第19話 堕ちた勇者と呪い学校・パンとキマイラ

われら おなじ時に うまれども


ともに死んでなど やるものか


(キマイラの日記帳)


朝、レオナは緊張していた。パンフレットを握りしめ、何度も深呼吸をする。

「こんなに緊張するのは、故郷の村から初めて出たとき以来だな……」

「よッ勇者様」

「うわっ」

レオナは仰け反るが、ジェリーの顔を見てホッとした。

「スヤ………レオナ兄さん、ジェリー。おはようリン」

「おはよう、ソロ」

「授業の途中で寝んなよ金ヅル」

こうして三人はホテルから出て呪いの学校へ向かった。ちなみに天気はどしゃ降りだった。

「ここが……」

レオナは学校の看板を見上げる。四階建ての小さな建物で、看板には『ようこそ呪い学校へ!』と書かれていた。文面は爽やかだが、文字から黒いものが血のごとく垂れていた。

「雨のお陰で雰囲気でてるな」

建物の中に入り、レオナたちは入学手続きをする。数分してレオナ、ジェリー、ソロ、三人の学生証明書が発行された。

「まさか元金ヅルもオーケーとは……」

守備範囲広すぎだろとジェリーが呆れる。

「僕は字が書けるし勉強は得意リン!兄さん、一緒に頑張ろう!」

「ああ!」

教室は二階にある。黒板、教壇、たくさんの机に椅子。設備は多少古いが、ごく普通の教室だった。

「おい新入り、パン買って来いよ!」

そして席の真ん中に不良がいた。不良は二人組で他に生徒らしい者はいない。まるで教室を牛耳るボスのようだ。しかしレオナが驚いたのは彼らの姿形である。その二人は見た目が丸きり同じだった。

「お、キマイラじゃん」

ジェリーがヘラヘラと笑う。

顔は人間、背中に羽、長い尻尾。そして、蔓のようにウニョウニョした腕。

「キマイラって、ええと……」

レオナはこれ以上言葉が出ない。彼は今まで、キマイラの姿をハッキリ見たことがないのだ。

不良の一人は急に立ち上がり

「そうだ!オレはキマイラの獅子若。そしてコイツは弟の蛇若だ!分かったンならさっさとパン買ってこいや!」

親分はドンッと机を叩く。レオナはソロとコソコソしながら

「なあ、パンってどこに売ってんだ?」

「さあ……ここからパン屋さんはずいぶん遠そうだリン」

「アホ。購買部行ってこいっつってんだよアイツ等は」

購買部は一階にある。レオナはそもそも購買部がなんなのかよく分かってなかったが、とにかく一階に行こうとした。

「オレにはフランスパン、蛇若にはバゲットを買って来い」

「どっちも同じじゃねーか!」

購買部にはどちらも売っていた。店員のAIロボットが優しく「ごゆっくりドウゾ」と声を掛けるが、一階は内装がジメジメしていてとても長居はしたくない。

「ジェリーは何にする?」

「俺はアンタの身体でいーよ」

買い物を終え、ジメジメした階段を登って教室に入る。

「あ」

「遅刻でおじゃる」

スーツを着た、丸い眉でオールバックの男が三人を睨む。獅子若と蛇若は端の席でお行儀よく座っていた。

「はは、サーセン」

ジェリーは棒読みで椅子に座る。そしてパシリで買わされたフランスパンをガジガジかじり始めた。レオナとソロも適当な席に座る。スーツの男は教壇に立ち、チョークを持ち上げた。この男が教師で間違いないようだ。

獅子若、蛇若、レオナ、ジェリー、ソロ。五人の生徒と一人の教師による授業がはじまった。教科書もノートも鉛筆もないが、レオナの胸の内は熱く燃えていた。

「………ンア?」

しばらく時間が経過した頃、ジェリーが顔を上げる。眠い目を擦り、机にヨダレがついているのを確認する。彼は授業が始まってからずっと寝ていたのだ。

前の席にはレオナとソロがいる。二人とも熱心に教師の話を聞いている。嘘だろ?ジェリーは思わずこう呟いた。レオナはともかく、ソロが授業中寝ずにいられるなんてとても信じられなかったのだ。

その時ボーンボーンと鐘の音が鳴ったので休み時間になった。鐘などどこにあるのだろう。あの看板といい一階のジメり具合といい、この学校はどこかホラーじみている。

ジェリーは再びフランスパンを齧る。

「テメェ!それはオレのパンだろ!」

獅子若が怒鳴った。蛇若は無言だが、いかにも「そうだそうだ」という顔をしている。

「お前らケンカはやめろ!」

ソロと復習をしていたレオナが間に割って入る。

「静かに勉強させろ。パンはおれのをやるから!」

レオナは自分用のパンを差し出した。しかし獅子若をそれを見ると、烈火の如く怒り出した。

「オマエこれ肉まんじゃねーか!こんな柔らかいモン食わせようとすんじゃねえ!」

「柔らかいパンが嫌いなのか?」

当たり前だ!と獅子若は翼を広げて

「柔らかいパンは軟弱だ。オレは硬いパンを食って食って食いまくって、地上最強の身体になるんだからよお!!」

獅子若はキラーンと歯を見せる。丈夫そうな歯だ。ついでに腕をニョニョニョニョと伸ばして

「いいか、優等生!」

ギロリとレオナを見下しながら、尻尾をビタンと床に叩きつける。

「オレは山羊若みたいなブザマは決して晒さねえ!分かったか!?」

「ヤ、ヤギ……?」

レオナは呆然としたまま獅子若の瞳を見つめ返す。一方ジェリーとソロは、獅子若の言葉の意味をすっかり理解してしまったのであった。

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