第40話 私が行こう

 とっさに体が動いた。ミスターに駆け寄りながら、俺はハーフドラゴンへと変身する。

 だがおそらく変身できて10秒。それぐらいしか持たないのはわかっていた。

 変身してすぐ、ブレスをミスターに向かって吐く。黄金色の炎はミスターとティファレトを包む。

 

 だがブレスを吐く準備が出来なかった弊害か、ミスターへの回復は弱く、またティファレトも平然としていた。

 

 ティファレトの背後。少し離れた物陰に見えたのは。


「ゲブラー...!」


 俺はミスターを掴み、そのまま空を飛んで広間の出口、水の中へと飛び込んだ。同時に、変身が切れてしまう。

 あいつらは追ってくる気配はない。だがそれより、ミスターの傷が深い。


 速くミスターを連れ出さないと。だがミスターを担いでいて、かつドラゴンにもなっていないこの状態。まともに泳ぐことすらかなわない

 もし元の男の姿なら...そう考えてしまう。だがその時。


 目の前に浮かんでいたのはシスター服のベール。おそらくヒビキが忘れたもの。


「ごぼぼぼ...!?」


 そしてそこに現れたのはヒビキだった。

 

〇〇〇


 ミスターの傷は深かった。ヒビキはミスターを背負いながら、ミスターの傷に対して回復を与え続けていたが、回復の通りが悪い。

 ミスターの傷からは黒いもやが立ち上っている。これは、回復効果が著しく落ちる状態異常だったはずだ。

 ヒビキが状態異常を回復する魔法を付与し続けていたが、まったく解消できない。かなり強力なもの。


 スマホで連絡を取り、外の人に助けを求めながら、何とか俺たちはダンジョンの入り口までやってくることが出来た。

 

 幸いミスターの友人たちがダンジョンの中へいち早く駆け付け、全力で傷へ回復魔法を与えてくれた。効果は少ないなれど、それでも効果はある。

 

「ミスターが大変だ! 早く担架を!」


 魔法がだめなら、現代技術の出番だ。ダンジョンから出ると既に病院の手配まで済んでいたようで、既にヘリが近づいてくる音が聞こえた。

 てんやわんやになっている最中、傷ついた胸元を押さえながら、ミスターが俺に声をかけてきた。


「ダンジョンクイーン、いや、アキだったかな」

「ミスター、喋らない方が...」

「すまないね、諸君らと共にダンジョンに行くのは、難しそうだ」


 胸元の傷は深い。ダンジョンの外に出たことで黒いもやは消え、状態異常は解消されたようだが、それでもだ。

 ダンジョンの中では回復魔法の効果が著しく落ちるし、完治には時間がかかるだろう。

 ダンジョンの特性で、傷を負った状態でダンジョンに入った場合は、その傷に対する回復魔法の効果は、ダンジョンの外と同じくらい効果が下がる。つまり一度怪我を負ったまま外に出れば、その弱い回復魔法で治癒をするか、手術などの対応になる。

 

 本当ならダンジョン内の傷は、癒し手が居るならダンジョンで治癒するのが理想だが、そうも言っていられない場合も多い。救助隊バッジでの救助だったり、今回のように。

 

 つまり、ミスターの傷はすぐには治らない。


「アキ、小生が言うのもおかしいかもしれないが、ティファレトを責めないでほしい。あれほどまでに彼女が思い悩んでいたとはね」

「ミスター、今はゆっくり休んでくれ」

「彼女からこれまで聞いたことは...いずれ...諸君らに...はなそ...」


 そう言い残し、ミスターは意識を失った。それとほぼ同時、側の開けた場所に着陸したヘリの救助隊が、担架を持ってこちらへ近づいてきた。

 

