第25話 他人の配信を視聴する
つまるところ、志度さんは有名配信者としての俺の正体を隠して、事務所に入れるようがんばれってことらしい。
じゃないと、事務所に入るための書類へのサインとかはしない、とのお達し。
「と言われましても...」
自宅に居る俺の前にはパソコンのディスプレイ。そこには『オーディションの結果落選、今後のご活躍をお祈り云々』と書かれたメールが表示されている。
一応動画では名前は『アキ』だと公開しているが、苗字は非公開。
そこで志度さんは俺の黒髪緑眼状態の写真から、新しい身分証を発行してくれた。ちなみに既に髪色や瞳の色は、銀色赤色に戻っている。それを見越してか、色変え用のスプレーと小瓶も志度さんは自宅に送ってきた。
それで色んな事務所のオーディションなどに応募してみたは良いものの。
「無理だよなぁ」
そもそも年齢が10歳以下で、何の配信の実績もない幼女を入れる事務所なんてあるはずが無い。と思いきや。
「...一か所から書類選考通過の連絡が来てる」
ダンジョン配信者として事務所に入りたい場合、多くは個人勢で有名になるか、オーディションに応募して通る必要がある。
昨今、確かに小学生や中学生で、ダンジョンに足を踏み入れることは少なくない。事務所に所属し人気のある子もいる。
ただ、そういう場合初級のダンジョン、それもかなり簡単な部類のダンジョンでの配信がメインとなる。それも同じ事務所の誰かが保護者として同伴するのが大半。事務所に所属しているのに、幼い子を危険な目に合わせてはいけないという配慮だ。
そんな手間がかかりながらも事務所が幼い配信者を採用するのは、幼いながらに強いクラスを元々身に着けていたり、動画映えするクラスや才能を持っていたりといった子供たちを囲い込んでおく、という需要に目を付けている、とは聞いたことがある。あとシンプルに子供のダンジョン探索は動画映えする。
ある意味、昨今の成功した幼いダンジョン配信者は、昔で言うドラマとかの子役みたいな人気に近いかもしれない。
それでもさすがに、実績の無い6歳から8歳前後というのは幼すぎてオーディションの書類審査で落とされると思っていたんだが。まさか一か所通るとは。
で、その事務所というのが。
「ソレイユ事務所。確か外国語で太陽を意味する言葉だったか。リリやエカと同じ事務所か」
かなり大手の事務所だ。リリはともかく、登録者が10万人以下だったエカがスカウトされたように、とにかく面白かったり伸びそうな人材を見つけてスカウトしているとか。
オーディションに通ったのも、できるだけ多くの人材を見つけるために、書類の審査は緩いんだろうか。
「リリやエカに言えば事務所に入れてくれるかもだが、ここは志度さんの言う通り普通のオーディションを受けてみるか」
オーディションの続きは...次の木曜日。なんといきなり初級ダンジョンの踏破の様子を見る、実地オーディションだそうだ。
こういうのはてっきり、どっかのビルのどっかの会議室とかで面接するとか、どっかのスタジオに呼ばれて演技やら面白いことをするやらとかすると思ってたが。
「でも、ダンジョン配信者として事務所に入るなら、この方法が手っ取り早いのかもな」
ダンジョンは現れたり消滅したりが激しいから、水曜日に試験場所が確定するらしい。それまではいつも通り過ごすか。
「いつも通り過ごすか、と言っても」
今日は丸一日空けてある。なにもすることが無い。いわゆる配信も無い休憩日だ。
幸い、例の迷惑配信者に家の場所までは特定されなかったためか、以前のアパートに平穏に住めている。
とはいえ、そろそろ金銭的にもある程度余裕が出来てきたから、引っ越そうかとも考えている。
いつもならダラダラと夕方まで過ごし、ひと気が無くなったら行きつけの銭湯のサウナって流れだが、今日はどうダラダラ過ごそうか。
「そうだ。オーディションのために人の配信でも見るか」
オーディションで受けをよくするため、俺は人の配信を見ることにした。スマホを手に取り動画サイトを見ると。
「お、リリが配信してるじゃないか」
そういえば、今日は上級ダンジョンを踏破すると言っていたな。状況はどんな感じだろうか。
〇〇〇
「ラピドラピドラピド。現在60階を進行中!」
相も変わらず超高速配信を続けていた。志度さんに作ってもらったブーツ、確か名前はブレードブーツだったかな? 刃のついたブーツで、☆7や8のモンスターをなぎ倒している。
「わお、☆8犬型モンスターのファイバードッグ! アタシと同じで速そうだね。素敵な足だけど、アタシの方が速いよっ!」
☆8のモンスターさえ、簡単になぎ倒していく。リリ、速さと足技での攻撃力に磨きがかかっている。
『さっすがリリちゃん速すぎ』
『もしかして上級ダンジョンの踏破速度記録に迫ってるんじゃ?』
『リリちゃんの自己ベストはモリモリ更新中っぽい』
コメントの反応も上々。同時視聴者数は40万人を超えている。平日の昼前だというのに。
『ギザ歯かわいい』
『わかるギザ歯好き』
『ギザ歯に気付くとは。何を隠そう、リリちゃんはサメ系配信者なのだ』
あー、なんかリリのことが書かれたサイトとか見ると、サメ系って書かれてたな。
ただリリは一度もサメだなんて自称したこと無いと聞いている。
なんか、青くてギザ歯だから視聴者がサメって呼んだのが始まりらしい。
そもそも本人がこの前、深い水は苦手と言っていた。
