第7話 初配信終了、一方お嬢様


 その後は安定してダンジョンを進むことが出来た。

 

「この小型の狼タイプモンスターは右手での爪が強力な一方、左側は弱い。正面から戦うなら左側を意識して戦うといい。一方で俺のようにサイレントキルを狙うなら、相手の右側からが良い。なぜなら左が貧弱な分、向こうも左側の警戒意識が強いからだ。バレットマーク」


 バレットマークを付けて、銃を撃ち放つ。一発でモンスターは倒れ、クリスタルが転がった。


『すげぇ、これアサシンのスキルのバレットマークだよな? あとかわいい』

『でもあれハズレスキルでしょ。攻撃あたっても威力大したことが無いし。あとかわいい』

『それだけスキルを鍛えたってことだろうが...でもこれだけ強力だと、他のスキルは全然育っていない、完全なサポートタイプになるよな。あとかわいい』

『でも使い方が上手い。さっきから中級以上の☆3モンスター倒しまくってるぞ。あとかわいい』


 結構な量のクリスタルが集まった。これだけあれば今日はちょっと良い飯食えるかな...にへへ。固有ドロップのモンスターの肝は...うん、持ちきれないな。

 とはいえ、この体になって困ったことの一つ。クリスタルや固有ドロップが全然持てないこと。

 最近はダンジョンの中でのみ使える、見かけ以上の大容量鞄、異次元バッグやら異次元ポーチなんて代物もあるらしいが、そんな高価なものは買えない。

 普通はダンジョン探索時に鞄を持って入るものだが、この小さい体じゃ背負う鞄にクリスタル一杯を詰めると、まともに動けすらしない。

 だから俺はポーチ一つでここに入っていた。そのため、数体倒しただけでポーチがいっぱいになってしまう。

 

「本来ならポーチがいっぱいになった時点で帰りますが、今回は続行します。俺のことを紹介することも含めた配信だしな」


『愛してる』

『異次元ポーチ代【投げ銭:10000円】』

『初めまして! 初投げ銭です。ダンジョンクイーンの配信と聞いて来ました。噂通り最高にキュートですし、ぷにぷにほっぺをすりすりしたいです。これは少ないですが異次元ポーチを購入するのに使ってください【投げ銭50000円】』


 そのあとも適度にモンスターを倒し、撃った弾丸は9発。そして今いる階層は52階ほどになっていた。

 大体中級ダンジョンの階層が50から60ほどだから、もうすぐ最下層ということになる。

 ダンジョン踏破か...ダンジョンの最奥にはボスがいて、そのボスを倒すことで、そこに設置されている宝箱から大き目のクリスタルが手に入るという話だ。

 しかし、さすがに銃を9発も撃ったところで、手が大分しびれてきた。この問題、どうにか解決しないとな。

 

『やべぇ。クイーンって呼ばれるだけある。階層の中でも強いエリートモンスターばかり倒してる』

『さっき倒したの☆4のモンスターじゃないか』

『一応☆の中では最下級だが、☆5のモンスターも居た。本来なら中級であれば回避して進むモンスターだが、倒しちまった』

『解説クッソためになる』


 さて、この手のしびれだと撃てるとしても残り1発か。2発撃てるほど手の余裕が無い。

 

「ではダンジョン配信はいったんこのあたりにします。あとは上に戻るだけだしね。じゃあ戻りながらコメント読みを...」


 と俺がスマホに手をかけたところで、俺のポーチの中からビービーと音が鳴った。この音は忘れもしない。

 救助要請。それも距離が近い救助隊に自動的に行く通知だ。つまり近くのダンジョン、それこそこのダンジョンに要救助者が居る。

 呼吸を整えて、アサシンのスキルを使う。付近に弱った生物は...

