第47話 久しぶりの仕込み

 俺はいつもより早く起きて、仕込みを始める。

 前世の記憶を辿りながら、もち米を炊き、小豆を炊いていく。

 冷蔵庫や保温機が無いので、鮮度管理が大変だ。


 でも、楽しい。

 体は違うが、体が勝手に動く。


「お兄ちゃん、何を作っているの?」


 もち米や小豆を炊く匂いに釣られて、ミルフィが作業場にやってきた。

 今日の父さんの看護は母さんがするので、ミルフィが店の手伝いをすることになっている。


「新商品を作っているんだよ」

「新商品?」

「できてからのお楽しみ!」

「うん、わかった。私にも手伝えることある?」


 ミルフィも父さんと俺がしっかりと教え込んでいるので、それなりの腕前はある。

 今までのお菓子の仕込みなら任せられるだろう。


「じゃあ、クッキーやタルトの仕込みをお願いしていいかな?」

「うん、まかせて!」


 ミルフィも小麦粉や果物を出してきて仕込みを始める。

 なかなかの手つきだ。

 ミルフィも製菓学院の上位を目指せるんじゃないかな。


 

 トントントン!


「お兄ちゃん、誰だろう?」

「いや、こんな時間に誰かが訪ねてくる予定はないんだけど」


 俺とミルフィは警戒しながら、店の扉まで行く。


 すると、知っている人の声が聞こえてきた。

 

「アルフレッド君、いるか? 姫様からのお届け物だ」

「あ、はい。今開けます」

 

 家に訪ねてきたのはシュルツだった。

 特に予定を聞いていなかったので、びっくりだ。

 

「お兄ちゃん、この人は? それと姫様って?」

「ああ、この人はシュルツさん。姫様というのはシャーロット王女のことだよ。シュルツさんはシャーロット王女の護衛騎士なんだ」

「そうなの? でも、その王女様からお届け物って?」


 ミルフィは色々なことがつながらず、首を傾げる。

 わからなくはない。

 

「これだこれ。涼しい場所で育てたから、夏場でも収穫できたと姫様がおっしゃっていたぞ」


 シュルツが差し出したのは苺だった。

 苺は高温多湿に弱い果物で、夏場に生産するのは難しい。

 元いた日本では涼しい気候の場所でしか生産できなかった。


「ありがとうございます。シャーロット王女にお礼を伝えてください」

「ああ、わかった。ものすごい笑顔で喜んでいたと伝えておくよ」

「シュルツさん、そこまで大袈裟に言わなくても」

「自覚がないのか? 全然大袈裟じゃないぞ」

「そうだよ、お兄ちゃん。とても嬉しそうな顔をしてるじゃない」


 俺は両手で顔を触って確認する。

 鏡が無いので、俺がどんな顔をしているかなんてわからないが、何となく熱が上がっているような気がした。


「では、作業の邪魔になってはいけないから俺は戻るよ。こちらでもいろいろ動いているから安心しな」

「はい。いろいろとありがとうございます」


 ……って、何を目的で動いているのだろう?

 

 シュルツを見送ると、俺とミルフィは仕込みに戻る。

 今回作るお菓子は、苺大福、饅頭、どら焼き、カステラだ。

 煎餅を作ることも考えたが、時間が余ったら作ることにする。


 まずは餡子を大量生産して、小さく丸めて全て同じサイズにしていく。

 まだまだ熱々の餡子だが、気にせずどんどん加工していった。

 

「お兄ちゃん、そんなお菓子見たことがないよ。でも、とても美味しそうな匂いがするね」

「ああ、出来上がったらミルフィに食べさせてあげるよ」

「ほんと!?」

「だから、こちらの作業も手伝って」

「うん」


 ミルフィの方の作業がひと段落していたので、こちらの作業を手伝ってもらうことにした。

 どら焼きの生地やカステラならミルフィでも難しくはないだろう。


 一番手間がかかるのは苺大福だ。

 一個一個丁寧に、素早く餡子と苺をお餅で包んでいく。

 

 ……前世の苺大福シーズンを思い出すよ。

 

 さらに、饅頭の蒸し上がりそうな香りが漂ってきた。

 開店時間が近づいているのを知らせてくれているようだ。


「お兄ちゃん、どら焼きの生地が焼けたよ」

「この丸めてある餡子を二つの生地で挟んでいって」

「うん、わかった」


 ミルフィは餡子をこんがり狐色に焼けたどら焼きの生地で挟んでいく。


「あともう少しだよ。頑張ろう」

「うん」


 出来上がったお菓子が店頭に次々と並べられていく。

 

 今までは洋菓子だけだったお店に、和菓子が並んでいく様子を見るのは嬉しい。

 やっとここまでこれたんだなと思うと、少し目頭が熱くなってきた。

 

 俺は右手で目を擦り、前を向く。

 

 店の扉越しには人の影が見える。

 俺のお菓子を見て、お客さんはどんな反応をしてくれるのだろうか?


 考えても仕方がない。

 やれるだけのことをした。

 大丈夫だ。

 

 俺はミルフィに目配せをして、お互い頷き合う。

 

「さあ、開店だ!」

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