第18話 回想:ハーフドラゴンの少女と
「く、くんな!!!」
まだ男だった、九ヶ月前のある日曜日。町はずれに現れるも、低級すぎて誰も手を付けていないダンジョンを進んでいた時、俺は彼女に出会った。
光の無い瞳。その瞳は、動画などで見たNPCの持つ瞳によく似ていた。
白銀色に輝く、肩にかかるくらいの髪、手足は白い鱗で覆われ、爪は鋭い。頭には白い角が二本生えており、瞳の色は深紅色。
白いぼろきれに身を包み、年齢は、おそらく中学に行くか行かないかくらいの容姿。
そんな彼女は、体中に怪我をしており、壁を背に横たわっていた。
「くんな人間。それ以上近づいたら殺す!」
「いや、でも、大丈夫なのか?」
「この程度、アタシには余裕だっての! いつつ...」
とは言っているが余裕そうには見えない。
そんなとき。
ぐぎゅるるるるる。
音が響きわたる。その音は、その少女の腹部から聞こえてきた。
「な、なによ」
ぷい、と頬を赤らめながらそっぽを向く少女。俺はおもむろに探索ポーチから、昼食用のカレーパンを取り出して、差し出した。
少女はそれを奪い取るによう受け取ると、ハフハフと声を出しながらぺろりと平らげた。
「なにこれ! すごくおいしい!」
「カレーパンだ。食べたことないのか?」
「当然よ! そもそもアタシは人間に接触するのを禁じられてたし...あっ」
何か言ってはいけないこと言ったかのように口を押さえる彼女。
そんな彼女を見て、俺は思わず少し笑ってしまった。
「笑うな! 何が面白いわけ!?」
「いや、NPCってもっと不愛想なものかと思ってたからさ」
「NPC? ああ、人間はアタシたちをそう呼んでるってマルクトの奴が言ってたわね」
少女は立ち上がろうとするも、バランスを崩してそのばでへたり込んでしまった。
「あー、これはだめね。力をゲブラーに奪われたし、しばらくここから動けそうにない。詰みってやつだわ」
「何かあったのか?」
「別にー。あったばかりの知らない男に話す通りは無いわよ。ま、雑魚モンスターを倒す程度の力は残ってるから、アタシは気にせずさっさとどっか行きなさい。ほら。しっしっ」
その日は追い払われるようにその場を去ったが。
〇〇〇
「なーんでまた来るのよ」
「まだ居たのか。良かった良かった」
また次の祝日、俺は彼女のもとへとやってきた。ちょっとドマイナーなダンジョン過ぎて、誰も入ってきていないようだった。
「今日は吉田屋の牛丼買ってきた。食うか?」
「え、何それ。食べてみたい」
そうしておいしそうにペロリと牛丼を平らげた彼女。
「そういえば君の名前を聞いてなかった。名前は?」
俺が尋ねると、少し傷が癒えたためか、彼女は立ち上がって応えた。
「一度だけ教えてあげる! アタシの名前はダアト! ま、ダンジョンの神様の一人ってとこね」
〇〇〇
そうして休みの度に俺はダアトのところへ通い詰めた。
おせっかい焼きの性質とはよく言われたが、俺は彼女を放ってはおけなかった。
毎回食べ物を差し入れしたところ、彼女は喜んで食べた。特にお気に入りはカレーパン。ある日は十個持っていたら、全て平らげてしまった。
食事を差し入れしているうちに、彼女は少しずつ回復し、数メートル程度ではあるが歩けるようになっていた。
「にしても、足の治りは遅いな...」
「あー、気にしないで。これは元々なのよ。アタシはあいつらの予備パーツだったからね。歩行や飛行は長時間できないようにできてるわ。それより、もっとスマホってのいじらせなさいよ」
俺が彼女の隣でスマホをいじったことを契機に、彼女はスマホというものに強い興味を持った。
使い方を教えると、彼女は瞬く間にスマホの使い方を覚えた。最初は俺のお古のスマホを使わせていたが。
