第36話 白紙
「アルフレッド君と言ったな」
「は、はい」
国王陛下が厳しい表情で俺を見たと思ったら、すっと表情が和らいだ。
「見事だ。このヨウカンとやら、シンプルだがとても上品な味わいだ。気に入った」
国王陛下が俺の作ったお菓子に満足していただけたことは光栄だ。
今回の羊羹は、こし餡と栗を入れたもの、紅茶の茶葉を練り込んだものの3種類。
特に、国王陛下は紅茶の茶葉入り羊羹が気に入ったようだ。
紅茶の香りを感じながら食べるのが一番良かったらしい。
「本当、とても美味しかったですわ。シャーロットが貴方のお菓子の話ばかりするものだから、とても楽しみにしていたのですよ」
「お、お母様、ここでそのような……」
「あら、そうでしたか? うふふ」
シャーロットの耳が赤い。
王妃様はそんなシャーロットを見て楽しんでいるようだ。
「あー、あと、あれだ。いつもシャーロットが世話になっている」
「いいえ、私こそお世話になっております」
国王陛下が俺にお礼だなんて畏れ多い。
「謙遜しなくてもよろしいですわ。最近、シャーロットがとても生き生きしていますのよ。わたくし、それが嬉しくて」
「まあ、そういうことだ。娘の幸せが私たちの幸せだからな」
国王陛下と王妃様はとても柔らかい表情を見せる。
娘愛が強い夫婦なんだな。
雲の上の存在と思っていたが、国王陛下と王妃様がこのような表情を見せるなんて思ってもいなかった。
「それに、シャーロットの婚約候補が其方に迷惑をかけていると聞いている。私からも彼に注意をしておこう」
「お、お気遣いありがとうございます」
国王陛下が俺に頭を下げるなんて、周りの貴族の目が怖い。
「其方も貴族の子だったらよかったのだがな」
「えっと、どういうことでしょうか?」
「いや、今のは忘れてくれ」
国王陛下は王妃様の目を見ながら言葉を濁らせた。
……え? 俺が貴族の子供だったら何?
「お父様、このような場で迂闊な発言はお控えください。アル、そろそろ厨房に戻った方がいいですわよ」
「え、あ、はい。それでは失礼します。ごゆっくりご歓談ください」
俺はシャーロットに促され、厨房に向かった。
「キサマぁぁぁあ!」
突然、モルブランが部屋には押し入ってきて、俺は胸ぐらを掴まれながら壁際まで追いやられた。
「ぐ、ぐるじぃぃ」
モルブランはさらに俺の襟を捻り、喉を圧迫する。
ものすごい力で、俺はモルブランの手を退けることができなかった。
「俺の婚約者に給仕をさせるとはどういうことだ! ここでお前の首をへし折ってやる!」
モルブランの目は真っ赤になり、瞳孔が開いている。
何を言っても納得しなさそうだ。
そもそも、俺は喉を絞められていて言葉を発せない。
別に無理やりシャーロットに給仕をさせている訳ではない。
シャーロット自身が望んでやっていることだ。
何故、ここまで逆上してくるのか理解ができない。
「いい加減にせんか!」
モルブランの肩に誰かの手がかかる。
限られた視野の中で、俺はなんとか目線を変える。
その手の先に見えたのは国王陛下の顔だった。
「誰だ? 今は取り込み中だ。余計な口出しをするな」
モルブランは国王陛下に気づいていないようだ。
とても不敬な言動に周りの人たちはワタワタしている。
「ほう、余の言葉は聞き入れぬということかね?」
国王陛下の額から血管が浮いている感じがする。
口調は丁寧だが、感情を表に出さないように我慢しているのが見てとれる。
「だから、今は……」
モルブランが振り向くと、国王陛下の顔を見てフリーズする。
それと同時にモルブランの手の力が緩み俺の服を手放す。
すると、俺はずずずっと壁をずりながら、その場に座り込んだ。
「こ、国王陛下……。何故、このような場所に……」
モルブランの顔が青ざめ、体がブルブルと震えている。
モルブランはようやく自分のしたことを理解できたようだ。
「シャーロットの学院生活を見にきたのだ。何か問題でもあるのかね?」
「い、いえ、そういうことは……」
「其方の言動は目に余るものがある。これ以上は見逃せん」
「も、申し訳ございません……」
「本日をもって、其方をシャーロットの婚約者候補から外す。自室に籠って反省せよ」
「そ、そんな……。私は……」
モルブランは全身の力が抜け、床に座り込んだ。
国王陛下たちは、いくらお忍びとは言え、護衛無しで行動することはない。
護衛騎士たちが、国王陛下を護衛する形で囲んでいる。
国王陛下が目配せすると、直ぐに騎士たちは反応して、モルブランを連行していった。
「アルフレッド君、すまなかったな。今日はこのような騒ぎになってしまったのでこれで失礼する。また別の機会で話をしよう」
「今度は王宮でお会いしましょう。新いお菓子を楽しみにしていますわ」
「はい。よろしくお願いいたします」
国王陛下と王妃様は俺に軽く笑顔を送り、護衛騎士を率いて部屋から出ていった。
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