第46話 営業再開

 翌日から営業再開だ。

 

 まだ太陽が昇っていない薄暗い時間帯から、俺は仕込みを始める。

 お店に出すお菓子は、いつも父さんが作っているものを出す感じだ。

 一応、もち米や小豆など和菓子を作る食材を持ってきているが、様子見ということにしておく。


 お菓子が出来上がり、店頭に並べ開店準備が整うと俺は店のカーテンを開ける。

 入り口には顔馴染みの常連さんが待っていてくれた。


「おはようございます」

「おはよう。あら、今日は坊ちゃんがお店を開くのかね?」

「今日も休みかなと思いながら来たら、良い匂いがするじゃないか」

「ジョゼフさんは大丈夫かね?」


 顔馴染みの常連さんが来るなり、温かい声をかけてくれる。

 それでけで俺の目頭が熱くなった。


 

 常連さんの買い物が済むと、すっとお客さんが引いて誰も店に来なくなった。

 いつもは断続的に客が店に足を運んでくれているのだが、こんな状態は初めてだ。


「お客さん、こないね」

「そうね。天気は良いし、人通りも普段と変わらないし、何ででしょうね」


 カウンター越しに外を眺めていると、向かいの店に行列ができはじめているのが目に入ってきた。


 向かいに店なんか無かったはずなのに何故だろう?

 

 そう思い、店を出て行列ができている店を確認するために俺は外へ出た。


 すると、向かいにはこのエリアでは浮くくらい豪華な店が建っていた。

 

 ……あれ、どうして気づかなかったんだ?


 こんな豪華な店構えだったら、昨日気づいていたはずだ。

 たった1日で店が建つのだろうか?


「アル、昨日までは目隠しがされていたのよ。何ができるか気になっていたのだけれど」

「あ〜、そうだったかも……」


 母さんの言葉を聞いて、記憶を探ってみる。

 しかし、周りの様子の記憶がない。

 母さんとシュルツとのやり取りだけで頭がいっぱいだったみたいだ。

 

 建物の建て替えなどで目隠しするのは普通のことなので、スルーしてしまってもおかしくない。

 まさか、こんな豪華な店が隠れているなんて思いもしないよ。


 俺は行列の隙間からその店を覗くと、衝撃的なものを目にしてしまった。


 豪華な店は洋菓子店のようで、価格は破格。

 メニューは富裕層が普段食べているものばかり店頭に並べられていた。

 本当なら中流階級の平民が手を出すのは難しい値段設定のものばかりだ。

 

 高級菓子が安いからなのか、珍しいものだからなのか、客たちはお菓子を買いあさっていた。


「薄汚いガキが来ていると思ったら、向いのドラ息子か。せっかく店主を追いやったのに営業再開なんぞさせおって。まあ、私の店には敵うまい。指を咥えて見ておれ。ひゃっひゃっひゃっひゃ」


 感じの悪い、100キロ以上ある横にデカい体格をした4、50代のおじさんが近付いてきた。

 しかも態度がかなり横柄だ。


 顔は……ガマガエル?


 服装も貴族並みに豪華で、この人が店主のようだ。


 こいつが父さんを追いやった?

 事故ではないのか?


 彼の雰囲気から、何となく陰謀めいたものを感じる。

 商売の仕方もおかしい。

 完全に大赤字、大赤字っていうレベルを超えている。

 採算度外視のセールは利益が目的ではないように思える。


 ……何が目的なんだろう?



 翌日も、豪華な店に行列ができていた。

 俺の店には常連さん以外、誰もきてくれない。

 俺はカウンター越しに頬杖をついて外を眺めることしかできなかった。


「アル坊、もってきてやったぞ。儂はあの店のお菓子は好かん。なぜ、あんなに並んでまで欲しがるのかわからん」


 常連のおじいさんが、豪華な店のお菓子を持ってきてくれた。

 そのお菓子はショートケーキだった。

 しかし、ケーキの色が少しおかしい。

 傷んできている?


 夏の昼間だ、保冷剤がなければ直ぐに傷んでしまう。

 そんなお菓子をあの店は売っているのか?

 

 あまり食べたくはないが、俺はフォークを持ってきて、ショートケーキを一口食べてみた。


「甘すぎ!」


 生クリームと砂糖のバランスが悪い。

 砂糖を入れすぎている。

 生クリームもべちょべちょで気持ちが悪い。

 ショートケーキに使っている果物はオレンジのようなものを使っている。

 生クリームとマッチするような調整はまったくされていない。


「こんなのが高級菓子なの?」

「アル坊もそう思うじゃろ? 家の若いのが買ってきたんじゃが、不味くて不味くて」


 常連のお爺さんは渋い顔を見せる。

 うちの店の味を知ってしまうと、この味はきついだろうな。


「アル坊、何とかならんもんかのう?」

「大丈夫、俺が新しいメニューで対抗してみるよ」

「おお、楽しみにしておるぞ」

「はい。明日には店頭に並ぶと思いますので、よろしくお願いします」


 常連のおじいさんは嬉しそうに店を出ていった。

 俺のお菓子に期待してくれている人がいるのは嬉しい。


 俺は利益よりもみんなの笑顔を見たい。

 創意工夫して、美味しいお菓子を提供するのが俺の仕事だ。

  

 出し惜しみなんてしてられない、和菓子で対抗だ!

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