「新しいのがいいわ。そっちよこしなさい」
と言われ、半ば新しいスマホを奪われてしまった。俺が居ない間の暇つぶしに、非常に良いらしい。
もちろんバッテリーの問題もあるので、俺は予備のバッテリーを多数ダアトに渡している。
「世界って広いわね。アタシはそのダンジョンに適した言語...ここだと日本語かしら。それを自動習得するようになっているけれど、海外には色々な言語があるのね。あ、このスペイン語という言葉、ちょっと語感が好きだわ」
そうしているうちに、ダアトは色々なことを話してくれるようになった。
「ちょっと聞きたいんだが、最初会った時にダンジョンの神様って言ってたよな」
「うーん、ま、もうアタシは詰み状態だし話していっか。そうよ、アタシはダンジョンを生み出したアドミンという存在の一人よ。雑用兼、メインの奴らが壊れた時の予備パーツだったけどね」
「へぇ、すごいねー」
「ちょっと、信じてないでしょ。でも、そんな不当な扱いに嫌気がさして反旗を翻したら、やられちゃって、力もほとんど奪われて、残っているのはハーフドラゴンとしての力と、予備パーツとしての能力くらいだけれどね。ほら、見て」
すると、彼女は口から火を噴いた。それはガスバーナー程度の弱弱しい炎であったが、その炎の色は黄金色をしていて、それはそれは美しかった。
「攻撃用としても使えるけど、アタシが仲間として認定したものには回復効果を与えるわ。ほら、触ってみて」
「ほんとだ。触っても熱くないし、疲れが取れる感覚がある」
「すごいでしょ。でも本当はもっと強かったのよ? あんたたち最上級とかいってるモンスターなんて、指先一つでダウンだったわ」
「そりゃすごい」
「でも、今はただこのダンジョンで死ぬのを待つだけだった...でもあたしの体が、人間と同じように口から接種したものを魔力に変える力があって、助かったわ。そして、接種するものをくれたあんたのおかげ。ま、感謝してあげても良いわよ?」
「ところで、なんでそのアドミンってやつらはダンジョンを作ったんだ?」
「あー、それはアタシも知らないのよね。あいつら、アタシが予備パーツだからって、まともに情報をくれないのよ」
〇〇〇
出会って二ヶ月も経つ頃には、ダアトは自由に歩けるほどにまで回復していた。とはいえ、元々歩く力が弱いと言っていた通り、足を引きずるようにして歩いていた。
一応、羽を使って短時間空を飛ぶこともできるらしいが、まだそこまでは回復していないらしい。
ある日は一緒に食事をしたり、ある日はそのダンジョンを一緒に探索したり、そんなある日、俺は彼女の隣で動画の編集をしていた。
「アンタ、なにしてるの?」
「動画の編集だ」
「あー、なんだっけ。ハイシンだっけ? ホドの奴が、人間にはそんな文化があるって言ってたわね。動画をインターネットという所に上げたり、今その場の状態を動画でインターネットに流したり。流したりする方がハイシンだったかしら?」
「ああ」
「あんたのは動画を上げるというやつね。どんな動画を上げてるの?」
「ダンジョンの攻略解説動画だ。チャンネル登録者数はほとんどいないけどな」
「ぷっ、ざーこざーこ」
「うっせ」
「あ、アタシのこと撮る? もしかしたら、えっとあれよあれ。バズるするかもしれないわ。バズるする」
「バズるな。いいとこコスプレ配信と思われて終わるのがオチだ」
「ひっど」
そうして配信というものに興味を持ったダアトは、多くの配信を見始めた。
その中でも特に興味を持っていたのが、ダンジョン配信。
「へぇ、このダンジョン配信っていうの楽しいわね。これだけ楽しんでくれれば、ダンジョン作成者冥利に尽きるわね。あんたの配信とは大違い」
「どっちかってと俺は解説の動画がメインだし」
