第6話 お菓子を作ろう!
「ただいま!」
「アル、おかえり。早かったな。どれどれ……」
家に着くと、俺が父さんのところに近寄って果物が入った布袋を差し出すと、父さんは布袋を受け取り、その中を覗き込んだ。
「うん、問題ないな。アル、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
父さんは俺の頭をグシグシと荒っぽく撫でて褒めてくれた。父さんはお菓子作りに関しては繊細なのに、こういうところは大雑把なのだ。
でも、褒められることは嬉しい。
「よし、お使いに行ってくれたから、アルにお駄賃をやろう」
父さんは銅貨三枚を差し出した。
「ありがとう、父さん」
俺は素直に父さんからお駄賃を受け取った。お手伝いを続ければ、自分でお菓子の材料が買えるようになる。今の俺にはまだお菓子を作らせてもらえないけど、自分で集めた材料でお菓子を作るのは問題ないよね。
◇
父さんの手伝いを始めて三ヶ月が経った頃、俺は貯めたお金を持って市場に出かけた。
洋菓子でも和菓子でも何でもいいのでお菓子を作りたい。お菓子を作りたいという欲求もあるが、今は美味しいお菓子が食べられればそれでいい。今の俺は、本当にお菓子に飢えている。
「お、アルじゃいか。お使いかい?」
「う、うん。そんなとこ」
俺は毎日のように市場に顔を出しているので、この辺の店主たちには顔と名前が覚えられている。この小さな体は特段目立つ。四歳の子供が一人でお使いに来るのはめずらしいようだ。
……え? これってバニラビーンズ?
商品の棚を見渡していると黒っぽいラン科の茎みたいなものを発見した。
バニラビーンズは、さやに入った状態のバニラだが、しっかりと発酵と乾燥の処理が施されている。この世界にバニラビーンズがあるとは驚きだ。
「おや? 気になるかい?」
「うん、これ、バニラビーンズだよね?」
「おお、小さいのによく知ってるな。そうだよ、バニラビーンズだ。たまたま外国から入ってきたんだ。でも、何に使うんだい?」
「お菓子の材料に使うの」
「へぇ、これがお菓子にねぇ」
店主はバニラビーンズが何に使われるものかまでは理解していないようだ。
「おじさん、これください」
「ちょっと高いが、銅貨十枚でどうだ?」
「うん。大丈夫だよ」
俺はお財布がわりの皮布から銅貨を取り出し、店主のおじさんに手渡した。
……銅貨十枚でバニラビーンズ一房か……。
安くはないけど、今のところはこれで十分だ。バニラビーンズがあれば、とりあえずクッキーが作れるはずだ。
その後、俺は砂糖とバター、卵に薄力粉を購入しして自宅に帰ることにした。
生まれ変わってから一度もお菓子を作っていないので、俺の腕はかなり鈍っている。いきなり高度なお菓子を作ろうとしたら失敗するだろう。しかも、そのための道具が揃っていないので、揃えるまでにお金と時間が必要だ。
……まずは、あまり道具が必要にならないお手軽なお菓子から作ることにしよう。
父さんは店を閉めると、用事があると言って出かけていってしまった。
丁度いいと思い、俺は隠していたお菓子の食材を厨房に持ってきた。
「よし、今日はクッキーを作ろう!」
久しぶりのお菓子作りで俺の胸が踊り出す。
タカッタータ、タンタンタン♪
下手くそな鼻歌を歌いながら俺は材料を混ぜていく。
混ぜ合わせたものを氷室で寝かした後、生地を伸ばして丸い型で抜いていく。
もっといろんな型が欲しかったが、俺の家には丸い型しかなかった。
……この世界だと、木で作るのかな?
やっぱり、星形やハート形などの型が欲しい。今度はお駄賃を貯めて、いろいろな道具を作ってもらおう。
鉄板の上に型で抜いたものを置いていく。前もって火を入れていたオーブンにクッキー生地が乗った鉄板を入れた。
「よし、これで焼き上がるのを待つだけだね」
クッキー生地にだんだん火が入ってくると、懐かしい香ばしい匂いが漂ってきた。
……うーん、いい匂い。早く焼き上がらないかな。
「アル、何をしているの?」
しまった、母さんの存在を失念していた。流石に、これほどの香りが母さんの部屋に届かないはずがない。
「母さん、ごめんなさい。僕、どうしてもお菓子が作りたくて……」
俺は平謝りするしかない。
「もう。勝手に厨房を使ったらダメでしょ。それに、材料はどうしたの?」
「僕のお駄賃で買ったんだよ」
「そうなの?」
「うん」
母さんは眉毛を八の字にしながらも、軽く息を吐き、俺の頭を撫でてくれた。
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