第13話 帰宅
「ただいま!」
俺は勢いよく玄関の扉をバタンと開けた。
「お兄ちゃんおかえりなさい」
妹のミルフィがパタパタと駆け寄ってくる。
「アル、どうだった?」
父さんも続いてやってきた。
「あ、うん。たぶん合格だと思うよ」
俺はそっけない態度をとったが、父さんは「大丈夫そうだな」と軽く頷いた。
「アル、おかえりなさい。夕食の準備は終わっているわ。早く着替えておいで」
母さんも少し遅れて顔をだした。母さんの顔を見ると何故かホッとする。
「うん、お腹すいちゃった」
母さんは一瞬口を大きく開けたと思ったら直ぐに柔らかい笑顔を見せた。
着替えが終わると、食卓を家族四人で囲む。夕食はシチュー。野菜たっぷり、大きなウィンナーを贅沢に使っている。俺のお祝いで父さんが奮発して買ってくれたそうだ。
「で、試験はどんな感じだったんだ?」
父さんは試験の結果より内容がしりたいらしい。
「筆記試験はがっかりする内容だったよ……」
問題用紙をひっくり返した時の俺の気持ちが蘇ってきた。
「がっかり?」
父さんは額に皺を寄せて首を傾げる。
「問題が簡単すぎてがっかりだよ。これまでの苦労を返してよって感じ」
「お兄ちゃん、すごく頑張ってたもんね」
ミルフィは生暖かい表情をして俺を援護してくれる。
「ありがとう、ミルフィ」
「じゃあ、筆記試験は満点なんじゃないか?」
「うん、ケアレスミスがなければね」
父さんは「何だ、自信満々じゃないか」と言いたげな表情を見せる。
「それで、実技試験では何を作ったの?」
母さんは俺が作ったお菓子の方が気になるみたいだ。
「苺のショートケーキだよ」
「え、何それ? 美味しそう、わたしも食べたい。お兄ちゃん、今度作って」
ミルフィは目をキラキラさせて体を乗り出してきた。
「ミル、はしたないわよ」
「ごめんなさい……」
ミルフィは母さんに怒られてシュンとする。
「ミル、今度作ってあげるよ」
「ホント? やったぁー、お兄ちゃん大好き!」
ミルフィのお兄ちゃん大好き攻撃は破壊力抜群だ。
◇◆◇
空にはまだうっすら星の光が見える。まだ朝とは言えない時間帯だ。
今日の王立製菓学院の合否が気になって仕方がなく、俺は朝を待てずに目覚めてしまった。
……眠れない。こんな気持ち、いつ以来だろう?
緊張で俺の胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚がする。それは辛い感覚なのだろうが、なぜか懐かしいような心地いいような感じがして辛くない。おかしな気分だ。
いろいろ考え込んでいたら日がすでに登っていたので、俺は慌てて眠い目をこすりながら着替えをする。
「アル、おはよう。早いわね」
着替えを終えて部屋から出ると、母さんが朝食の支度をしていた。まだ父さんもミルフィも起きてきていない。
もうやばい時間かもと思ったが、そうでもなかった。スマホがあれば時間なんてすぐわかるのに、その辺は本当に不便だ。
「母さん、おはよう」
「試験結果が気になって眠れなかったのかな?」
その通り。
世界が変わっても母親は変わらない。自分の内心なんてすぐに見透かされる。別に嫌じゃない。逆に心地いい。
「アルならきっと大丈夫よ。自信持って」
「うん。ありがとう」
母さんは俺が早く起きてくることがわかっていたのか、席に座るとすぐに朝食を用意してくれた。
俺はぼそっと「ありがとう」と言って器を両手に持ってスープを飲む。
俺が2回「ありがとう」と言ったのがおかしかったのか、母さんは「うふふ」と軽く笑った。
こんな何でもないやりとりで俺の緊張はかなり和らいだ気がする。もう一回母さんに「ありがとう」って言いたい気分だ。だけど、3回目はやめておこう。
「母さん、ごちそうさま」
「アル、もう行くの?」
「うん」
「そう、気をつけていってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
朝食を終えると、俺は王立製菓学院へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます