第3話 サウナタイム

 ダンジョンというのが世界に溢れたのは、俺が生まれるよりも前らしい。

 同時に、ダンジョンを踏み入れた人々は、何らかの特殊な能力に目覚め、さらに科学では説明できない力を操れるようになった。


 当初は色々難しい用語で呼ばれていたが、現在はゲームや漫画に使われていた【クラス】や【魔法】という呼び方をされている。

 もっとも、それらの能力はダンジョンの外ではほぼ使えない。使えはするが、効果が著しく下がるという特徴がある。


 かつては各国総出でダンジョン探索にあたっていたが、外国で発生した大規模ダンジョン事故で多大な被害が出たことで、国家政策によるダンジョン探索に批判が集まった事が契機となり、国際的な基準が設けられた。


 現在は資格を持つもの、通称【探検者】のみがダンジョンに入れ、さらに各人のスキルの洗練化に伴い、ソロから、多くて4人ほどでダンジョンを探索することが多い。


 ダンジョンで見つけられた未知のエネルギー源であるクリスタルや、未知の技術を求め、各国は直接的なダンジョン探索ではなく、探検者への支援を行って探索を推進している...という状況だ。


 突然現れては、探索を完全に終えると消えるダンジョンという存在。しかし調査もある程度進んでおり、今では計測器を用いてダンジョン難易度を測定することも可能になった。

 探索者の強さも、計測器を用いてある程度の数値化が出来ているらしい。正式名称は長ったらしいのがあるらしいが、もっぱら【レベル】やら【ステータス】なんて呼ばれている。


「ハァ、ハァ...でも男を幼女にする魔法なんて聞いたことが無い...」


 俺は自宅の近所にある、行きつけの銭湯へ来ていた。

 この銭湯はタオルの貸出を行っており、さらになんと小さなサウナと、小さな露天風呂までついている。

 

 男の時からサウナが好きだったが、この姿になってもやめられなかった。

 しかし女湯に入るのは抵抗がある。だからこそ、人が極限まで居ない時間帯を調査しつづけ、人がほぼ居ない時間帯、かつ曜日を見つけて、こうして通っていた。

 

 にしても、もう半年は経つのに、自分の姿にまだ違和感しかない。

 サウナのガラスには、今の俺の体が映っている。

 腰ほどまである長い白髪。見ようによってはまばゆい銀色に見える。頭には触覚のように2本のくせ毛が立っている。

 瞳の色は血のように真っ赤だ。鏡をじっと見ているだけで、吸い込まれそうな感覚になる。

 きめ細かい肌は純白と言えるほどに白く、手や足は簡単に折れてしまいそうなほど小さく細い。

 そして下には何もついていない。かつてそこに存在していたはずの俺の相棒は、完全に消え失せていた。

 ふと、胸元を触ってみる。胸は...ほぼ無い。おそらく体の年齢は10歳にも満たないほどになっているようだから、それはそうであるが。

 

 どこからどう見ても幼い少女。だが思考は完全に男のままだ。もしこれが大人の姿であれば欲情でもしたのかもしれないが、この貧相な体だとそれも無い。圧倒的に不便さが勝る。

 

「よく覚えてないんだよな。確かあの日、ダンジョンに入って、それから...」


 ダンジョンに入って、何か人型のモンスターの攻撃を受けて気絶。目覚めたらこの姿になっていた。

 そのダンジョンはその後誰かに攻略され消滅。今となっては、この姿になった手掛かりは何一つ残ってない。


「もう考えていても仕方ないか。切り替えよう。しかし、今日は疲れたな...救助隊の資格を取っておいてよかった」


 今日のようにダンジョン内で人を助けたのは最初ではない。俺のジョブ、アサシン系の特徴として、弱っている、もしくはピンチの生物を感じ取れる、所謂パッシブスキル的なものがある。

 本来弱った敵を倒すためのものだろうが、人にも反応する。だから近くの階で反応があったら、何度か助けに行っていた。


 とはいえ、俺自身は金銭的理由から攻撃はあまり行えない。だから大体、モンスターたちにバレットマークを付けて、ピンチな人に攻撃してもらうスタイルだ。

 本当に危険な時は数十体の敵を銃で倒したが...それからしばらく食事は毎日もやし一食になった。


 もちろん、この姿で特定されたくないから、助けたらすぐにその場を去っている。ダンジョン探検者なんて沢山いる。会っても一期一会だろう。


「う、う、そ、そろそろ限界、出ないと...」


 俺はサウナから出て、その隣にある水風呂へと飛び込んだ。

 ああー、ほんとこの瞬間がいい。あとは外に出てととのえれば最高だ。


「んあー、気持ち良すぎる。あとは露天風呂の所に行って涼んで...」


 ふと、隣に気配を感じる。水風呂の隣は、普通の風呂だ。

 見てみると、そこには口を開いてぽかんとした表情で、こちらを見る女の子が。


 青い髪に青い瞳。そして開いた口に見えるギザ歯。

 ...あれー、なんか見たことがある女の子のような。


「足ー! 足見せて!」

「うわっ!? いきなり何を」

「ってつめたー! でも我慢! 足見たい! 足!」


 水風呂へと飛び込んできた女の子が俺の足を掴んだ。勢いで、俺の頭は浴槽に沈みかける。


「ちょ! 離して! おぼれ! おぼれる!」

「むむむむむ!? この足は間違いない! ダンジョンで会った子!」


 ざばっと水風呂から出たその少女は、俺を指さして言った!


「見つけた! ダンジョンクイーン!」

「げほっげほっ...へ? ダンジョンクイーン?」


 ダンジョンクイーン、初めて聞く単語だけれど。

 いや、ていうか素っ裸でこっちを指ささないでくれ。上から下まで全部見えちまう。あくまで俺は男...つってもこの姿はどう見ても女の子か


「そうだ! 最初にアタシから言わないと! 今日は助けてくれてありがとう! グラシアス(ありがとう)!」

「え? あ、ああ!」


 ここではっきりした。今日助けてあげた女の子だ。


「ダ、ダレデショ」

「アタシは忘れてないよ! キミはアタシを助けてくれた子だ! おかげで命を失わないで済んだ! ありがとね!」

「イ、イヤダカラオレハキミヲシラナイ...」

「とぼけないで! その足、初めて見る足だよ! 幼女なのに、なんかわからないけど【大人の男の人の感じがする】!」

「え...?」


 あ、足? いやどう見ても普通の...普通の女の子の足だけれども。


「ここでキミに会えたのはめっちゃラッキー! じゃ、早速来てほしいんだ!」

「え、き、来てほしいって」

「もちろん、キミについて沢山聞かせてほしい! お礼もさせて欲しい! なんであなたがあんなボロボロのローブを来ていたか、何で足から大人の男の人を感じるのか」


 水風呂に飛び込む青髪の女の子。俺に抱きついてくると。


「じゃ、アタシの家で全部聞かせてね! いいかな?」


 いや、この絵面まずいって! 俺の頬に、彼女の決して小さくもない胸が、直接、肌ぴったり当たって...


「わ、わかったから! 行くから、離してくれ!」

「ほんと!? やったー! アタシはリリ! よろしくね! というわけで、お話出来る所に行こ! そうだなぁ...よし! アタシの家の屋上行こう!」

「屋上?」

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