〇〇〇


 その後、病院へ搬送されたミスター。俺たちはその場に残ったが、夜になってようやく、ミスターの手術が無事終わり、命に別条がないと連絡を受け、一安心した。


「とんだバカンスになってしまったね」


 そう言ったのは志度さんだ。

 今俺たちは、志度さんのプライベートビーチにある樽型のサウナで体を温めていた。

 今サウナの中には俺、志度さん、リリ、ヒビキが居る。そして、なぜかサウナの中に取り付けられていたディスプレイには、とある人物が映っていた。


『はっはっは! バカンスの途中だったのだね! いやいや、邪魔してすまなかった! ゴフッ』

『ミスターダンジョンさん! まだ安静にしていてください!』


 ディスプレイに映るのは病室。看護師に止められながら、ミスターが笑っている。


「お、思ったよりげんきそうっすねミスターさん」

『だてに最上級探索者ではないということさ! さてさっそくティファレトについて話しゴフっ』

「ミスター、私からも忠告だ。無理をするな。話は今度で良い」

『志度イケヤ! 久々に顔を見れたというのにつれないな! だが今はお言葉に甘えさせてもらおう。それと、人魚企画の動画は近々投稿するからよろしくだ! それとアキよ、よく助け出してくれた! キミには礼を二倍だそう!』

「いや、大丈夫ですよ」

『はっはっは! 遠慮はするな! それにもう一人』


 もう一人、ミスターがそう言って名前を出したのは。


『ヒビキ! 回復が使える君が居なければ小生は死んでいたかもしれないな。本当に感謝するよ! 一緒に行動していてとても楽しかった! 今度改めてぜひ礼をしたい。故に、君をトゥイッターでフォローさせてもらったよ』

「ふぁっ!?」

『はっはっは! ではでは! アデュー!』


 そうしてビデオ通話が切れる。志度さんがパチンと指を鳴らすと、ディスプレイに次に映ったのはヒビキのトゥイッター。

 

「ヒビキちゃんすごい! もう二百万人からフォローされてる! ミスターがフォローしたって話題みたい」

「あば、あばばばば」

「ヒビキ、しっかり」


 ヒビキに頬をぺしぺしと叩く。そのおかげか、ヒビキは正気を取り戻した。

 

「夢みたいっす...はっ、もしかしてこれ夢っすか!?」

「あはは...ま、ミスターも無事だったことだし、気持ち切り替えてサウナを楽しもう」

「わ、わかったっす。でもうちには暑くて何が良いかわからないっす」


 そうしてサウナを出て、外の水風呂にダイブ。外気温は昼は暑かったが、夜になり海風が気持ち良い、ちょうどよい気候になっていた。

 水風呂を出たら、ビーチベッドに寝ころぶ。

 

 

「うーん、何が良いっすかねぇ」


 一回目は疑心暗鬼。

 

「お? おお? なんか不思議な感じっす」


 二回目で何かを掴みかけ。


「あばぁー! わかったっす! ヒビキわかっちゃったっす!」


 三回目で完全に掴んだようだった。



「ヒビキ、感想は」

「最高だぜ! っす!」


 気に入ったようで何より。



 そうしてビーチベッドで4人で涼んでいたところ、リリが言った。


「ビナーのダンジョンへ行く人、どうしようね」

「え、あ、うち、なんだかよくわからないんでパスっす」

「おや、幼女ちゃん、彼女に話したのか?」

「話したというか聞かれちゃったというか」


 しかし、ビナーの言っていた『守りし者』、ミスターが居れば心強かったんだが。

 それに、『遠く狙える者』もまだ見つかっていない。


「幼女ちゃん。案ずるな。あては複数ある」

「それは心強いですが、では一体だれを」

「私が行こう」

「...はい?」


 志度さんの私が行こう、その発言に驚いていると。

 突如として聞こえてくるヘリの音。その音の方向を見ると。



「おーっほっほっほ! 大変お待たせしましたわ! プライベートヘリでエカ、参上ですわー! ふふふ、ここでわたくしがパラシュートで颯爽と登場すれば、皆さん驚くこと間違いなしですわ! では早速、アイキャンフライ、ですわー!」


 ヘリから飛び降りるエカ。しかし。


「おほおぉぉぉぉぉ!? パラシュートを付けわすれましたわぁぁぁー!」


 そのまま頭から砂浜へと。スパーンという、とうてい落下音とは思えない音。落下時の砂煙がはれるとそこには、砂浜に上半身が刺さり、星空に向かって両足をピンと伸ばすエカの姿が。


「...エカ、生きてるかー」

「生きてますわー!」

「まじかよ。てかその状態だと尻から喋ってるように見えるな」

「抜いてほしいですわ」


 興味の無さそうな志度さんを除いた3人で抜くのに2時間半かかった。

 なおバカンス終了は明日の予定なので、エカはほぼ即帰国となった。


―――――――


<あとがき>


お読みいただきありがとうございます!

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