第21話 堕ちた勇者と呪い学校・順位とキマイラ
財を求めた者は財に溺れ
力を求めた者は力に敗れ
知を求めた者は知に嘆く
(なんかのことわざ)
「俺様はジェラルド愛称ジェリー。俺達が呪い学校に入学してはや半月、とうとうテストの季節がやって来たぜ!ひょんなことからレオナと獅子若が点数を競うことになったが、そんなことより各生徒の戦力分析だ!!!誰がドベになるのか愉しみだなハッハッハ!!!
レオナ:元の学力は低いが努力でカバー出来るか?
ソロ:頭は良いが途中で寝てドベになる可能性がある
獅子若:見るからに脳筋。こいつがドベになるのが一番ツマラン
蛇若:秀才タイプだがしょせん秀才。二位候補?
ジェリー:普通にやれば満点&一位。しかし……!?
マァこんな感じだな。俺様が一位になるのもそれはそれでツマンネーし、どーしよっかなあ……」
テスト当日。バラバラの席に配置された五人の生徒が神妙な面持ちでその刻を待つ。なお、一人は除く。
「それではテストを始めるでおじゃる。終了のベルが鳴るまで全力を尽くすように」
「はい!」
レオナはテスト用紙をめくった。普段の授業では書き取りは一切禁止、つまり聞くだけの耳学問だが、この学校では文章を書く授業も別に設けられている。
『問1 呪いのおしえ2を記述せよ』
レオナは脳内で牛麻呂やソロの声を思い出す。頭の中を整理して、鉛筆を強く握りながら答えを書く。
『答 呪いをかけるには平常心でないといけない。使用者の心が乱れると本人に返ってくることがあるから』
書いてから、まるで竹馬の極意のようだとレオナは心の中で呟いた。
次の問題は
『問2 針を選ぶにあたって、重視するべき順を数でを記せ……古さ、穴の形、太さ、素材』
レオナは新鮮な記憶を探る。一番は素材だと牛麻呂は言っていた。しかし二番目を考えた途端に手が止まる。脳がひたすら葛藤する。どれだ、どれだ!全く分からない。
最も重要なのは素材だ。ということは、大事なのは針の見た目ではなく中身だろう。だから古さは二番目として、問題は穴の形と太さ、果たしてどちらが重要度ドベなのか。レオナは本気で頭を抱える。答えは授業で聞いたような気がするが残念ながらハッキリと覚えていなかった。しかし大事なのは中身、というスタンスを元に、三番目は太さにした。もうどうとでもなれ。
それ以外の問題は見知ったものも多かったが、だからといって獅子若に勝てるかどうかは分からない。レオナはそれが一番の不安だった。あのステルス魔法陣に比べれば彼の百発パンチなど怖くないが、それでも獅子若に負けるのは避けたかった。
一方、ジェリーは余裕そうにさらさらと答えを書いていた。
(あーカンタン過ぎてつまんねえ……)
全問解答したがまだ時間は残っている。なのでジェリーは暇つぶしに、死骸の睾丸から生まれた寄生虫が冒険する漫画を描いた。冒険の舞台は川や谷、ジャングルとやたら壮大だ。絵柄はストーリーと同じくらい不気味だったが、筆が乗ったのかプリントの至るところにビッシリ描いた。作者のサインも忘れずに。
最終回まで描いたジェリーは手を止める。さて、彼の関心はレオナと獅子若の点数である。獅子若だって授業中は真面目なのだ。彼もレオナと同じく、弟と必死で復習していたのをジェリーは知っている。脳筋でも馬鹿には出来ない。
(マァ俺様には関係ないけど……)
負けても痛い目に遭うのはあくまでレオナなのだ。ジェリーとしては、一番大切なことが変わらなければそれでいい。
(しーかし退屈だな……)
欠伸をする。ジェリーは退屈を打破したい。このテストがそのきっかけになって欲しかった。
「それまで!」
終了の合図が鳴る。結果発表は一時間後だ。
地獄の待ち時間の間、レオナは何も言わずに震えていた。
「おーい、ダメだったのか勇者様」
「……………………分からない」
「は?」
「分からないんだ!良かったのか、駄目だったのか。おれにはさっぱり分からない……!!」
「つかれてんなー。ほら肉まん」
レオナは手渡しされたそれを素直に受け取り、無言のままかぶり付く。本当に余裕がないのだろう。
「採点が終わったでおじゃる」
牛麻呂が教室に入ってきた。彼はコホン、と咳払いして
「マロは成績の良い方から発表するでおじゃる。まずは一位!95点、蛇若!」
「おおっ!」
教室の中が盛り上がる。蛇若は採点された答案用紙を受け取り、感慨深そうに点数を見つめた。
「フン、当然だ」
しかし兄の獅子若はあまり嬉しそうではなかった。言葉通り「一位であたりまえ」という意識があるのかもしれない。
「次に二位でおじゃる。86点、ソロ!」
「わーーーい!」
ソロは教卓の上に乗る。つぼの口の上に、プリントが置かれた。
「やったな!」
「兄さんのお陰リン!」
レオナは自分のことのように喜んだ。しかしいざソロの答案用紙を見ると、途中から全くの白紙であった。
「……………………」
レオナは察しがついた。これは呪いより深刻かもしれない。
「三位!」
