第44話 父の容体

 父さんのいる病室に到着すると、両腕に包帯を巻いた父さんの姿が目に入った。


「父さん!」

「アルか。すまなかったな」

「何で父さんが謝るんだよ」


 父さんは申し訳なさそうな顔をしているが、父さんが悪いわけじゃない。


「馬車を避けられなかった俺が悪い。しかも、しばらく店を閉めないといけなくなってしまったからな」


 いやいや、俺たちの住む地域で馬車を使って駆け抜けること自体稀だ。

 道もそれほど広くはなく、通行人と馬車が通る道を分けているわけではないので、馬車を避けるのは大変だ。

 そんな道を駆け抜けようとした馬車が悪いと俺は思う。


「店のことは心配しなくて良いよ。俺が代わりにやるから」

「アル、何を言っている。学院があるじゃないか!」

 

 父さんは険しい表情で起きあがろうとした。

 しかし、思うように体が動かず悔しそうな表情を見せる。


「お父さん、無理しないで。お兄ちゃんもお父さんを驚かせないで」

「ごめんなミルフィ。でも、学院のことは何とかなると思うよ」

「そうなの?」

「そうなのか?」


 父さんとミルフィは拍子抜けた顔をした。


 王立製菓学院はもう少しすると夏季休暇に入る。

 試験も無いし、一週間くらい休んでも学院の成績に影響はないと思う。多分。


「うん。大丈夫だと思うよ。1度、学院に戻って相談してくるから」

「本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫、何とかなるよ。だから、安心してゆっくり体を休ませて」

「ああ、すまんな」


 起きあがろうとしていた父だが、ミルフィに介助されながら再び横になった。


「じゃあ、一度学院に戻って準備が整ったら家に帰るよ。ミルフィ、母さんにも伝えといて」

「うん、わかった」


 

「アル、お父様は大丈夫でしたか?」


 学院の教室に戻ると、一番にシャーロットが心配そうに駆け寄ってきた。

 こうやって心配してくれる人がいると嬉しいな。


「はい、両腕の骨折だけで、命に別状はなかったです」

「そう、でもそれだと……」

「はい、しばらくお店を閉めないといけない状況で」

「しばらく学院をお休みするのですか?」

「できればそうしたいです」


 シャーロットの表情は心配と不安、寂しさがこもっているようだ。

 なんだか申し訳ない気持ちになる。

 

「そういうことでしたら、学院に申請すれば大丈夫ですわ」


 カリーナが近づいてきて、そっと申請用紙を差し出してくれた。

 カリーナはいつも先を読んで行動しているかのようだ。

 豪商のご令嬢だから、そういうスキルは必要なのかもしれないが。

 

「特に成績に影響する試験もございませんし、アルの実力なら講義を受けなくても問題ないでしょう」

「そう、それはよかったわ」

「カリーナ、教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。ですが、夏季休暇以降はどういたしますか?」

「それ以降のことはまだ考えてなかったです」

「そうですか……」


 カリーナは何かを計算しているのか、わずかに口を動かしながら考え込む。

 

 一体、何を計算しているのだろうか?

 

 数十秒後、カリーナはぱっと顔を上げて「問題ない」というような表情を見せた。


「夏季休暇以降の件は、わたくしにおまかせください。準備が整いましたら、アルのお宅へ参りますね」

「え、あ、はい。って、大丈夫ですか? 商会の仕事とかあるんじゃないですか?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 カリーナは自信満々な表情を見せる。

 その表情に嫌味はなく、自然な感じに見えるのが不思議だ。


「カリーナばかりずるいです。わたくしもアルのお宅へ行きますわ」

「シャーロ!?」


 流石に王女様が平民エリアへ来られないと思うのだけれど、お許しが得られるのだろうか?

 それよりも、王女様を受け入れられる部屋なんてないよ。


 どうしたものか……。


「シャーロット様、根回しはしっかりとお願いいたしますね」

「ええ、そのくらい余裕ですわ」


 ……え!? 平民のしかも男子学生の家に行くのが余裕なの?


 シャーロットとカリーナのやる気に満ちたような表情が怖い。

 何も起きなければいいのだけれど……。

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