第6話 顔出し初配信とアクシデント

 ダンジョン探索が一般開放されてから、ダンジョンに関する様々なシステムが作られていった。

 今では、どこにどの程度の難易度のダンジョンがあるかは、専用のスマホアプリとダンジョン探索者の免許があればすぐに探すことが出来た。

 

「さて、久々のガチ攻略としてはこのあたりが良いかな」


 俺が選択したのは、およそ70階程度の深度と予測される、中級のダンジョンだ。

 この姿になる以前、俺は会社に勤めていたが、会社の同僚の勧めもあって、会社の事業の一つとしてダンジョン探索を行っていた。

 ダンジョンが一般開放されて以降でも、国はダンジョンから得られる未知の道具やクリスタルの力を欲しているらしく、様々な補助金などが出るようになっている。

 故に多くの会社がダンジョン探索を事業の一環としていた理、もしくは副業としてのダンジョン探索を許容していたこともあり、会社によってはダンジョン探索が本業となってしまった所もあるらしい。

 

 当時の俺の実力としては、中級のダンジョンを中階層まで進める程度。この上に上級、最上級とあるのだから、天井はひたすらに高い。

 正直、今のこの姿になった当初であれば、初級ダンジョンすら無理だったろう。

 しかしスキルであるバレットマークの精度を高めた今であれば、まともに使えて、ある程度連射の効く武器があれば、以前と同じ程度には戦える。事実、上級ダンジョンを身を潜めつつ進み、中層のモンスターを狩って日銭を稼いでいたくらいだ。

 

 ダンジョン探索は完全に自己責任。それが一般的な常識。そのため、一応ダンジョン探索免許というものはあるが、実質ダンジョンにかかわるサービスを受けるための免許で、最上級ダンジョンでもない限り誰であっても好きに入れるし、誰かに入るのを監視されても居ない。

 数少ない一つのルールとしては、5人以上のグループ...ゲームとかのネタで『パーティ』なんて呼ばれたりもするが、5人以上のパーティでは入ってはいけないということ。

 不思議な話だが、5人以上で入ろうとするとダンジョンの入り口に透明な壁が現れ、入れないらしい。中で合流する意思がある時点でダメだとか。

 

 今俺は一人。そしてダンジョンの入り口には誰もいない。俺はダンジョンへと足を踏み入れた。

 そして今身に着けているのは、いつものローブ。なんでもリリ曰く、『まずはいつもの恰好で配信を始めよう』とのことで。

 

「にしても、配信って本来こんなに便利なんだな」


 以前の古いカメラやスマホ、タブレットではなく、リリからダンジョン配信用のスマホを渡された。

 それは魔法によって動くものらしく、ダンジョン内であれば自分の背後に常に浮かせることが出来るという代物だ。

 このスマホでの配信風景を実際に動画サイトで見てみたが、まるで三人称視点のゲームのような感覚で、振り向けばすぐに自撮りが出来るという優れもの。

 

「えーっとタイトルは...【ダンジョンクイーン、初配信します】。よし、リリに設定してもらった、昨日の配信予行通りにちゃんとなってるな...って」


 俺は配信の準備枠を見て驚いた。何時から配信すると動画サイトに設定すると、その配信が枠として確保され、何人が配信を見るために待機中と出てくる。

 見れば、その人数は。

 

「さ、三万人...!?」


 さらに、そこには待機中の沢山の人々のコメントが。


『配信待機』

『ダンジョンクイーンが幼女と聞いて』

『幼女配信と聞いて』

『クッソ可愛かったから期待』

『強い幼女とか最高』

『楽しみすぎる』

『真っ赤なくりくりお目目が早く見たい』

『はやくかわいいおててを見せなさいですわ』

『なんだこのお嬢様口調の奴』


「いや、だから何で俺の外見の話ばかり。それもかわいいって...だめだだめだ。今は配信開始に集中しないと」


 気づけばまた登録者数も増えて4万人になってる...」


 つい昨日まで8人しかいなかったチャンネル。それがもはや五千倍の人数。

 ちょ、ちょっと怖くなってきたが、これも男に戻るための情報を得るためだ。それに機能収益化の申請をリリにしてもらったら即通った。これでもやし生活からおさらばできるのであれば、嬉しいことこの上ない。


「さて、そろそろ時間かな」


 この姿をさらしながらの配信は初だが、どんな反応をされるか...

