第45話 帰宅

 朝早く起きて、荷物をまとめて寮の外に出ると、シュルツが馬車と共に待っていた。


 シュルツの服装はいつもの護衛服ではなく、一般兵が着るようなオーソドックスな服装だった。

 馬車も、王宮に行った時のような豪華な馬車ではなく、一般の貴族が乗るような馬車だった。


「シュルツさん、これはどういうことでしょうか?」

「これから君を実家へお送りするためですよ」

「馬車で送ってくれるんですか?」

「ええ、姫様の婚約者ですから徒歩で帰らせるわけにはいきません。これでも配慮して馬車は一番グレードが低いものにしていますから」

 

 一番グレードが低いとはいえ、平民の富裕層のエリアでもなかなか見ることがないくらい綺麗な馬車だ。

 俺の実家のあるエリアに行けば悪目立ちしてしまう。


 とはいえ、俺の立場を理解しているから断るわけにもいかない。

 俺は荷物をシュルツに任せ、渋々馬車に乗車した。



 実家に到着すると、母さんが目を見開いた状態で俺を出迎えてくれた。

 家の前に馬車を横付けしているのが珍しいのか、通行人からも注目されている。


 ……はずかしいよ。


「アル、どうしたの? 馬車で帰ってくるなんて聞いてないわ」

「えっと、まあ、いろいろあってね。詳しくはまだ話せないんだ。時期が来たら俺から話すよ」

「そう……」


 母さんは不安そうな顔をしている。

 その不安は間違っていない。

 これから想像できないことが起きるのだから。


「アルフレッド君、荷物はどこへ運べばいいかい?」

「シュルツさん、自分で運びますよ」


 流石に、シュルツに荷物運びをさせるわけにいかない。

 俺はシュルツのところに駆け寄り、俺の荷物を受け取った。


 母さんも同じ思いで、一緒に荷物運びを手伝ってくれた。


「どうも、うちの息子がお世話になっております」

「いえいえ、これが私のお役目ですから」

「お役目?」


 お役目、シャーロットの婚約者を護衛するというお役目だが、今はそんなことを言えわけがない。

 シュルツは俺を見て、「すまん、口が滑った」と目配せをした。


「ああ、俺が学院の主席だからいろいろと配慮してくれているんです」

「そうなんです。彼はとても優秀ですからね。他の生徒からの妬みもあるから守ってやれと言われているんですよ。あはは」

「そうなんですね。シュルツさん、いつもありがとうございます」

「いえいえ、これもお仕事ですから」


 シュルツは頭をかきながら、苦笑いを見せる。

 母さんは特に何かを疑っている表情ではなさそうなので、俺もホッと息を吐いた。


 シュルツを見送ると、俺と母さんは家の中で話し合うことになった。

 今は店を閉めているので、裏の入り口から家の中に入る。


 今まで店を閉めていることなんてなかったから、何か寂しい気持ちになる。

 

「アル、ごねんなさいね。学院を休ませてしまって」

「大丈夫だよ。もう試験は終わってるし、もう直ぐ夏季休暇に入るから」

「そう? でも、その後はどうするの?」

「えーと、友達が応援にきてくれることになっているんだ。休み明けのことはその時に話し合う予定だよ」

「お友達? 男の子?」

 

 母さんは俺の顔をじーっと見つめる。


 俺の顔に何か書いてあるかな?


「その表情だと、女の子なのね」

「う、うん」


 ……なぜわかった!?


 母さんは深刻な表情から、恋愛話を聞きたがる女性の表情に変わる。

 どういうお嬢さんで、どういう家柄なのと根掘り葉掘り聞かれそうだ。


「それじゃあ、お部屋を用意しないといけないかしら?」

「そうだね。お店を手伝ってくれるかもしれないから、あるといいかも」

「その子は家に泊まったりするのかしら?」

「いや、それは難しいんじゃないかな?」

「どうして?」


 どうしようか、ビスコート商会のご令嬢が来るなんて言ったら驚かれるよね。

 カリーナが来てから驚かれるより、今説明して驚かれる方がいいかもしれない。

 心の準備をする時間も必要だよね。


「えーと、驚かないでね。実は、ビスコート商会のお嬢様なんだ。だから、こんな家に泊まらせるのは……」

「ビスコート商会ってあの王国一の商会? そのお嬢様が家に来るの? え!?」


 母さんは驚きのあまり口を開けたまま固まってしまった。

 

 俺たち中流階級の人間にとってカリーナは無縁の存在で、雲の上の存在だ。

 そんな人が家に来ることなんて想像できないだろう。


 もしかしたら、シャーロットも家に来るかもしれない。

 いや、あの雰囲気だったら絶対に来るだろう。

 

 ……母さん、ごめん。

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