第4話 異世界のお菓子は美味しくない

 ……あ、寝過ぎたか?


 安心しすぎてかなり深く眠っていたようだ。部屋の温度が上がってきているのでお昼くらいだろうか。


 俺はゆっくりと起き上がり、ベビーベッドの柵をなんとかよじ登った。


 ……あれ? 結構高くない?


 ベビーベッドの柵から床までの高さは、自分の身長の三倍以上もある。


 落ちないように何とか体を反転させ、足から降りようとする。

 柵は乗り越えられたが、その先が難関だ。柵を握りながらしゃがみこむと、足をぶら下がらせた。ぶらんぶらんと、サーカスの空中ブランコのように体がしなった。


 しかし、床には届かない。


 どうしようかと考えようとしたが、乳幼児には自分の体を支える力なんてまだない。俺は力尽きて柵から手を離すと、お尻から床に落ちてしまった。


 ど〜んと音が鳴らなかったが、そんな感じで若干弾んだような気がした。

 俺の大きな柔らかいお尻がクッションのような役割を果たしたようだ。


 ……俺のお尻、グッジョブ!


 気を取り直して、俺は立ち上がって部屋の散策を行う。


 因みに、両親にはまだ披露していないが、俺はもう歩けるのだ。ぺたぺたと可愛い足音を立てながら寝室の扉まで向かった。


 隣の部屋にはテーブルと椅子が二脚置かれていた。その上に何かがある。


 体全体を使って椅子をベストポジションまで押すと、俺は椅子によじ登った。テーブルの上に顔を出すと、テーブルの上にはビスケットのようなものが入ったお皿が目に入った。


 ……おお〜、お菓子だ!


 行儀が悪いが、俺はお皿のところまでテーブルの上を這っていき、丸い形のお菓子を手に取った。


 見た感じ、丸いお菓子は結構硬そうだ。

 俺は全身の力を込めてそのお菓子を割って、割れた小さい方を口に含んだ。


 ……かた! あま! まず!


 砂糖と小麦粉を混ぜて硬く焼いただけのようだ。砂糖を多く使うのがトレンドなのだろうか、飲み物がたくさん必要になるくらい甘い。甘すぎる。この国の人たちが糖尿病にならないか心配するくらいだ。


 ……それでも大人たちは美味しそうに食べていたよな。こっちの世界の人の味覚ってどうなってるんだ?


「え⁉︎ アル、どうしてここにいるの?」


 母さんが慌てて駆け寄ってきて、俺を抱き上げる。


「アル、これを食べちゃったの?」


 何故わかる?

 と思ったが、口や服にお菓子の食べかすがたくさんついていたので、俺は観念した。


 こういう時は赤ちゃん特権を行使しよう。こんな時のために、俺はしゃべれることを隠していたんだ。今がその時だ!


「マ〜マ!」

「あ、え? アルがしゃべった?」

「マ〜マ、お菓子、ほしい」


 流暢に話すと驚くと思って片言っぽくしゃべってみた。


「ジョゼフ! すごいわ、アルがしゃべったの!」


 効果的面! 母さんは飛び跳ねるように俺に近づいて抱き上げ、そのままの勢いで父さんのところへかけていった。


「え? アルがしゃべったって?」


 父さんがソワソワしている。早く声が聞きたいという顔をしている。

 それでは、ご期待にお応えしよう。


「パ〜パ」

「おー、パパって呼んでくれた。俺の息子は天才だな!」


 父さんは母さんから俺を受け取り、高い高いをした。


 ……なんだろう、この罪悪感……。


 今回の小さな冒険でこの世界のお菓子はまだ未発達なことがわかった。


 お菓子開発の余地は大いにある。前世の世界の人々と比べて、この世界の人の味覚はかなりズレがあるようだ。


 前世の世界のお菓子がこの世界で受け入れられるかどうかは作ってみないとわからないだろう。今の赤ちゃんの姿ではどうしようもないので、大きくなるまでは我慢だな。



 因みに、俺の前世の職業は和菓子職人だった。洋菓子も作れる和菓子職人だ。

 和菓子と洋菓子では違うのではないかと思うかもしれない。

 でも、俺は製菓衛生師などの資格を取るために製菓専門学校へ通っていたので、基本的な洋菓子を作ることができる。


 俺は和菓子が大好きだが、洋菓子も大好きだ。それぞれの良さというものも熟知している。というか、どちらも食べる。有名な都内の洋菓子店に行き、行列に並んで洋菓子を食べたこともあるほどだ。


 ……和菓子、食べたいなぁ。


 前世は生まれた時から家が和菓子屋だった。和菓子で生まれて和菓子で死んだと言っても過言ではない。和菓子が恋しい。


 ……おはぎに大福……、食べたいなぁ。


 未来に作るお菓子を想像しながら、俺はベビーベッドの上で眠りについた。

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