「アテンシオン(注目)! ここでプロモーション! 今日アタシが持ってきたこのエナジードリンク。ダンジョンでの栄養補給にぴったり! 提供は大山製薬でお送り!」
『リリちゃんのせんでんきちゃあ!』
『これでも速度落とさないからさいっきょ』
『ハヤスギィ!』
そうしてグイっとエナジードリンクを飲み干し、瓶をダンジョンの中にぶん投げたリリ。
事務所に入ったら、こういう宣伝の案件とかも来るんだろうか。
リリの配信を見ると、リリは自分の速いという長所を全力で生かしているな。
リリ自体が可愛いってのもあるが、そのうえで高速でダンジョンを走り回り敵を倒すのは爽快だ。
それに、リリの明るい言動は見ててこっちが元気をもらえる。やっぱり、リリの配信は伸びて当然だな。
「ラピドラピドラピド。どうやらここは全部で140階! 今70階まで来たからあと半分!」
すると、リリは背後に浮かぶ配信用のスマホを手に取り、コメントを読みながら駆け始めた。
「みんなコメントありがとー! 元気もらってるよ!」
『うおおおお! リリちゃん!』
『リリちゃん最高!!!【投げ銭:7000円】』
『うぃんく! ウィンクください!』
コメントは大盛り上がり。
そうだ、俺もここでリリを応援しよう。投げ銭ってのもしてみたいしえっと、いつもの配信用のアカウントにログインしてと。リリには世話になってるし、動画配信でお金結構溜まったし、ここは奮発しよう。
『アカウント名:アキ リリがんばれ! 応援してるよー【投げ銭:50000円】』
と、俺がコメントした瞬間、コメントが一気に大量に流れだした。
『えええええええダンジョンクイーンだ!!!!!』
『うそでしょダンジョンクイーンだ!』
『ダンジョンクイーンがリリちゃんの応援にきたぞおおおおお!!』
う、なんか思ったより盛り上がっている。そしてリリも気づいたようで。
「えっアキト...じゃなくてアキ!? ほんとだアキだ! アキ見えてる? いえーい、ぴーすぴーす」
配信用のスマホの前でピースしたり楽し気な様子を見せるリリ。
『めっちゃカメラ目線じゃん幸』
『リリちゃんとダンジョンクイーン仲いいもんな』
『前にNPC倒してたし、最高のコンビだよ』
『リリ×ダンジョンクイーンはよ』
『は????? ダンジョンクイーンが前だろ? 幼い方が攻め、これ自然の摂理』
『おちついて』
...結構ざわつかせてしまったかな。俺があまりコメントすると良くないかもしれない。
なんて考えていたら、配信画面内にある、あなたにおすすめの配信欄に興味深いものが現れた。
それはエカの配信。そういえば、エカの配信は生では見たことがなかったな。いい機会だから見てみるか。
〇〇〇
「うーん、どの扉にしようかしら」
動画配信タイトルを見る限り、エカが訪れてるのは中級のダンジョン。
エカの前には三つの同じ色の扉。その前でうんうん唸っている。
あれ、でも配信タイトルにRTA、つまりはタイムアタック的なものを行っているはずだが。
『ここガバ』
『再走して』
『確か道具とかで本物見分けられたろ。対策が不足してますね』
やっぱり、なんだかリリの配信とは雰囲気が違うな。
「はっ、そうでしたわ、これはRTAでしたわ。でも大丈夫。この後一つも失敗しなければ大丈夫ですわ」
『フラグでしかない』
『エカ理論』
『完璧な作戦ですね。不可能なことを除いて』
「そうですわね。せっかくなので、わたくしはこの赤い扉を開きますわ」
と言ってエカが扉を開く。いや、赤も何も、全部同じ色の扉に見えるが。絶妙に扉の上の装飾が赤い...のか?
エカが開いた扉の先には、奥へと続く通路が。
「おーっほっほっほ! わたくしの直感にかかればこんなの簡単で...」
『あ、足元に落とし穴トラップ』
エカの足元がパカリと開く。エカがその穴の中へと落ちていった。
「おほぉぉぉぉぉ!!! なぜですの!? なぜですの!? なぜで...」
『また体重トラップに引っかかってて草』
『メガトンお嬢様(体重的な意味で)』
『ガバの聖地』
〇〇〇
エカの配信を見終えて思う。
...なんかすごい配信だ。俺には真似できないや。
「そういえばエカってネット上の掲示板とかめっちゃ気にするよな」
ふと検索をかけてみる。すると、おそらくはエカが落とし穴に落ちた時に出来たスレッドが大量に並んでいた。
「『【お報】エカ嬢またオホる。X日ぶりY回目(874)』、『エカお嬢様スレ オホ92スレ目』。えっと、この一覧に4文字までしかタイトルが表示されない掲示板は...わ、『エカオホ』っていうのがカタログ内に並んでる」
なんだかんだ愛されてるんだなぁ。
そして思う。なるほど、エカが色々やらかすと、お報って呼ばれるのか。
「直接コメントするのははばかられるけど、トゥイッターとかでつぶやいてみるか」
それとなくトゥイッターで『お報』とつぶやく。すると。
「げ」
瞬く間にリトゥイート数が増え...最終的に12万リトゥイートまで伸びた。
「そういや、俺がエカを認知してるって誰も知らないのか。俺がエカを知ってるって話題になってるな」
そうして後日聞いた話だが、あのツイートの影響か、エカのチャンネル登録者数が1日で11万4500人以上伸びたらしい。エカが大層よろこんでいた。というかエカはやっぱり落とし穴に落ちても無事だった。予定してたダンジョン攻略時間が3倍オーバーしたらしいが。
...今度からトゥイッターでつぶやく内容には気を付けよう。
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