第13話 堕ちた勇者と捕物帖・後始末編


ららら 天使のうた あなたには聞こえまい


ららら 天使のうた あなたには聞かせない


悪魔におちたおろかなあなたは


その罰がなによりお似合いだ


(大天使のささやき)

 


「雑貨屋さーん」

店のカウンターに置かれたソロが話しかけるが、決して相手は返事をしない。

「…………」

ソロは悲しそうに頭を垂れる。

「やっぱ寂しいリン……」

店のインテリアとして仕事をし、天使のつぼとして街を賑わせたソロ。中に手を入れて善人だ悪人だと喜ぶ客たちを、雑貨屋が嬉しそうにしていたのを覚えてる。ソロは、そんな恩人である雑貨屋に何度も話しかけた。

「おはよう!良い天気だね」

「いつもありがとう」

「今日は良いことありそうリン!」

しかし返事はもらえなかった。ソロは、始めは自分の声が小さいからだと思っていた。もっと大きな声を出して、何度も話しかければ雑貨屋はきっとこちらの声を聞いてくれる。そう信じていた。

他の人間に話しかけようとは思わなかった。自分が初めて会話をする人は雑貨屋以外にはありえないと決めていたのだ。

しかし、ある日ソロは教会の盗難事件のことを人づてで聞いた。高価なものばかりを狙う犯人。ソロは犯人が許せなかった。雑貨屋は教会に行くような人ではなかったが、教会は街にとって大切な場所なのだ。なのでソロはそれを傷つける者に敵意を燃やしていた。

助けてもらおう。強くて優しい人に。ソロは決意した。金貨十枚を出したあの冒険者が良いと思った。彼の腕が立つのは見ただけで分かる。言葉が通じるのか少し不安だったが上手くいった。それから本来想定した形とは違ったが、ソロたちは無事犯人を捕まえた。

街に平和が戻りソロは幸せだった。しかし同時に寂しかった。たとえ他の人間とは会話が出来ても雑貨屋とはお話ができないのだ。また昨日の夜から全く経験したことのない奇妙な考えが、ソロの中に芽生えていた。

「僕は何者リン……?」

自分は何者なのか。ソロには不思議な力がある。それは天使のつぼと呼ばれるゆえん、彼には善人には金貨、悪人には臭い匂いをもたらす力がある。

なぜ自分がそんな力を持っているのかソロには分からない。どうやら世界に自分と同じ力を持つつぼは存在しないようだった。またこの“ソロ”という名前も、果たして誰から貰ったものなのだろう。ソロは雑貨屋と出会う前の記憶が全く無いが、この名前だけは心に強く刻まれていた。

ソロは存在しない手で胸をおさえる。知りたい。自分のことを。ソロはそういった気持ちをひっそりと胸に抱いていた。とはいえただのつぼであるソロには、どうすることも出来ないのだが……。

