第17話 寮でお菓子作り

 オリエンテーションが終われば今日は解散だ。


「ふぅ〜」


 やっとモルブランの圧力から逃れられると思うと、自然とため息がこぼれた。

 前世でも味わったことのない理不尽な空気はいたたまれない気持ちになる。


 王立製菓学院は全寮制なので、授業が終われば寮へ戻ることになる。


 初日とういうことで特にやることがないのか、全生徒がごそごそと寮へ向かい始めた。

 俺もその中の一人だ。


 校舎から学院寮への連絡通路からは、貴族の屋敷のような建物が見えきた。

 これがこれから住む学院寮だ。


 まあ、学院に通う生徒の大半が貴族の子供なので当然と言えば当然だろう。


 外観がかなり豪華なので部屋の中もすごく豪華なのだろうと思いつつ、ゆっくり部屋の扉をあけた。

 やはり、内装も貴族仕様になっていた。


 ……うわぁ、すごすぎる。


 窓枠には分厚い生地で作られたカーテンが縛られていて、窓からは学院の校舎を眺めることができる。床は足音がかき消されるくらいの赤くて厚い絨毯が敷かれ、窓側にはお茶会用のテーブルセットが置かれている。美術品以外、無駄なものが全く置かれていない。


 前世でもここまで豪華な部屋を見たことがない。

 落ち着いて過ごせせていけるか不安になるよ。


 しかも、寮室はワンルームではない。

 リビング、寝室、キッチンがあり、浴室とトイレは別々になっている。

 平均年収400万円程度の人間が住めるような部屋ではないことは確かだ。


 キッチンは家庭用ではなく、業務用に近い作りになっている。

 自室でお菓子の研究ができるようにと、学院側の配慮が感じられる。


 食糧庫には十分な食材が保存されていて、自由に使っていいようだ。

 足りなくなれば補充してもらえて、至れり尽くせりだ。


「さて、どうしようかな」


 まだ学院生活初日で友達がいないから暇だな、と思いながら窓から外を眺めていると、何人かの生徒が仲良く会話しながら歩いているのが目に入った。

 

「はあ〜」


 貴族同士なら入学前から繋がりはあるのだろう。


 さらに俺は平民。

 いくら学院内では身分差を考慮しないとされていても、平民と友人になってくれる貴族の子供はいないだろうな。


 ……別にぼっちは慣れているけどね。


 前世でも俺は友人同士で遊ぶことは少なく、一人で行動することが多かった。

 こっちの世界でも友達はいない。一人でお菓子作りに夢中になっていた。

 妹のミルフィがすごく懐いてくれていたので、それだけで俺は満足だった。

 

「よし、お菓子を作ろう!」


 不安がよぎったときは、お菓子作りに集中する。

 楽しいことをして、不安や嫌なことは考えないようにするのだ。


 今日は、あまり時間がないのでクッキーを作ろう。

 

 食材を確認するため、俺は食糧庫へ向かう。

 

「薄力粉、バターに砂糖。卵……。よし、全部あるね」


 バターを氷室から出して、常温で置いておく。

 薄力粉をふるっているうちにバターが溶け出してきた。


 溶けかけのバターをよく混ぜ、その中に卵を入れていく。

 卵は3回ほど分けて混ぜていくのがコツだ。


 バターと卵が混ざったら、ふるった薄力粉を加える。

 ヘラを使い、切るように混ぜ合わせていく。


 そうそう、自家製のバニラエッセンスを混ぜるのを忘れないようにしないといけない。


 こちらの世界ではバニラエッセンスは売られていない。


 以前にバニラビーンズを手に入れたことがある。

 その後も定期的にバニラビーンズを入手して、独自にバニラエッセンスを作っていたのだ。

 

 混ぜ終わった生地を手でひとまとめにしていく。

 そして、ひとまとめにした生地をラップ代わりの布で包んだ。


 氷室で生地を寝かせたら、生地を伸ばして木製の型で型抜きをしていく。

 三角や丸、ハート型とシンプルな形だ。

 

 あとは170度のオーブンで焼くだけ。

 

 クッキーが焼き上がるのは15分ほど。

 この世界には時計がないので、自作でクッキー用の砂時計を用意した。

 ほかのお菓子用にも砂時計を作っている。


 美味しくお菓子を作るには時間管理も大切になのだ。


 砂時計の砂が落ち切れば焼き上がり。

 クッキーの完成だ!


 俺は鉄板の上からクッキーを一つ取り、口の中に入れる。


「う〜ん、うんまあ〜」


 焼き上がりの温かさと程よい硬さ、クッキーの香りをいっぺんに味わえて幸せである。

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