第2話 その名は足ソムリエ配信者


 アキトの居た84階の一つ上の階層。83階では、一人の配信者が、モンスターハウスの中で配信を行っていた。


「さぁさぁお相手はブラックウルフ6体! 星で言えば☆3つの中級モンス! 追いつかれたら終わりだね。追いつかれないけどね!」

 

 魔法で宙に浮かせた配信用のスマホを前に、自撮りをするように配信を行っていたのは、女の子だ。海を彷彿とさせる真っ青なツインテールを風に揺らし、吸い込まれるような青い瞳でスマホのカメラの前でポーズを取っている。

 小さなサメを模した髪飾りを付け、カメラの前で見せる笑顔の下には、ギザ歯が見えている。

 

『すっげもう83階か。リリちゃん今日も速すぎ』

『さっすがサメ系音速配信者!』

『今日もかわいい。すき』


 リリと呼ばれた少女のスマホには、配信画面が映っている。そこには【登録者128万人】の文字が。

 何を隠そう、このリリという少女は登録者100万人を越える有名配信者だ。

 彼女の特徴は、何よりも速さ。魔法での足の強化に長けており、並みのモンスターでは追いつけないほど速さで走る。あげくは。


「おおっと! そんなもふもふですりすりしたいかわいい足じゃアタシには追いつけないよ! 壁くらい走れなきゃね! ラピドラピドラピドラピド!」

 

 ラピド、というのは【速く】を意味する言葉で、彼女の口癖。これを聞いた視聴者は大盛り上がり。


『うおおおお! ラピド来た! もっと加速するぞ!』

『てか相変わらずの足フェチ。モンスターにも発揮してる』

 

 そのコメント通り、彼女は動きをさらに加速し、挙句はなんと壁まで走り出す。そして追ってきたブラックウルフの背後に回り込む。


「ダンジョンのモンスターの弱点は、頭や心臓、そして何より、体に刻まれたVの形をした痣! そこに深く攻撃を食いこませれば、勝ち確ってね!」


 気づけば、ブラックウルフ達のV字の痣に、ナイフが軽く食い込んでいた。そのナイフに対して、リリはブラックウルフの上を飛び跳ねるようにして、足でナイフを食い込ませた。

 弱点に深く攻撃されたブラックウルフたちの体は霞のように消え、クリスタルが転がる。


『つっっっよ! ブラックウルフ6体を一瞬じゃん!』

『リリちゃん、最高で☆7のモンスター倒してるよ。☆3なんて余裕よ』

『まじで!? チャンネル登録しました!』

『投げ銭:50000円 その速さほんとかっこいいです!』


 そうしてコメントが盛り上がっている中で、リリが居た部屋の中央には、もやのようなものが詰まっていく。


『モンスターハウス全滅させたからボスか!』

『ボス来たー!』

『前回のボス討伐は2分15秒。それ越えられるかな?』

『リリちゃんならいけるって』


 視聴者からの応援にも押され、リリは現れるボスに身構えた。

 が、その頬には汗が伝う。

 モヤの中から現れたのは、全身にバチバチと赤い雷を纏った、3メートル以上はあるかという巨大な狼だった。


「こりゃ、ちとまずいかも」


〇〇〇


『げっ、これはやばそう。ボルトフェンリルじゃん。☆8のモンスターだよ』

『なんでまずいんだろ。実力的には☆8も行けるって言われてたはず』

『確か前に配信で話してた。雷属性は相性が最悪だって』


 雷属性の相手は、速さをうりにしているリリにとって最悪の相手だった。


「ずるいよね。雷属性って、対策してないと必中だもんね」


 するとリリはポケットの中から、小型の道具を取り出した。


「もちろん、対策はしてあるよ! 携帯型雷魔法誘導避雷針!」

 

 その道具を壁に投げつけると、壁へとくっつき、形を変えて、突起のような形になる。

 ボルトフェンリルが放った雷は、その避雷針へと吸い込まれていく。


「へへーん、強烈な磁力を魔法で纏ってるんだよね。鉄製道具持ってるときは要注意! じゃ、今のうちに近づいて倒しちゃうよ! ボルトフェンリルちゃん、良い足してるけどごめんね! アクシオン(行動開始)!」

