第20話 堕ちた勇者と呪い学校・本とキマイラ

我が墨 雨に濡れしども


涙流さぬ 小石なり


穿つ雨は 刃の如く


心の釘は ついぞ抜けん


(呪い学校校歌 作詞作曲:校長 編曲:牛麻呂)



建物の二階には、二つの教室と図書室がある。しかし二つ目の教室が使われているところを、レオナは見たことがない。

彼はいま図書室で、本棚にずらりと並ぶ背表紙を凝視していた。

「お兄さん、どうしたリン?」

付いてきたソロが首を傾げる。

「うーん……どれを読めばいいのか分からないな」

レオナは本気で悩んでいた。文字はかろうじて読めるが、田舎育ちなのでたくさんの本に慣れていないのだ。

ソロは少し考えてから

「僕はこれとあれが良いと思うリン」

「お、これか?」

言われた通りにして表紙をめくると、レオナでも理解できる文章がイラスト付きで書かれていた。

「僕はこっちリン」

ソロは別の本を読む。辞書のように分厚い。

図書室にはジェリーや獅子若たちはいない。静かに勉強できるチャンスだ。

レオナは最初の本を読み終え、巻末に記述していた別の書籍に興味を持つ。この図書室には呪いに関するものだけではなく、様々なジャンルの本が揃っていた。目当てのタイトルを探しにレオナは奥の本棚に向かう。

人がいた。

「あっ」

思わず声が出てしまった。そこにいたのは獅子若………ではない。姿形がそっくりな獅子若の弟、蛇若であった。

蛇若はチラリとこちらを見たが、それ以降は何も言わず黙々と本を読んでいた。レオナもなるべく音を立てないように歩いて本を取る。

呪い学校の授業は一日二限。朝、昼、夕、夜から二つ選べるシステムとなっており、それ以外は自由時間だ。レオナたちは朝と昼に授業を済ましたので下校まで図書室で自主勉強をすることにした。

別の本を取ったレオナは好奇心の突っ走るまま、ひたすらページをめくって文章を読んだ。当初は人を悪魔にする呪いについて調べるつもりだったが、宗教の歴史が面白かったのでだいぶ脱線していた。

気がつけば閉室時間だ。本の貸出や筆記具の持ち込みは禁止されているので、レオナたちは手ぶらで図書室をあとにする。重い扉を閉めると蛇若は人目を避けるようにそそくさと去っていってしまった。不思議に思いながらも、レオナとソロは真っ直ぐホテルへ帰る。

ベッドの上でジェリーが寝転がっていた。

「あーおかえり」 

なんか変わったことでもあったか?と珍しくきいてきたので、レオナは正直に

「見たことない本がたくさんあった!」

「そんなん誰でも分かるわ。やり直し」

「あと、蛇若がいた」

こっちには少し関心を持ったようで

「へえ、あの三兄弟の一人が。獅子若に隠れて」

「三兄弟?」

戸惑うレオナにジェリーはため息をついて

「山羊若。名前を見るにありゃどう見ても兄弟だぜ。って、アンタは面識ないのか」

「あのねお兄さん。山羊若は教会の街で戦ったキマイラかもしれないんだリン」

なんだと?レオナがきき返す。

「あの二人、そいつの兄貴かもしれないのか……」

妙な因縁にレオナは腕を組んで頭を悩ませる。仇討ち……なんてことは流石にないだろうが、何か波乱がありそうで気が気でない。

「気にすんな気にすんな。山羊さんをフルボッコにしたのはアンタではなく傭兵四天王だぞ?アイツ今ごろ牢屋で反省中らしいな」

「初めて聞いた……」

それから数日。レオナたちは毎日授業を受けたがジェリーはロクに聞いてなかった。教室で呪いのイロハを教わり、図書室で好きな本を読み、街で買い物をしてホテルで寝る日々は楽しかった。

「呪いの扱いで一番大切なのは正確さでおじゃる。針を刺す位置ひとつ違うだけで目的とは真逆の効果が表れる危険もあるでおじゃる」

「先生!針の太さは関係ありますか!」

「針は太さより素材の方が重要でおじゃる。針や糸が古いあるいは粗悪だと、呪いは思うように発揮できないでおじゃる。また呪いには、それを防ぐ方法も研究されている。界隈ではこれを“呪防術”と呼んでいるでおじゃる」

「先生!それは魔法耐性とは違うんですか!」

「違うでおじゃる。魔法と異なり、呪いはその耐性に生まれつきの個人差がないでおじゃる。例えばマロは大抵の呪いは防げるが、これはマロが呪いの勉強や鍛錬を積んだからでおじゃる。魔法は才能さえあれば防げる人間もいるが、呪いを防ぐ力は後天的な努力が絶対に必要でおじゃる。この公平さがマロは好きでおじゃる」

ある日、教師の牛麻呂は目をギラリと光らせて

「そろそろテストをするでおじゃる。試験後は点数と順位も発表する故、きちんと復習しないと痛い目に遭うでおじゃる」

レオナは反射的に背筋を伸ばす。緊張のあまり、ドクンドクンと心臓が高鳴った。ジェリーは寝ていた。

「おい新入り」

休み時間、獅子若がレオナに突っかかってきた。蛇若も相変わらず兄の後ろにいるが、テスト前のせいかひたすら目の前の紙を見ている。

「おまえ、真面目だけどバカっぽいしテストは大変そうだなぁ?」

獅子若はレオナの机に座り、声を震わせて嘲笑する。それから獅子若はジェリーとソロの両方を顎で見下して

「学友も頭悪そうな奴ばっかり」

「………誰が馬鹿だ!」

蛇若が驚いて顔を上げる。獅子若は「ほう……?」という顔をして

「そんなに自信があるなら丁度いい。勝負だ!順位でオレに勝ったら、なんでも言う事を聞いてやる!その代わり……」

獅子若はニタリと笑う。

「負けたら百発ぶん殴らせろ」

「………!いいぜ、約束だ」

レオナは氷のような声で拳を握る。

「馬鹿ヤローめえ……」

こっそり起きてたジェリーがつぶやく。

「おい、起きろ元金ヅル。なんか大変なことになってンぞ」

「ええ……なんだリン」

ジェリーはヤレヤレとため息をつく。テストが大変なのは、レオナだけではなさそうだ。

テストは三日後だった。レオナは教室とホテルでひたすら復習した。ソロと授業の内容をひたすら振り返ってひたすら教え合う。楽しい図書室はお預けである。

「v=gt、y=1/2gt2、V=IR、F=kx!!」

「Rμν−(1/2)Rgμν=(8πG/C⁴)Tμν!!」

「お前らソレ本当に呪いの勉強か?」

「ジェリーは何もしなくていいのか」

「ンー俺様は頭いいからなァ?ペナルティもねえし」

しっかし百発とは大きく出たね、そう言ってジェリーは購買で買ったバタールに噛みつく。

「ああ。だからおれは負けるわけにはいかない!」

「仮にアンタがまたボロボロになったら俺様がなんとかしてやるよ」

「気持ちだけ受け取っておく」

「ケケ、まあ気張れや」

外の空気を吸いたくなったのでジェリーはホテルを出て、夜の道を散歩する。

「ん………?」

遠くで足音が聞こえる。ジェリーが振り返ると、そこには慌ただしそうにレジ袋を持って走る、蛇若の姿があった。

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