牛麻呂が口を開く。レオナはギョッとして前を見た。三位。それはひょっとしたら自分、それとも獅子若かもしれないのだ。負けるか勝つか生きるか死ぬかの宣告でる。胸がギリギリと締め付けられ呼吸が乱れる。運命の時が、迫っていた。
「三位。68点、獅子若、レオナ!」
「なんだと!?」
二人同時に叫ぶ。テストはまさかの同点、同位である。誰もが驚きを隠せない。
「アハハ同点って何それっ、ひ、ひ、ひー」
後ろの席でジェリーが腹を抱えて笑う。レオナと獅子若は気まずそうに同時に答案を貰いに行った。
「ふたりとも凡ミスが多かったでおじゃる」
「ハ、ハイ……」
見たら本当に多かった。
「………なあ、獅子若」
「気安く呼ぶなあ!!」
獅子若は地団駄を踏む。同点なので勝負は引き分けである。よって、お互いのペナルティは無しになった。
しかし納得いかないのか獅子若は指をさして
「これで終わりと思うなよ!次は実技で勝負だ!」
「え、おい待てよ……」
「静かに!まだ一人残っているでおじゃる」
「………!」
そうだ。レオナは神妙に席に着いた。この教室の生徒は五人だが、発表されたのはまだ四人である。
「…………って、おい」
残り一人は、彼しかいない。
「五位。0点、ジェリー!」
「ぜ、ゼロテン………!?」
レオナは絶句する。まさかの正解数ゼロ。しかしジェリーは平然と穏やかな笑みで答案用紙を貰いに行く。
「解答欄が全て真っ黒でおじゃる。その時間で答えを考えたらどうでおじゃるか?」
「俺様の勝手だ」
ジェリーはプリントを誰にも見せずクシャクシャにしてしまった。とにかくこれにてペーパーテストはおしまい、おしまい。
「明日からはいよいよ実技の授業でおじゃる。心してかかるでおじゃる!」
「はーーーい!」
ソロが一番元気よく返事をした。下校時間、生徒たちはさあ帰ろうかという空気の中で
「……………」
「いや〜!!!残念だったなあ勇者様ァ!!!あと一点、あと一点さえあれば勝ちだったのになぁ〜ハハハハハハ!!!」
「……………もう、ほっといてくれ」
煽り散らかすジェリーに、レオナは燃え尽きたようにうなだれる。引き分けという結果は何だかんだでショックであった。さきほど教室を出ていった獅子若も同じ気持ちだろうか。
ソロが憤慨して
「ジェリー!兄さんのこと悪く言っちゃだめ!初等教育を受けてないにしては、この点数は立派だと思うリン!」
「励ます気あんのか?」
「やめろ二人共……おれが初等教育を受けてないのは事実なんだ……」
レオナは沈んでいたが、ハァと立ち上がって
「それよりも二位のお祝いをしようぜ、ソロ。一位の蛇若に肉薄するなんて、やるじゃねえか」
「に、兄さん……!嬉しい……スヤ」
眠りこけたソロをレオナは微笑ましく見守る。しかしそんな彼らを妬ましそうに見つめる視線がひとつ。
「…………………」
蛇若だ。
この日は図書室も閉まっているのでレオナはソロをつれて真っ先に下校した。帰り道でお祝いのケーキを買う予定だった。
教室には、二人しかいない。
「おや、おやおやオヤァ〜?一位の蛇若くんじゃ〜〜〜ん」
ジェリーが蛇若の隣に立ち、顔を近づける。蛇若は驚いて目を合わせてしまう。何故か視線をそらせない。獅子若もレオナもいない現状、逃げ場がない。
「95点おめでとう、蛇若。ところであの変なつぼ、ソロが二位だったのは覚えてるよな?」
「……………」
蛇若のこめかみに汗がつたう。もちろん覚えてる。86点、本当に際どい点数差だった。蛇若は何も言わず、無意識のまま机の上に置いた答案用紙を指先で押していた。ストレスを感じているのだ。
その様子にジェリーはニコと笑い、蛇若の耳元に唇を近付ける。そして、まるでないしょばなしでもするかのように
「実はソロちゃん、途中で居眠りしてたんだよ」
蛇若の視界が真っ白になる。
ジェリーはあくまで優しい声色で
「のこり14点、眠っていたから問題を解く時間がなかったんだって。解答した分は全部マルだった」
それからジェリーは蛇若の答案用紙を見て、ああそう、ここね!と指をさして
「蛇若くんが間違えたこの問題、ソロはちゃんと正解していたなァ。レオナも獅子若もここは不正解だった。ソロだけが正しい答えを導き出せたんだ」
それなのにソロはあんなに喜んじゃって、ジェリーは甘い果実のようにクスクス笑う。
「でもテストで大事なのは結果だよ?ソロがどれだけ頭が良くても、点数は君の方が上だもんね。フフフ」
蛇若の意識が奈落に落ちた。彼の頭の中で、白いペンキがベタベタと四方八方あらゆるものを塗り潰していく。
ジェリーは最後に、喉の奥で笑ってから
「お兄さんに殴られなくて良かったね、蛇若くん」
ガタン、蛇若が座っていた椅子が床に倒れる。そのまま無言で去っていく彼を見て、ジェリーはアハハハと笑い
「本当にヤベェのは弟の方だったか?」
しかし蛇若が敵視するのはレオナではなくソロだろう。それはそれで面白い。退屈を打破しつつあるジェリーは歌いながら帰路へついた。
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