扉がひらく音がした。店にレオナとジェリーがやって来たのだ。レオナは会計カウンターに金貨を数枚置いて、少しだけぎこちなく笑む。ソロは首(?)を傾げながら

「この金貨は?」

「情報料だとさ。昨日の傭兵四天王を俺らに紹介したのはこの雑貨屋だからな。その分だってよ」

ジェリーが代わりに説明する。昨日の戦闘に参加した傭兵たちに、ジェリーは直接金貨を払った。が、彼らの存在を教えたのは元はこの雑貨屋なのである。

雑貨屋は無言で金貨を受け取る。レオナはホッとしたような表情を浮かべてから

「じゃあな、ソロ」

「……………」

しばらくの間、ソロはレオナたちの背中を寂しそうに見つめていた。

「あの、雑貨屋さん……」

そしてたまらなくなって声をかけるが返事はない。雑貨屋は、なにも変わらなった。



「で、勇者様。この街には住みたいか?」

街を歩きながら、ジェリーはレオナの顔を覗き込む。レオナは立ち止まり、少し悩んで

「そのことだが、おれは旅に出ようと思う」

「は?」

既に出てるだろ、とジェリーはツッコみたくなる。

「なあジェリー。ずっと悩んでいたんだ。仮におれのような奴が暮らせる街があったとして、おれはそこに永住するのか、それとも……」

それとも、お前と一緒に旅を続けるか。

レオナはそう気恥ずかしそうに言う。ジェリーと旅を続けたい、という気持ちを外に吐露したのはこれが初めてなのだ。

「けど決めた。おれは………」

レオナはジェリーから目を逸らして

「おれは、この呪いを解く旅に出たい」

「ハア?」

「だからジェリー、お前さえ良ければ一緒に……ってわけにもいかないか。お前にも事情があるだろうし」

レオナは一人で喋り続ける。

「けど、おれがいなくなったら食事はどうする?おれ以外に、肉体をくれる奴のアテはあるのか?」

その癖レオナはジェリーの心配をする。

「オイ、分かってンのか」

ジェリーは冷たい声で。

「呪いを解くっつうのは簡単じゃねえぞ。かけたヤツをギッタギタに殺すか、完全に治癒してしまうか、更に強力な呪いをかけるか。正直どれも茨の道だぜ」

「ああ。それでも、もう二度とあんなことはゴメンだ」

「あんなことって、アレか?」

アレとは教会に近付けずに昏倒した件のことだ。下級の悪魔は教会が天敵なので、手も足も出ない。いや、入らない。

「………って、アンタまさか人助けの為に呪いを解きたいのか?」

「そうだ」

「なっ………」

ジェリーは一瞬、雷に打たれるような衝撃を受けてから

「ア、ア、アーハハハハハ!!なんだそれ!フハハ、あまりにも理由がくだらな過ぎだろ!!アハハハ、ハハハ……アハハハハッ」

長いこと笑っていた。よっぽど面白いらしい。レオナはそれを特に何も言わずに見ている。

落ち着いたのか、ジェリーは深呼吸してから

「はあー、はあー、変なヤツ……まあいいぜ。俺様が改めて協力してやる」

「いいのか!?」

「アンタ以外に強くて聞き分けの良い食糧なんざ滅多にいないしナア。元々生きる目的もねェし、一緒に旅してやるよ、勇者様」

「……嬉しい。ジェリー」

レオナは両腕でジェリーの細い身体を包む。おれが永遠に守ってやる、と言わんばかりに。

ジェリーはレオナの腕の中で

「ああ、想像するだけでゾクゾクするぜェ……。呪いをかけたヤツと殺し合う勇者様なんてよ……」

「そうならないように解決したいな」

「待つリン!」

背後から、きれいな声がした。

「ソロ!?」

「ヨぉ金ヅルつぼ。何の用だ」

「僕も連れていってリン!」

ええ!?と二人同時にリアクションする。

「僕は自分が何者なのか知りたい!旅をしたら、その正体が分かるかもしれないリン。お願いお兄さん、僕を仲間に入れて下さい」

レオナはしばらく呆然としていたが、そっとしゃがんでから

「ソロ、雑貨屋はいいのか?」

「お別れの言葉はちゃんと伝えたリン」

「どうやって」

筆談リン、とソロはさらりと答える。レオナとジェリーには、その言葉の意味が全く理解出来なかった。

ソロは身体に力を入れた声で

「僕は戦えないけど、囮くらいはやれるリン」

「ソロ……」

「いやいやオメーはそれより重要な役目があるだろッ!」

そう言うとジェリーはレオナの手を無理やり掴んで、つぼの口に手を突っ込んだ。

「さ〜あ路銀を無限に提供しろ金ヅル野郎!」

「いたたた、乱暴リン!」

「………おいジェリー、待ってくれ」

レオナはつぼから手を離し

「何も出てこないぞ」

「あぁ!?」

「あっごめん。どうやら不思議な力の在庫が切れたみたいリン」

ソロは少しだけ申し訳無さそうに呟いた。

「在庫なんて聞いてねーよ!!」

ジェリーは憤ったが、レオナはまあまあとたしなめて

「別にいいじゃねえか。これからよろしくな、ソロ」

「うん!レオナ兄さん!」

「力が戻ったら速攻で教えろよ……元金ヅル」

「わ、わかったリン。ジェリー……」

こうしてレオナ、ジェリー、ソロ。三人の新しい旅が始まった。一人は理想の自分になる為に、一人は退屈を紛らわせる為に、そして一人は自分を知る為に。






「ねえ、ジェリー……。あのこと、内緒にしてくれてありがとリン」

「あ?何の話だよ」

「雑貨屋さんが実は………かもしれないこと。これからもレオナ兄さんにも言わないで欲しいリン」

「ハア……確かにあのお人好しに知られたらある意味面倒だもんな。分ぁかったよ。黙っておいてやる」

「何の話してるんだ?ふたりとも」

「ンでもねーよ」

「なんでもないリーン!」

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