 

「居る! 3階層上! 大きさ的に人間。激しく走り回ってる。これは何かから逃げてるんだ!」


 要救助者が近くに居る。一応、俺も救助隊の資格を持った身だ。

 

「絶対に助ける。待ってろ!」


 俺はスマホを手放し、全力で上の階層へ向かった。


『やだ...駆けつける姿かっこいい...』

『これはダンジョンのカリスマ。やはり時代はクイーン』

『配信延長やったー!』


 3階層上へ全力疾走。たった3階層なのに息が上がる。ほんとこの体の体力の無さは嫌になる。

 3階へ駆けつけると、そこには3メートルはあろう、巨大な紫色の猪、パープルボアに追いかけられている人間の姿が。

 あれは...女性か!? しかも見れば。身に着けているのはピンク基調の、ロリータ服ってやつか? 栗色のボブで、身長も170センチはありそうだ。

 なんであんな格好でダンジョンへ。いや、最近はあんな装備もあるとは聞いたが、まずは救助だ。見れば、両腕を怪我している、見るからに近接系のクラスじゃない。魔法とかで攻撃するタイプのクラスだろう。

 

「バレットマーク...!」


 パープルボアにバレットマークを付与。だが、あれだけ動き回っていれば当たらない。

 撃てて一発。一撃で仕留めないといけない。なら。

 

「要救助者! こっちへ!」


 俺が声をかけると、そのロリータ衣装を来た人は、こちらへと走ってきた。同時にパープルボアもこちらへと向きを変える。

 いいぞ。あとは直前で撃つだけだ。そう思っていたのだが。

 

「あっ...」


 その女性が俺の手前で躓き、俺の下半身につかみかかるように倒れてきた。

 両手で構えていた銃から左手が離れる。同時に俺は右手で引き金を引いてしまった。パープルボアの遥か上を弾丸が飛んで行く。

 完全にはずした。右手に強いしびれと痛みが走る。もうパープルボアまでの距離は3メートルも無い。


「なら、左で!」


 すぐに俺は左手で銃を持ち、パープルボアへと弾丸を放った。

 パープルボアはその巨体ごと、後方へと吹っ飛ぶ。唯一パープルボアが蹴り上げた石ころが俺の腕をかすめたくらいで、俺や要救助者に怪我はなかった。


『すげぇ。今完全に終わったかと思った』

『要救助の難しいところはこれだって聞くな。不測の事態が起こりやすいって』

『パープルボアって☆4だけれども、耐久だけは最上級モンスター並みのエリートモンスターだ。ダンジョンクイーンなら、最上級クラスも一撃なんじゃ...?』

『待ってくれ皆。その要救助者もめっちゃかわいいぞ』


「はぁ、はぁ。なんとかなったな」


 俺は目の前で倒れこんでいた要救助者に声をかけようとした。と同時に気付く。

 よく見れば、栗色の髪の下に、黒い髪が見える。あれ、もしかしてこれカツラとかウィッグか...?

 それに、なんか体が筋肉質というか。


「いや、それよりも大丈夫か?」


 その要救助者は立ち上がると、俺に深々と頭を下げた。どうやら命に別状は無いようだ。しかし。

 

「喋らないな...喉をやられたか?」


 刻々とうなずく要救助者。なるほど、魔法には呪文とかを唱えて使うタイプもあるという。声が出せないのなら、詰みと同義か。


「でも、本当に無事で良かったよ。さぁ、救助隊バッジで帰還させてあげるよ」


 俺は救助隊バッジを取り出して、その要救助者へと向けた。要救助者の体に魔法陣が浮かび上がる。そして転送が始まる寸前に、その要救助者はかがんで、俺の手をつかんだ。

 

「な、なんだ!?」


 ブンブンと手を振り、どこか希望に、憧れに満ちたまなざしを俺に向けてくるその要救助者。その姿を最後に、その要救助者は転送された。


「はぁ。疲れた。さすがにコメント見れるほど体力残ってないかな」


 そして何より、俺の両手が割と限界だ。幸いにもアサシンのスキルで帰るのは難しくない。


「すみません。今日は配信ここで終わります。後日きちんとコメントを読んで、返信の配信もしますので、よろしくお願いします」


 ああ、かなり醜態をさらしてしまった気がする。これはリリの言っていたように、配信で収益なんて夢のまた夢かな...