 

 ボルトフェンリルの弱点は非常にわかりやすく、額にあるV字の痣だ。

 そこをめがけて、リリはナイフを投げつけ、刺さる。


「ボルトフェンリルは雷を放つのにリチャージが必要! 残り4秒、それだけあればじゅぶん!」


 そうして雷をリチャージしているボルトフェンリルの額、そこに刺さったナイフに蹴りを入れようとするリリだったが。


「え...!?」


 リチャージには時間がかかるはず。しかし、ボルトフェンリルは雷を放った。

 リリの位置は避雷針よりもボルトフェンリルに近く、雷撃をもろにうけてしまい、リリの体は壁に叩きつけられた。


『リリちゃん!』

『おい! 誰か救助隊に連絡しろ!』

『もう連絡したよ! でもこれ...』


「いてて...しびれてまともに動けない。これは、まずいなぁ」


 ボルトフェンリルは、広範囲の雷攻撃で敵の動きを止め、その後ゆっくりと大きな顎で貪ることが知られている。

 まともに体を動かせなくなったリリの未来は既に決まっていた。

 それでも、リリは何とか腕を動かし、懐から拳銃を取り出して、ボルトフェンリルに向かって数発の弾丸を放つ。が、まるで効果が無い。


「はは、そりゃ☆8に拳銃なんて効かないか」


 すでにボルトフェンリルはリリの3メートル先にまで迫っていた。

 

