第2話 外は知らない異世界だった

 翌朝、目を開けると金髪の女性に抱かれていた。


 ……な!?


 一瞬、「俺を持ち上げるなんてどれだけ腕力があるんだ?」と不思議に思ったが、ふと、ガラス越しに小さな赤ちゃんの姿が見えた。


 ……え?


「うぎゃぁぁ!(何じゃこりゃ!)」

「アルフレッド、どうしたの?」


 俺が急に叫んだので金髪の女性が心配して俺の顔を覗き込む。

 何で俺が赤ん坊の姿になっているのか全く理解ができない。しかも目に映るものが全て見たこともないものばかりだ。


 ……それにしても、ここはどこ?


 確実に日本ではない。外国なのだろうか? 俺は一度も海外へ行ったことがないので、他の国がどういう街並みをしているのかもわからない。何となく洋風な感じはするが、いまいちピンとくるものがない。


 俺がいる場所はお店の中のようだ。棚には甘い匂いがするお菓子がいくつか並べられている。


 いろいろな果実をふんだんにのせたタルトケーキのようなもの、ぶどうのようなものを使ったパイやクッキー? ビスケットのようなものなどが置いてあった。


 一見すると洋菓子店のように見える。出入りする客足から、それなりに繁盛している店のようだ。


「エレーナ、どうした?」

「ううん、大丈夫。アルフレッドが外を見て何か驚いただけみたい」

「そうか」


 金髪の女性はエレーナというらしい。というか、今までの状況を鑑みるとエレーナは俺の母親ということになる。男性の方は父親ということになるのか。父親の名前はジョゼフというようだ。何人かの客が金髪の男性の名前を呼んでいたので間違いないだろう。


 どうやら俺は前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまったようだ。しかし、どうして前世の記憶を持って生まれ変わったのか理解できない。


 俺はいつ死んだのだろうか? なかなか死に際の記憶を思い出せない。

 俺は末期癌で入院していた。余命数ヶ月と診断され、俺は日に日に衰弱していった。前世での最後の記憶は妻が見舞いにきて、俺が疲れたと言ってそのまま目を閉じて……。


 ……そうか、そのまま寝てしまっただけかと思ったが、あのまま俺は死んだのかもしれないな。


 いろいろと俺の記憶を整理したら納得がいった。

 死んでしまったものは仕方がない。せっかく新しい命を貰ったのだ、楽しまなければもったいない。


 店の内装を見る限り、俺の家はそこそこ裕福な家庭のように思える。それほど不自由な暮らしはせずに済みそうだ。

 俺は意外にも冷静に今の状況を受け入れ、アルフレッドとして新しい人生を歩むことを決意した。


「アルフレッド、良い子にしてるのよ」


 母さんは俺をベビーベッドに寝かしつけ、どこかへ行ってしまった。

 俺は天井を向いたまま身動きができない。寝返りすらできなかった。


 ……暇だ。


 もっと異世界のことを知りたいのに、赤ちゃんの俺では何もできない。


 ……父さんか母さんにお散歩へ連れて行ってもらいたいよ……。


 流石に天井のシミの数を数えるのは飽きた。何度数えてもシミの数は85個だ。


 ……さて、どうしたものか。どうやって両親に出掛けたいアピールしようか……。そうだ、たくさん甘えよう!


 甘々おねだり作戦だ!


 まずは体を動かせられなければ話にならない。俺は懸命に寝返りを試みる。


「うみゃ、うみゃ!」


 他人が話す言葉の意味は理解できるのだが、発声ができていない。発する言葉は全て赤ちゃん言葉だ。


 体を拗らせてひっくり返ろうとするが、数センチも上がらない。重心を変えてコントロールしようとするが、重心が変わっているのかもわからなかった。


 ……はぁ、ダメだ。うん? そろそろあれが!


「うぎゃぁ、うぎゃぁ、うぎゃぁ」


 俺は恥を捨てて泣き叫んだ。漏れる!


「はーい、はいはい。アルフレッド、いまオムツを変えますからねぇ」


 母さんが慌てて戻ってきた。


 ……ふぅ、なんとか間に合った。あ!?


 安心したせいで我慢していたものが緩んでしまった。オムツがどんどん湿ってくる。


「はーい、綺麗にしましょうね」


 俺は母さんにオムツを脱がされ、布のようなもので綺麗に拭いてもらった。


 ……お母さま、すみません……。


「はい、これで大丈夫よ。じゃあね、大人しくしててね」


 母さんはまたどこかへ行こうとする。

 ここで行かせてはだめだ。何とか引き止めなくては。


 ……よし!


「うぎゃ、うぎゃ!」


 精一杯泣き真似をしてみた。


「あらあら、寂しいのかな? あら、嘘泣きかな?」


 ……何故バレる!?


「仕方がないわね。一緒に行きましょうか」


 母さんはそう言って、俺を抱き上げると赤ちゃんを抱っこする布を巻きつけて落ちないようにした。これは期待大だ。


「ジョゼフ、ちょっと散歩にいってくるわ。大丈夫かしら?」


 母さんは店の中まで言って父さんに話しかけた。


「ああ、行っておいで。こっちは落ち着いてきたから大丈夫だよ」

「うん、じゃあ、行ってくるわ」

「おお、気をつけてな」


 俺は母さんに抱っこされて異世界の街の散歩をすることになった。

 作戦大成功だ!

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