『おつかれー。ちっちゃいのに強さと勇敢さに惚れました。即登録した』

『モンスター解説ガチで助かる』

『初顔出し配信お疲れさまでした。ばちくそ可愛かったです【投げ銭:15000円】』

 

 俺はコメントを読む暇もなく、配信を停止した。

 

「うう、家に帰ってチャンネルのコメントとか確認するのが怖い。こんなときは...よし、サウナだな」


 俺はサウナで気を紛らわせながら、家路に...の前に。

 

「リリ、気づいてるぞ」


 俺は近くの壁に向かって声をかけた。すると、そこからひょっこりと顔を出すリリが。

 

「ありゃぁ、ばれてたか」

「近くでずっと気配してたからな。アサシン系のスキル舐めるな」

「アサシンの知り合いにも気づかれなかったんだけどなー。キミ、やっぱり大分アサシンのスキルレベル高いね」

「そりゃ、この姿でバレットマークを生かすために、鍛えまくったからな。ダンジョン内でそのスキルを使えば使うほど上達する。探索者なら常識だろ?」

「そのレベル、たった半年で良く鍛えたよ」

「まぁ、この姿になる前から気配を消すスキルは鍛えてたしな」


 それで、リリがここに居る理由だが。

 

「アタシの杞憂だったね。ちょっと心配して来ちゃったぞ」

「でもパープルボアの時、助けに入ろうとしただろ」

「それも気づいてたかー、さすが! でも左手に銃を持ち替えたのを見た時、大丈夫だって確信して離れたよ」


 左手に持ち替えか。


「別の問題に気づいちゃったけどな」

「...アタシも見てて感じてた。それについては、ちょっといい考えがあるんだ」

「いい考え?」

「そそ! まぁあとで話すよ! まずはサウナでも入りに行かない? 良い場所知ってるんだぞ」

「サウナ!? 行く!」

「あ、その前に」


 リリが俺の左手をとる。見れば、ワンピースのすそが一部破けていた。パープルボアの蹴り上げた石がかすめたところだ。

 

「アキトの服、ちょっと血がついてるから怪我を...と思ったんだけれど」


 確かに血がついてる。が、痛みはもう無かった。。

 

「ああ、これはこの姿になってからなんだけれど、傷の治りが早いんだ」

「...回復魔法使ったわけじゃないもんね。でも、なんかちょっと固くなっているような。なんというか、鱗?」


 鱗? と見てみれば、確かに鱗のように固くなっている。かと思いきや、すぐに柔らかい肌に戻り、傷は一切消え失せていた。


「なんだこれ、初めてだ。」

「これは、一度調べてもらった方が良いかも。まかせて、今度知り合いに手配しておくから。じゃ、行こうか! サウナ!」


 そうしてリリは俺をおぶって...ってまさか。

 

「ラピドラピドラピド! 全力疾走でいくよ!」

「待ってくれリリ! 酔うから! 歩いて行けるから! リリー!!」


〇〇〇


 そんな二人が居る階層よりも10階層下。一人の少女が、ライオンに近い姿をした、5メートルはある巨大なモンスターと戦っていた。

 盾と剣を持った少女。全身ボロボロになっているその少女の剣が、モンスターの額をとらえ、モンスターが地面に倒れ伏せる。

 

「はぁ...最下層...直行トラップなんて...聞いてませんわ...けれど」


 その少女、エカはモンスターの体の上に乗り、勝鬨を上げた。


「成し遂げましたわ! 中級ダンジョン踏破完了ですわー! 精神が黄金の鉄の塊でできているわたくしに、中級のモンスターがかなうはずがありませんわ! 視聴者の皆さん! 見ましたかわたくしの勇姿! ってあら?」


 エカが背後を見ても、そこにはスマホが無く。


「は、配信用のスマホがありませんわー!!!」


 エカの叫びが最下層で響き渡った。

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