第44話 父の容体
父さんのいる病室に到着すると、両腕に包帯を巻いた父さんの姿が目に入った。
「父さん!」
「アルか。すまなかったな」
「何で父さんが謝るんだよ」
父さんは申し訳なさそうな顔をしているが、父さんが悪いわけじゃない。
「馬車を避けられなかった俺が悪い。しかも、しばらく店を閉めないといけなくなってしまったからな」
いやいや、俺たちの住む地域で馬車を使って駆け抜けること自体稀だ。
道もそれほど広くはなく、通行人と馬車が通る道を分けているわけではないので、馬車を避けるのは大変だ。
そんな道を駆け抜けようとした馬車が悪いと俺は思う。
「店のことは心配しなくて良いよ。俺が代わりにやるから」
「アル、何を言っている。学院があるじゃないか!」
父さんは険しい表情で起きあがろうとした。
しかし、思うように体が動かず悔しそうな表情を見せる。
「お父さん、無理しないで。お兄ちゃんもお父さんを驚かせないで」
「ごめんなミルフィ。でも、学院のことは何とかなると思うよ」
「そうなの?」
「そうなのか?」
父さんとミルフィは拍子抜けた顔をした。
王立製菓学院はもう少しすると夏季休暇に入る。
試験も無いし、一週間くらい休んでも学院の成績に影響はないと思う。多分。
「うん。大丈夫だと思うよ。1度、学院に戻って相談してくるから」
「本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫、何とかなるよ。だから、安心してゆっくり体を休ませて」
「ああ、すまんな」
起きあがろうとしていた父だが、ミルフィに介助されながら再び横になった。
「じゃあ、一度学院に戻って準備が整ったら家に帰るよ。ミルフィ、母さんにも伝えといて」
「うん、わかった」
◆
「アル、お父様は大丈夫でしたか?」
学院の教室に戻ると、一番にシャーロットが心配そうに駆け寄ってきた。
こうやって心配してくれる人がいると嬉しいな。
「はい、両腕の骨折だけで、命に別状はなかったです」
「そう、でもそれだと……」
「はい、しばらくお店を閉めないといけない状況で」
「しばらく学院をお休みするのですか?」
「できればそうしたいです」
シャーロットの表情は心配と不安、寂しさがこもっているようだ。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
「そういうことでしたら、学院に申請すれば大丈夫ですわ」
カリーナが近づいてきて、そっと申請用紙を差し出してくれた。
カリーナはいつも先を読んで行動しているかのようだ。
豪商のご令嬢だから、そういうスキルは必要なのかもしれないが。
「特に成績に影響する試験もございませんし、アルの実力なら講義を受けなくても問題ないでしょう」
「そう、それはよかったわ」
「カリーナ、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。ですが、夏季休暇以降はどういたしますか?」
「それ以降のことはまだ考えてなかったです」
「そうですか……」
カリーナは何かを計算しているのか、わずかに口を動かしながら考え込む。
一体、何を計算しているのだろうか?
数十秒後、カリーナはぱっと顔を上げて「問題ない」というような表情を見せた。
「夏季休暇以降の件は、わたくしにおまかせください。準備が整いましたら、アルのお宅へ参りますね」
「え、あ、はい。って、大丈夫ですか? 商会の仕事とかあるんじゃないですか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
カリーナは自信満々な表情を見せる。
その表情に嫌味はなく、自然な感じに見えるのが不思議だ。
「カリーナばかりずるいです。わたくしもアルのお宅へ行きますわ」
「シャーロ!?」
流石に王女様が平民エリアへ来られないと思うのだけれど、お許しが得られるのだろうか?
それよりも、王女様を受け入れられる部屋なんてないよ。
どうしたものか……。
「シャーロット様、根回しはしっかりとお願いいたしますね」
「ええ、そのくらい余裕ですわ」
……え!? 平民のしかも男子学生の家に行くのが余裕なの?
シャーロットとカリーナのやる気に満ちたような表情が怖い。
何も起きなければいいのだけれど……。
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