和菓子職人の異世界転生
藤野玲
第1話 異世界転生
「あなた、アルフレッドが目を覚ましたわ」
俺が目を覚ますと知らない女性の声が聞こえてきた。
……あれ? 日本語じゃない? アルフレッドって誰?
女性が話している言葉は日本語ではないが、ちゃんと意味がわかった。
だから余計に混乱する。
天井が見える。どうやら、俺はベッドを倒され仰向けで寝かされているようだ。
しかし、昨日までいた病院の天井とは全く違う。
……寝ている間に転院させられたのか? それにしても薄汚い天井だなぁ。先が短いからって、こんなボロ病院に転院させるのはどうなんだろう?
俺は何とか起きあがろうと腕を動かそうとする。
……え? 俺、もうやばい?
俺は末期癌で病院に入院している。昨日までは何とか腕を動かすことができたはずなのに、指すらまともに動かすことができない。
しばらくすると、金髪の男性が近づいてきた。年齢は20代半ばといったところか。
「おお、アルフレッド、起きたか?」
……うん? またアルフレッド? だれのことだ?
金髪の男性がひょいと俺の体を軽々持ち上げた。
「うぎゃぁ!(やめろぉ!)」
……あれ、声が出ない。なぜだ?
「おー、よしよしよし、パパでちゅよー」
……パパってなんだ?
「うぎゃうぎゃうぎゃ!(汚い顔を近づけるな!)」
そして、男性は顔を俺の顔に近づけてスリスリしてくる。男性はしっかりと髭を剃っていないのか、ジョリジョリとして痛い。
「うぎゃぁぁ!(いたいぃぃ!)」
俺は苦痛をアピールして男性の顔を手で払いのけたかったが、腕が上がらない。なぜだ?
「あなた、アルフレッドが痛がってるわ」
「おお、悪かった悪かった。ごめんな、アルフレッド。おー、よしよしよし」
金髪の女性が声をかけてくれたので俺は何とか苦痛から逃れることができた。
……金髪の女性、ありがとう。
どうやら、金髪の男性と女性は夫婦のようだ。二人でじゃれあっている。
……いちゃつくなら他所でやってくれ。で、俺はどこに運ばれたんだ? それにしても、どうしてこの人たちは俺を赤ちゃん扱いするんだ?
俺がそう悩んでいると、とても甘そうな香りが漂ってきた。
「お、焼けたかな?」
金髪の男性はその香りに反応する。
「アルフレッド、いい子にしてるんだよ」
金髪の男性は俺をベッドに戻すと、急いで部屋を出ていった。
……この香りはクッキーかな?
部屋に漂っている匂いは甘くて香ばしい。初めて母親に焼いてもらったお菓子を思い出す。
俺がいい匂いを堪能していると、グゥゥっとお腹の音が鳴った。
……久しぶりの空腹感だな。
今更だけど、俺は点滴をしていないことに気が付いた。俺は空腹を感じることができないほど衰弱していたはず。食事も喉を通らなくなってからはずっと点滴をしていた、はずだ。
「あらあら、お腹が空いたのね?」
金髪の女性がベッドに近づいてきて片方の胸を晒した。
……はぁ⁉︎ 何だ⁉︎
俺は抵抗をすることもできず、体ごと持ち上げられ俺の顔は彼女の胸に押し付けられた。
最初は恥じらいを感じて抵抗しようと思ったが、空腹に耐えられず俺はむしゃぶりついた。ドクドクと母乳が流れ込んでくる。母乳なんておいしくないだろうと思っていたが、ほのかに甘くておいしくていくらでも飲めてしまった。
……ごちそうさま。
お腹が十分満たされた。満腹だ。
しかし、それほどの量を飲んだつもりはないことに俺は違和感を感じる。
……俺の体が縮んでいる?
部屋を見回しても鏡が見当たらない。この部屋にはガラス張りの窓もない。というか、視野が狭い。どうやって自分の姿を確認しようか悩むところだ。
……何とか状況を……くしな……。
もう起きていられるだけの体力がなく、俺の瞼がどんどん重たくなってきた。これほどまで体力が落ちてしまっているとは。
俺は襲ってくる眠気に逆らうことができずそのまま目を閉じた。
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