「...そういえば、あんたのことはあまり聞いてなかったわね。なんか少し聞いている感じ、社畜ってやつぽいけど」
「ま、そんなところだ。平日は終電だってざらだ」
「あんたの目、いろんな動画でみる普通の人間より、疲れ切ってるように見えるわね。希望が無いというか、夢とか無いの?」
夢。そういうものを持ってたのは、いつ頃だったかな。
「過去については話しづらいが、ちょっとあまり家族関係良く無くてな、三兄弟なんだが、両親は兄と妹にかまけてばかりで、俺はあまり良い扱いされてなかった。そんな状況だったから、夢なんて誰にも言えず、小さな頃に心にしまったままだよ」
「へぇ、大変ね。で、昔持ってた夢ってどんなだったの?」
「有名になって可愛い子たちといちゃいちゃする」
「ぷっ、ざこざこな夢」
「小学五年生の頃の夢だからな。あの頃妹が生まれて、両親からの扱いが変わって、俺は夢なんて持たなくなった。来世にでも期待するよ」
「来世かー。アタシはそうね、来世は速い足を手に入れて、超高速で駆けまわりたいわね。でもアタシってどうも、疑似魂とかいう作り物の魂らしいのよね。転生もかなわない夢ね」
「え、魂って実在するの」
「実在するわよ。まったく、この星の人間は情弱ね。あ、こういう情報を発信する配信とかどうかしら。バズるするわよ」
「だからバズるな」
なんて話していると、ふとある考えが浮かぶ。
「ところでダアトも配信やってみたらどうだ? ダンジョンを作った本人が配信なんて、バズるかもしれないぞ? あとダアトはかわいいし」
「確かにアタシかわいいけど、言われると嬉しいわね」
「すばらしい自己肯定感。とはいえ、ダンジョン作った本人ってのはガセって言われる可能性も高そうだが」
「そうね...やってみたいわ...でも、私には無理ね」
ダアトが肩を落とす。
「アタシは外には出られない。アタシの体は、地上に出られるようにできてないの。地上に出たら、すぐ活動を停止してしまうわ」
「...そうなのか」
「ええ。前はダンジョン間を移動する力もあったけど、その力も奪われたし、アタシはもう、このダンジョンからは出られないわ」
ダアトはダンジョンの中の、暗い天井を見上げた。
「青い空。広がる海。外、見てみたいな。そしてダンジョンの配信者として活躍して、100万人、一千万人、一億人、たくさんの人間に見てもらって、いっぱいお金稼いで、皆からかわいいって褒められて、海外ってところを飛び回って、遊園地とかゲームセンター、いろんなところで、たくさん遊ぶの! 最高よね!」
「...そうだな」
「それとあんたが言ってたサウナも行ってみたいわ」
「サウナ最高だぞ。ぜひ一度ダアトにも経験してほしいものだけれど」
「…全部あんたと一緒に」
「ん、小声でなんて言ったんだ?」
「なんでもないわ...ありがと。夢を見れたわ。でも、もっとたくさん外のことを知りたい。お互い夢を持たない、夢がかなわない同士、これからも来てくれるかしら」
「ああ、もちろんだ」
〇〇〇
終わりは、あまりにあっけなく訪れた。
「なぁダアト、この前会社命令で行ったダンジョンに居たモンスターなんだが」
「ああ、これね。コクマーが作ったモンスターで、弱点は...」
ダアトに出会って三か月。いつものようにカレーパンの差し入れを持ってきて、ダアトにスマホで撮ったモンスターの写真を見せていたときだ。
こつん、こつんと近づいてくる、俺でもダアトのものでもない足音。
もしかして他の探索者がついにこのダンジョンに来たのか、そう考えたが。
「おや、ここに居ましたかダアト。探しましたよ」
その青年は開口一番、ダアトの名前を呼んだ。
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