第43話 急な来客

 休みが明け、教室に来ると一気に生徒の視線が俺に向けられた。

 

 モルブランの失脚が知れ渡り、いろいろな噂話が飛び交っていた。

 

 モルブランはしばらく休学という扱いになっているが、モルブランの取り巻きたちはお咎めなしで学院に通っている。

 なので、彼らは常に強い視線を俺に送ってくる。


 ……相当恨まれているんだろうな。


「アル、おはようございます」

「おはようございます。シャーロ」


 シャーロットは、親しい友人にするようなものではなく、付き合い始めた恋人にするような笑顔で俺を迎えてくれた。

 それはそれで嬉しいのだが……。


「アル、どうかして?」

「えーと、もう少し表情を取り繕わないと……」

「え、あ、そうですわね。失念していましたわ」


 シャーロットは両手を頬に当てて、表情をほぐしはじめた。


「あら、休日の間に何かございました? お二人の仲が進展いたしましたか?」


 カリーナが登校してきて、俺たちに話しかけてきた。

 俺とシャーロットのちょっとしたやりとりでも、カリーナにはわかってしまいそうで怖い。

 というか、もうわかってますという表情をしているような。


「おはようございます。シャーロット様、アル」

「お、おはよう。カリーナ」

「おはようございます。カリーナ」

「そんなに警戒しなくてもよろしくてよ。私はあなた方の味方でございますから。当商会に様々な繋がりがございます。ご事情はある程度把握していますわ」


 カリーナはビスコート商会のご令嬢、ビスコート商会は王国一の商会だ。

 この商会に睨まれたら一生商売ができなくなるくらい王国内で影響力が大きい。

 複数の貴族との繋がりもあるので、王宮内のできごとは直ぐに伝わるようだ。


「では、わたくしたちの婚約のことも?」

「シャーロ!? それは」

「あ!」


 シャーロットが慌てて口を塞ぐが、もう遅い。

 カリーナは、俺たちの婚約のことを知って、生暖かい笑顔を見せた。


「それはおめでとうございます。いずれそうなると思っていましたが……」

「カリーナ、このことは内密にしてくれないか?」

「ええ、わかっておりますとも」


 本当にわかっているのだろうか、変な要求などしてこないよね?

 シャーロットとカリーナの仲は結構良いので、問題ないと思うが……心配だ。


「アル、そんなに難しい顔をしないでください。お二人を応援していますから。わたくし個人といたしましても、当商会といたしましても」

「あ、ありがとう」

 

「シャーロット様、よかったですわね」

「カリーナ……。うん、ありがとう」


 カリーナがシャーロットを気遣うような表情を見せると、シャーロットは安堵の表情を見せた。

 シャーロットの願いが叶って、カリーナが共に喜んでいるようだ。

 

 

「アルフレッド君、君にお客様がきている。応接室に案内しているので、直ぐに行ってくれ」


 ほのぼのとした時間が続くかなと思った矢先、それを打ち壊すかのように教師から呼び出しが入った。


「はい、わかりました」


 俺は直ぐに反応し、その場に立ち上がった。


 突然の呼び出しで、騒がしかった教室内が急に静かになった。

 でも、それは一瞬のことで、直ぐに生徒たちは俺の憶測話を始めた。


 俺に来客? 誰だろう、心当たりがない。

 

「シャーロ、カリーナ、ちょっと行ってくるね」


 俺はシャーロットとカリーナに目配せをして、応接室に向かった。

 シャーロットとカリーナも、心配なのか俺の後を追ってきた。



 応接室に到着すると、俺はノックをして扉を開けた。


「お兄ちゃん!」

「ミルフィ! どうしてここに?」


 俺の来客は妹のミルフィだった。

 ミルフィの表情を見ると良い知らせではなく、悪い知らせのようだ。


「妹さんですか?」


 見かねたのか、シャーロットが心配そうに声をかけてきた。

 

「あ、はい。妹のミルフィです。こちらがシャーロット王女で、こちらがビスコート商会のカリーナさんだよ」

「いつも兄がお世話になっております。って、王女様!?」

 

 ミルフィは両手を口に当てて驚いた表情を見せた。

 いきなり目の前に王女様が現れたら驚くだろう。


「わたくしはシャーロット・リアン・セイクリッドと申します。アルフレッドさんのクラスメイトでもありますのよ」

「わたくしはカリーナ・ビスコート。同じくアルフレッドさんのクラスメイトですわ。よろしくね」

「はい。よろしくお願いいたします」


 ミルフィは畏まって二人に挨拶をしていたが、緊急事態を思い出したのかハッと深刻な表情に戻る。


「お兄ちゃん、大変なの。お父さんが馬車に撥ねられて大怪我をしたの」

「え、父さんが!?」

「うん、病院に運ばれて治療を受けているところなの」

「そうか、わかった。今から病院に行くよ」

「うん」

 

 俺が返事をすると、ミルフィは俺の胸に飛び込んできて泣き始めた。

 泣きたいのを我慢して、必死に俺のところへ来たんだな。

 そんなミルフィを労うように、ミルフィの頭をそっと撫でた。


「アル……」


 シャーロットは心配そうに俺を見つめる。


「とりあえず、病院に行ってきます。その後のことは父さんの容体を確認してから考えるよ」

「ええ、わかったわ。困ったことがあったら何でも言ってくださいね」

「ありがとう、シャーロ」

「わたくしも、何でもお手伝いいたしますわ」

「ありがとう、カリーナ」


 シャーロットとカリーナは何とか俺を励まそうとしてくれている。

 俺の父親が大怪我をしたことを気にかけてくれているようだ。

 それだけで有り難い。


「では、行ってきます」


 俺とミルフィは、シャーロットたちに見送られながら、父さんが運ばれた病院へ向かった。

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