 俺は呼吸を整え、意を決して配信開始ボタンを押した。


『きましたわー!!』

『配信はじまった!』

『幼女! 幼女! 白髪幼女!』

『え、マジでかわいい』


 動画配信画面には俺が映っている。う、や、やっぱり恥ずかしい。

 いや、落ち着け俺。ここは昨日色々な配信者の初配信の時の動画を見て勉強した成果を見せねば。


「はじめまして! えっと、ダンジョンクイーンって呼ばれてますが、Aチャンネルで配信してたものです。え、A(エイ)って呼んでください! よろしくおねがいしまひゅっ!」


 噛んだ。


『かわいい』

『かわいい』

『Aちゃん覚えた推します』

『かわいい』

『声めっちゃかわいい全部かわいい』

『すき【投げ銭5000円】』

『かわいい』

『かわいい』

『愛してる【投げ銭50000円】』

『かわいい』


 なんか投げ銭がいっぱい貰ってるけど、ご、五万円!? それだけあればアパートの家賃二か月分余裕だ。

 な、なんだろう、この後はまずは予定通りダンジョン攻略かな。


「では、だ、ダンジョン攻略進めていきますね。俺はアサシンのクラスですが、この貧相な体だから近づくのも困難ですし、スピードもあまりありません。なので、隠れながら確殺スタイルでいきます。地味になりますが許してください」


『このかわいさでアサシン。ギャップ萌えで俺でなきゃ惚れちゃうね。惚れた』

『地味でもかわいいならセーフ』

『過去動画見た感じバイオリザードも倒してるし強くて可愛いとか最強』

『ほほう、俺っ娘ですか。しかもこれはキャラじゃなく素の一人称ですね。結婚してください』


 あー! もうなんだよ皆可愛い可愛いって! うー、なんか頭が熱くなる...


『顔赤くなってるかわいい』


 これはいちいちコメント読んでるとメンタルが持たない...そうだ。


「えっと、ダンジョン攻略中はコメント読みません。攻略が一通り終わって、体力が残っていたら読みますね。今日読めなくても、後日ちゃんと読みますのでよろしくお願いします。それと、そうだ。後日ですが今日の件のコメント返信の配信とかもしますね」


『おけ』

『ダンジョン攻略中も可愛いお声期待してる』

『なんか質問考えておこ』


 俺は呼吸を整え、気を取り直してダンジョン攻略へ進むことにした。

 

 さて、ダンジョン攻略と言ったものの、やることは変わらない。

 第一階層に降りる。一階層目に関しては、ほぼ初級レベルのモンスターだ。

 

「さてまず最初のモンスター。あれは初級モンスターのミニスライム。雑魚中の雑魚であると同時に、装備や服だけを溶かすスライムだ。魔法などで簡単に倒せるが、複数体が一気に出てきた場合、転倒したら危険だ。一気に体に群がられて、最悪の場合窒息死する。基本的には距離をとりつつ、確実に仕留めていくことが大事だ」


『なんか授業始まった』

『なるほどためになる』

『でもAちゃんが服を溶かされてえっちな目にあっている姿は見たいかも』


「そうだな...あとはこの特性を生かして、ダンジョンの中でエロいビデオの撮影をした、なんて話も聞くし、実際そういう作品が出ているらしい。それと、一応こいつらは洗浄効果がある。基本ダンジョンの外に出たモンスターは短時間で消滅してしまうが、あえて数を減らしたこのミニスライムに体をまとわせることで、デトックス効果でお肌をつるつるにする、なんて話もあるくらいだ」


 まぁ、この程度ならバレットマークを使う必要もない。


「一応弱点は背中に浮かんだVの字。モンスターは共通で、弱点として体のどこかにVの字の痣がある。その痣の下にあるコアを破壊しないと、ミニスライムをせん滅することはできないからね。まぁクリスタルのドロップは少ないし、固有のドロップも大したことは無い。だから狩る必要性も薄いが、参考に一体倒していこうか」


『完全に授業じゃん。下手な解説書よりためになる』

『さすがダンジョンクイーン。かわいいし説明わかりやすいし最強だろ』

『でもAちゃんが服を溶かされてえっちな目にあっている姿は見たいかも』


 5メートルの位置まで近づき、銃を構える。向こうはこちらに気付いているが、ミニスライムの遅い移動速度なら問題ない。

 バレットマークも必要ないから、直接コアを銃で撃った。

 

「つっ」


 銃を撃った時の衝撃が手に響く。手に強い痛みが走る。

 そう、俺がこの姿になってから、敵を一体だけ倒して帰還していた理由の一つ。この幼い体では、銃の衝撃に耐えられないようで、銃を撃つと手に強い衝撃と痛みが走る。

 とはいえ、計算では10発は撃てる計算だ。今回もいつも通りの戦い方。ひたすらに敵を避けていくだけ、と思っていたんだが。


「...いや、なんかここミニスライム多くないか」


 通常多くても10体ほどのミニスライム。しかし目の前には40体以上のミニスライム。

 

