第5話 和菓子の食材が欲しい

 俺が四歳なるころ、母さんが妊娠をした。


 お腹が小さい頃は母さんもお店を手伝っていたけれど、お腹が大きくなってくると手伝いをやめて部屋で休むことが多くなった。


 なので、今は父さんがほとんど一人でお店を回している。そこそこ売り上げのあるお店なのでいつも忙しい。いつもは母さんと二人だったので何とかこなせたが、父さん一人では荷が重すぎる。


「父さん、僕にもお菓子を作らせてよ。お手伝いでもいいからさ」

「悪いな、アル。これは仕事なんだ。エレーナのところへいって大人しくしてなさい」


 一人になってしまった父さんの手伝いをしたいと思っていても、四歳の体では信用してもらえない。遊びの延長のおねだりにしか聞こえないようだ。


「はーい、わかったよ」


 父さんの言うことを聞いて、俺は仕方なく母さんのいる部屋へ向かった。


「母さん、大丈夫? 何かほしいものある?」


 部屋に入ると母さんは大きな椅子にゆったりとすわりながらお腹をさすっていた。


「大丈夫よ、アル。心配してくれてありがとう」


 母さんは俺を見て軽く微笑んだ。


「ねぇ、母さんのお腹、さわっていい?」

「ええ、いいわよ」


 俺はおそるおそる母さんのお腹に触れた。

 母さんのお腹は温かい。手のひらからドクンと母さんの心臓とは違う振動が伝わってきた。


「動いた?」

「そうね。お兄ちゃんが来てくれたから喜んでいるのかしら?」

「弟かな? 妹かな?」

「アルはどっちだと思う?」

「うーん、妹かなぁ?」

「そうね。アルの時ほど暴れていないから、妹かもね」


 母さんが口を押さえながらくすくすと笑った。


 ……何か変なことを言ったのかな?


 ガチャーン!


 厨房の方から何か大きな物音が聞こえてきた。


「何かあったのかしら?」

「母さん、僕ちょっと行ってくるね」

「ええ、お願いね」


 俺は母さんに手を振って厨房へ向かった。


 厨房に着くと、ボールや鍋などの調理道具が飛散していた。何をしたらこうなるのだろうか?


「父さん、大丈夫?」

「ああ、すまない。大丈夫だ。ちょっと棚の上の鍋を取ろうとしたんだが、おっことしてしまった」


 父さんはポリポリと頭を掻いてバツの悪そうな表情をした。


「やっぱり、父さんの手伝いをしたいよ」


 俺は飛散した調理道具を片付けながら父さんに声をかけた。


 ……こんな状態の父さんを放っておくことなんてできないよ。


 いつもはしっかりしているはずなのに、こんなに余裕がない父さんを見るのは初めてだ。


「うーん、でもなぁ……」


 父さんは考え込む。


「お使いをするのもダメ?」

「お使い? うーん、アルは市場に行ったことがないだろ?」

「あるよ。母さんと一緒によく行ってたじゃん」

「うーん、そうだな……。ちょっと心配だが、お使いにいってもらおうかな」

「うん、任せて」


 俺は右手をグーにして自分の胸を数回叩いた。


「わかった、気をつけるんだぞ!」

「うん!」


 父さんは買い出しリストを書き出したメモを受け取ると、俺は家を飛び出して市場へ直行した。


 市場は数年前とさほど変わらず、賑わっている。果物屋のおばちゃんも少し皺が増えたかなと思うくらいで、見慣れた顔を見れて俺はホッとした。


「あら、アルフレッドくんじゃない。一人でお使い?」

「うん、母さんに赤ちゃんがいて僕がお手伝いをしてるの」

「そう、偉いわね。あ、それは買い出しのメモかな?」


 果物屋のおばちゃんは手に持っているメモに気がついたようだ。

 俺はそのまま買い出しリストの書かれたメモをおばちゃんに渡した。


「どれどれ、うん、全部ウチで揃えられるね。ちょっと待ってて」


 おばちゃんは布袋を受け取ると、次々と果物を入れていく。

 どうやら、買い出しの物が一つの店で揃えられるように父さんが考えてくれたようだ。


「はい、おまたせ」


 俺は果物の入った袋と、お金を交換する。


「ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ。気をつけて帰るんだよ」

「うん」


 俺はおばちゃんに手を振りながら果物屋を後にした。


 …そうだ、和菓子の材料がないか探してみよう。


 家に帰ろうとしていたが、俺はふと足を止めてもう一度市場に戻ることにした。


 せっかく市場に来たのだから、和菓子の材料を探し歩く。

 餡子を作るためには必要不可欠なものになるから、まずは小豆が欲しい。


 俺は野菜を売っているエリアをくまなく探してみた。しかし、インゲン豆やえんどう豆などはあったけど、小豆を見つけることができなかった。


 ……なかなか無いなぁ、困ったなぁ。インゲン豆やえんどう豆も使い道はあるにはあるが、うーん。


「坊や、何をさがしてるんだい?」


 悩んでいる俺を見かねたお店のおじさんが声をかけてくれた。


「うん、小豆という豆をさがしてるんだ」

「小豆……。坊やは珍しい豆を知ってるんだね。でも、食べられたものじゃないから畑では作らないんだ。森へ行ったら自生しているかもしれないが……」


 どうやら、小豆は存在しているようだ。しかし、この世界では食用に栽培はされていない。餡子を作るためには小豆を品種改良して育てる必要がある。


 ……野生の小豆を探して、畑を作って……何年かかるんだろう? 子供の俺に畑なんて持てないし、はぁ……。


 小豆がなくてももち米があればと、俺は気を取り直して市場を探る。


 しかし、この世界では米は存在するが、もち米は存在しなかった。しかも米は日本の米というより海外の米に近い。品質の悪い米しか売りに出されていなかった。


 ……上新粉、白玉粉、無いよねぇ。


 和菓子について考えれば考えるほど和菓子欲が強くなっていく。

 その後も、いろんな店を回ってみたが、俺が欲しい食材は一つもなかった。


 ……はぁ、前途多難だな。

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