 その時だった。


 ボルトフェンリルの頭に、狙撃カーソルのようなマークが浮かぶ。

 何かに気づいたボルトフェンリルが雷を放つが、その雷はリリの設置した避雷針へと吸い込まれた。


 リリや避雷針の位置、全てを見越したかのように、リリの前に現れたのは、ローブを纏った少女、いや、幼女。


 その幼女は、リリの落とした拳銃を拾い上げると、その銃口をボルトフェンリルへと向けた。


「駄目! もう弾が一発しか! それにボルトフェンリルには効果が」

「弾は一発で十分だ」


 するとその幼女は、ちらりとリリへ振り向き、優しい笑顔を浮かべて言った。


「信じて」


 雷が放てないと気づき、一気に迫ってくるボルトフェンリル。その頭に、幼女が弾丸を一発放った。

 その弾丸は狙撃カーソルのようなマークの浮かんだ、ボルドフェンリルの頭、そこに刻まれたV字の痣へと直撃。ボルドフェンリルの頭を吹き飛ばし、体を霧へと変えた。

 その衝撃で、幼女の纏っていたローブがはだけ、白銀色の髪があらわになる。


『銀髪で、薄汚いローブを纏った幼女...これってまさか』

『間違いないよ。ダンジョンクイーン。あのダンジョンクイーンだよ!』

『ダンジョンのNPCって言われてるダンジョンクイーンか! 何人も助けられてるっていう、ピンチの人の所に現れて、救っては立ち去るっていう』

『リリちゃんを助けてくれたんだ...』

『☆8を一撃は強すぎる』


 その姿が配信で流れている事を知らずか、その幼女は倒れて動けないリリの体の様子を見ると。ポーチからバッジのようなものを取り出し、リリへと近づけた。

 すると、リリの周りに魔法陣が浮かび上がる。


『え、あれって救助隊バッジじゃん! 確か救助者を帰還させる魔法が組まれてる』

『間違いない。もしかしてNPCじゃない?』

『確かに中学生がダンジョン探検者やってることも多いけど、にしては幼すぎないか!?』


 救助の魔法が発動するまで60秒ほど。立ち去ろうとする幼女に向かって、リリは全身の力をふり絞ってとりついた。


「ふぎゃ!」


 変な声をあげて転ぶ幼女。そんな幼女の足に、リリが絡みつく。


「この足は! 足は...あれ? えーと、うーん...幼女の足、だよね?」

「な、何するんだ!」

「いや、でもなんだろう...うーん、幼女? 本当に幼女?」


 リリは自他共に認める足ソムリエ。人やモンスターを対象に、足を評価し愛する者だ。

 しかし、リリは、自分を救ってくれた幼女の足に、何か違和感を感じていた。


「え、この足。幼女だけじゃない。大人の...」


 そうリリが呟くと同時に、魔法陣が発動し、リリの姿は消えた。

 救助隊バッチの帰還の魔法により、街の病院へと転送されている。


「...大分姿見られちまったな。ま、配信とかされてるでもあるまいし、バレはしないだろ」


 そう呟いて、出口へ向かって階を上がっていく幼女、しかし彼、もとい彼女は、救った少女の配信はおろか、自分の配信もきり忘れていることに気づいてはいなかった。


〇〇〇


「ラピドラピドラピドラピド」

「待ちなさいリリ! まだ体のダメージが抜けきっていないですわ!」


 リリがダンジョンから救われて数時間。すっかり日も落ちた時間帯。

 街中にある病院の入口。そこで、青髪の少女であるリリと、金髪で長身の女性が絡みあっていた。


「離してエカ! アタシはあの子に会わないといけないの! お礼しないといけないの! 足もすりすりしないといけないの!」

「足はあなたのシンプルな欲望でしょう!? ボルドフェンリルの雷魔法は行動阻害のためとは言え、曲がりなりにも☆8! 体へのダメージは大きいはずですわ!」


 全力でリリを止める女性、エカ。はた目から見ても美女と言え、豊満な体つきをしており、リリとは体の大きさが違うものの、やはりリリは止められずズルズルと引きずられていた。


「そうだエカ! アタシが言った救助隊バッジナンバーについて、調べてくれた?」

「え? ええ、もちろん。わたくし達が所属している事務所の権力総出で調査致しましたわ。でも、お話を聞く限り、本当に例のダンジョンクイーンが持っていたバッジですの?」

「うん、間違いないよ。完璧に覚えてるから」

「...16桁の数字を一瞬で暗記するのは、やっぱりとんでもないですわね。ただ、今回は間違っている可能性が高いですわ」


 すると、エカはスマホを取り出し、そこに映った画面をリリに見せた。そこを見たリリが、書かれた文字を読み上げる。


「なんだ? 何々。『ダンジョンクイーン、NPCじゃなかった(893)』『ダンジョンクイーンスレ★40(1001)』『クイーンの配信特定(125)』『【朗報】ダンジョンクイーン、幼女確定(952)』『【お報】エカお嬢、またオホる(334)』。なんだこれ」

「あ、間違えましたわ! 忘れてくださいまし! べ、別に配信者掲示板を見ていたわけではありませんわ!」

 

 苦しい言い訳のあと、次にエカが見せた画面には。


「お? アキトさん、27歳の兄ちゃん?」

「そう、救助隊バッジ番号から見つけたのは、この方ですの。どう見ても幼女じゃありませんわ。今時幼くてもダンジョンへ足を踏み入れる方は少なくありません。ですが、救助隊バッジはある程度の探索者としての実力と筆記試験を突破しないと手にできないものですわ。少女はおろか、幼女レベルの子に取れるとは思えませんわ」

 

 しかしリリはエカの話を聞いていない。画面の中に書かれていた、男性の住所を見つける。


「住所覚えた! ラピドラピドラピド!」

「あ、待ちなさい!」


 あっという間にエカを振り切ったリリ。そのまま病院を飛び出すと、街の中を駆け出した。


 道行く人を綺麗に避けながら、全速力で街を駆ける。その速さは、車を余裕で追い越すほど。


 

 その足の速さで、あっという間に住所の場所にあるアパートへとやってきたリリ。

 男性の部屋である二階の3号室のチャイムを連打しまくる。その数78回。

 しかし、反応は無し。


「うーん、居ないかぁ」


 しかし、リリは自分が覚えた救助隊バッジの番号に自信があった。間違いなくここの住所に住んでいる人のものだ。


「しゃーなし! また来よ!」


 そうして気持ちを切り替えたリリは再度駆けだす。が、その時に自分がかなりの汗をかいていることに気づいた。


「あー、ダンジョンでいっぱいよごれたし、汗もいっぱいかいちゃったな...うーん、家までちょっと遠いし」


 と悩みながら走っていた所、リリは急ブレーキする。

 その目線の先には【銭湯】という文字があった。

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