「ミニスライムがスポーンしやすいダンジョンだったか。捕まったらやっかいだ。さっさと次の階に」


 俺が全速力で駆けだそうとした、その時。

 

「ふぎゃっ」


 何かに足をひっかけて、思いっきり転んだ。見ればそこには、誰かのスマホが落ちている。

 

「え、俺のじゃない誰のスマホだよ。あ、いや、それより、ま、まずい」


 気づけば、俺の足にスライムがまとわりついていた。その乗じて、ミニスライムが何体も俺の体にひっついてくる。


「あ、あ、服が溶かされる! だ、ダメ! はなれろおお!」


 身に着けていたローブが溶かされる。ま、まずい、ローブの下は...

 

〇〇〇


「ほら! 銃のほかに、キミのために持ってきたんだ! 魔法を練りこんで耐久の上げた白基調の赤リボンワンピ! 絶対キミに似合うって!」

「いやだ! 俺は男だ! そんな服を着るつもりはない!」

「今は女の子でしょ? ほらほら、ローブの下でいいからさ。着て行ってよ! その方がダンジョン攻略も捗るよ!」


〇〇〇

 

 俺は急いでローブを脱いで、まとわりついていたミニスライムを振り払った。

 ローブの下からは、白基調で赤いリボンのついたワンピースが現れる。


『脱衣キター!』

『危険すぎるめっちゃ可愛い』

『これはうっかりミスだな。でもかわいいからヨシ!』

『【投げ銭:50000円】』

『これがダンジョンクイーンのワンピースフォルムね。殺人的な可愛さだ』

『てか気のせいかな。スライム振り払った時のクイーンの目、なんか変わってたというか、爬虫類っぽかったというか』


 危なかった。服を全部溶かされるところだった。ったく、誰だよあんなところにスマホ落としたの! 俺より前にこのダンジョンに来た奴なのは間違いないが。


「はぁ...はぁ...」


 くそっ、こんなんじゃ視聴者に幻滅されちゃうよな。ダンジョンクイーンは動画とかで、無欠の強さを持って神秘的な存在って見られてたっぽいから。

 ここからは汚名挽回...じゃなかった名誉挽回しないと。

 

『登録しました』

『かわいすぎ。登録した』

『ダンジョンクイーンの正体これとか最高。登録した』

『すご、視聴者12万人とか』

『登録者数10万超えたぞ』


〇〇〇


 話は遡り30分前。アキトが来るよりも前、ダンジョンに一人の女性の姿があった。

 

「リリさんはアキトさんならソロで大丈夫と言ってましたが、わたくしは心配ですわ」


 それはエカ。アキトを心配してか、アキトよりも先にアキトが来る予定のダンジョンの1階層に足を踏み入れていた。

 

「ここは今話題も話題になっているアキトさんと一緒にコラボ配信! 視聴者登録者もうはうはがっぽがっぽに間違いないですわ! おーっほっほっほ! あ、配信配信」


 そうして配信を開始したエカ。

 

「今日はこのダンジョンの探索をしていきますわ! 今日の気分的に、ゆっくりゆったりと進んでまいりますわ」


 ゆっくり進むのは、アキトと合流するためである。が、視聴者はそんなエカの発言をスルー。

 

『お嬢のおほ配信はじまた』

『おほり期待』

『おほ待機』


「きー! 誰がおほるものですか! わたくしは聡明なので、こんな中級ダンジョンで失態はおかしませんわ」


 ふとエカが前を見ると、そこには明らかに落とし穴と思われるトラップが。

 

「ふふ、このトラップは落ちると、ランダムな階層下へと落ちるトラップですわ。そしてこのタイプのトラップは、55キロ以上だとトラップが発動し、落っこちてしまいますわ」


 そうしてドヤ顔でトラップの上に乗るエカ。

 

「だから、わたくしのように55キロ以下である必要があったのですわ...ふぁっ!?」


 エカがトラップに乗った瞬間。エカの足元のトラップが発動し、パカリと床が開いた。


「おほおおおおおぉぉぉぉぉぉ!? なぜですの!? なぜですの!? なぜで...」


『草』

『草』

『草』


 盛大におほ声を出しながら、遥か下の階層へと落ちてゆくエカ。エカが居なくなったダンジョンの第一階層。そこには配信で使っていたスマホが一つ、転がっていた。

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