近づいてくる。ゲブラーが近づいてくる。もう声も出ない。ダアト、早く逃げてくれ。


「...短かったけど、あんたと過ごした時間、アタシが生きてきて、一番楽しい時間だったわ。だから、これがアタシのできるせめてものお礼」


 ダアトが俺の腹部に両手を当てる。何か、黄金色の光があふれる。


「本当はアドミン用で、人間には使えない。うまくいくか、賭けでしかない。アタシの残された力...アドミンの体が壊れたときの『予備パーツ』として、自分の体、魔力、魂さえも譲渡して、補完する力。アタシの体に残った使える部分全て、アンタにあげるわ」


 もはや寒い以外の感覚が無い。でも、ダアトの発する光は、どこか、温かく感じる。

 

「あんたの体にはもう、使える部分がほとんどない。もし成功したとしても、あんたの姿は今と違う姿になってしまうかもしれない。それと、壊れかけたあんたの魂を、アタシの疑似魂で補修する。きっと万一成功したとしても、アタシの疑似魂の記憶と衝突が起きて、きっとあんたはアタシのこと忘れてしまう」


 ぼやけた視界の中。ダアトが涙を目に浮かべて、俺の顔を見ているのがわかる。

 

「もし奇跡が起きたら、あんたは生き延びて。生きて、あんたの体の一部になった、アタシだったものを外の世界に連れて行って。そして、アタシが出来なかった楽しいことを、アタシの体や魂と共に、たくさんたくさん楽しんで。約束よ。破ったら許さないんだから。アキト」


 ...

 ...

 ...

 

 ぼやけた視界の中に、何かが見える。ゲブラー、そして、その前で座り込む、ボロボロになったダアトが。

 

「なんてことを。すべて人間に譲渡してしまうとは。もはや、ここにあるのは残りカスですね。疑似魂すら残っていない」


 ゲブラーがダアトを見て言う。ゲブラーがダアトに手をかざす。

 

「まぁいいでしょう。残りカスとはいえアドミンの素体。何かには使えるはずです」


 ダアトの周りに転送魔法に似た魔法の光が現れる。

 手を伸ばそうとする。体が動かない。

 ダアトが振り向く。目が合う。ダアトが言葉を発する。最後に聞こえたのは。

 

「グラシアス(ありがとう)...」



〇〇〇



「主要言語機能は消失してましたが...体に染みついた気に入った言語を発した、というところでしょうか」


「この人間は...完全に死んでいますね。心臓の鼓動も、魔力のかけらも感じません。やはり人間へアドミンの体からの補完は無謀でしたか」


「人間と混ざりあったアドミンの部位は使い物になりませんね。この人間は捨ておきましょう。ダンジョンの消滅と共に消失するでしょう」



〇〇〇


 .........

 ......

 ...


「う...あ...ここは?」


 目が覚めると、そこはダンジョンの中だった。

 あれ、なんで俺こんなところに居るんだっけ。


「えっと、今日は確かダンジョンに入って、それから、なんか人型のモンスターから攻撃を受けて...」


 なにかしらの攻撃で気絶してしまったということだろうか。

 でも、気絶で済んだのは幸運だ。それに、体のどこも怪我をしてな...


「あれ」


 その時、俺は体の違和感に気付いた。

 立ち上がってみる。身に着けていたズボンがずり落ちる。ズボンはおろか、下着であるトランクスまでずり落ちてしまった。

 しかも、身に着けているシャツが妙にでかい。ぶかぶかだ。


「いったい何が起こって...ん、声が」


 どういうことだろう。声がおかしい。こんなダンジョンで気絶してたから、風邪でも引いたのだろうか。

 にしては、声が妙に高いような。

 

「なんか髪がじゃま...」


 これもおかしい。俺の髪はこんなに長くなかったはずだ。そして何より、髪の色が変わっている。輝く白銀色だ。

 

 手を見る。白く、折れてしまいそうなほどに小さく細い。

 嫌な予感がする。俺はぶかぶかになったシャツの上から、自分の股の部分を触った。

 

「え、あ、無い、無い! 無くなってる!」


 俺が長年連れ添った相棒が消滅している。

 その時、ぴちょんと水音が比較的近くで聞こえた。

 俺はその音へと向かう。途中、俺の考えているよりも歩幅が小さく、バランスを崩して何度も転んでしまった。

 そして水の音の元である、ダンジョン内に出来た水たまりを見る。そこには、今の俺の姿が映っていた。

 

 白銀色の長い髪。

 瞳の色は吸い込まれるような深紅色。

 誰が見ても、おそらくは可愛いと形容するであろう容姿。

 肌は白くきめ細かい。

 だぼだぼのシャツに身を包んだその姿はまごうことなき少女...いや、もっと幼い。つまるところ、幼女。

 

「あ、あ、あああ」


 思わず顔や髪に頭を触れる。水たまりの中の幼女も、まったく同じ動きをする。


「お、女になってるー!?」


 ダンジョンに響き渡る声。その声は前の俺とは似ても似つかない、可愛らしい声だった。

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