第22話 堕ちた勇者と番外編2・ピエール様の旅行

「押忍!オレサマは天才ピエール様だ!本編が途中なのに何やってんだって?知らん!!!!今週も色んな町をレポートしていくぜっ!」

安物のボイスレコーダーをオンにして、ガンマン風の男がポーズを決める。

「今日来たのは教会が目印の街だ!さすが街だけあって人がたくさん集まっているぜ!!」

ピエールは建物を見上げながらそう言った。教会の壁は白く塗られていて、見る者に清潔な印象を与えている。

中から出て来た聖職者が露骨に嫌な顔をしてピエールを見ていた。ピエールはもしやサインかと思ったが、天才のカンですぐに違うと気付き

「フッ、教会のような静粛な場とオレサマのスター性は相容れないってことか………仕方ねえ。ここはオレサマの方から撤退してやるっ!」

と、独り言を呟きながら去っていった。

それから街をブラブラ歩いていると、ピエールは古い雑貨店を見つけた。ウインドウにはカラフルな天使の置物があった。服や髪の色はまばら、表情も泣いたり笑ったりと妙にユニークだ。

アーティストとして興味を持ったのだろう。ピエールはカラフルな天使たちを面白そうに眺める。いわゆるウインドショッピングというやつだ。すると、後ろから人の良さそうな声で

「良いだろう?その天使の置物。ワシも一つ持っておる」

老人がひとり立っていた。ピエールはフフンと笑って

「そうだな……確かに、オレサマの次に個性的だ。爺さんが買っちゃうのも少しわかるぜ」

「そうそう、この天使たちはとても良い顔をしておる。まるで若い頃のばあさんとワシのようじゃ」

なのに……と老人は悲しそうに顔を伏せる。

「ワシは独りだ。ばあさんを失ってから、生きる気力を失ってしまった。今となってはここで買った天使だけが慰めだが、最近は一人だけでは物足りなくてのぉ……」

老人の話は長い。

「せめてあと二体は仲間を作ってやりたいが、お金がな、お金がな、ほんの少しだけ足りんのじゃ」

そして老人は手足をいっさい動かさず、ピエールを捕らえんとばかりに睨みつける。

「……………」

無言だが、ほんの少し、ほんの少しだけと老人の目が訴えている。

するとピエールは、フッと笑って

「そうか、頑張れよ!オレサマはいつでも応援してるぜ!!」

と言って店内に入っていった。

老人は絶望した。金をくれなかった。あれだけ情に訴えたのに、相手はそれをわかった上で無視したのである。なんて邪悪な男だろう。

「いや……そうではない」

老人はハッとして

「あれは本物の馬鹿だ」

おそらく彼は老人の隠れたメッセージにハナから気付いてなかったのだろう。もはや立ち尽くすしかない。彼の鈍感さが、老いた身にはなんとなく羨ましかった。

さてピエールが入った雑貨店の中は空いていた。狭いがどこか安心する内装。店を取り仕切る雑貨屋が、サングラスごしにピエールを見つめた。

「イエイ!」

視線に向かってピエールはファンサした。それからゆっくりと商品を物色する。

「おや、こんな時間に客とは珍しい」

すると背の高い男が店に入ってきた。その男はカウンターに肘を置き、馴れ馴れしく雑貨屋に話しかける。しかし雑貨屋や返事をしない。男が一方的につきまとっているようにしか見えない光景だ。

「あぁご心配なく。私と彼はシンユウなので」

男がニヤニヤと笑う。それから彼はピエールを品定めするようにジロジロ見ながら

「貴方……バイトをしてみませんか?」

「バイト?」

ピエールはしばらく意味がわからず目をパチクリしたが

「フッ……このピエール様にバイトとは見上げた奴め!いいぜ!ヌードモデルでも何でもかかってこい!」

「いや貴方の全裸には全く興味ありませんので。ピエールさん、私の名はミカエル。貴方には牢屋番の手伝いをして欲しいのです」

「このオレサマが牢屋番だと?ハハーンさては囚人に熱烈なオレサマのファンがいるんだな!?そこまで言われちゃしょうがねえ。やってやるぜ!」

「勘違いは甚だしいですが話が早くて助かります。ささ、ついて来て下さい。私が仕事を教えますので」

「夜露死苦!ミカエル君!」

「ミ、ミカエルくん!?まあ良いでしょう。私が見たところ、貴方の実力は本物ですから……」

二人は雑貨店を出て、街の役所に行く。その地下に牢屋があった。

「ギギ、ギ、ギギ………」

一番奥の牢にいる囚人が、苦悶の声をあげている。顔は人間だが背中には羽が生えていて、手の形がどう見ても人間とは違っていた。それにズボンは履いているが上半身は裸だった。

囚人は身体をバタバタさせながら

「美しくない……醜イ……醜イ……!」

「元気を出せ!ミカエル君」

「貴方今の台詞が私に向けたものだと思ったんですか?彼はキマイラ。空から街に侵入し、教会の物を盗み続けた凶悪犯です」

キマイラの身体には火傷の跡があった。

「ピエールさん。貴方には彼を見張っていて欲しいのです。このキマイラが万が一、牢屋を壊した時に取り押さえるのが貴方の仕事です」

「なるほど……つまり、ボディガードか!」

「ま、まぁ間違ってはいませんが……。終業時間になればまた知らせに来ますので……」

ミカエルは疲れたような足取りで地下から去っていった。

ピエールは牢屋の中に囚人に向かって

「やあキマイラ!いやキマイラ君か?キミの名前は何だ!?」

「ググ………五月蝿い……五月蝿い」

キマイラは歯を剥き出しにしてピエールを睨む。拒絶のポーズだ。しかしピエールは臆することなく

「挨拶が遅れたな!オレサマはピエール、泣く子も黙る天才アーティストだ!」

ピエールは名刺を見せたがキマイラに「ぺっ」と唾を吐かれた。

ピエールはショックを受けた。

「もしかして、音楽が嫌いなのか……!?」

さっき五月蝿いと言っていたし可能性はありそうだ。

「あぁ……醜イ……醜イ……」

「……面白い。そこまで言われりゃ黙っちゃおけねぇ!オレサマの美声をくらえーーー!」

ピエールは賛美歌を歌い出した。するとキマイラは暴れ出して

「イヤだ!醜イ!オレも、ココも!醜イ、汚イ、五月蝿イ……!」

キマイラは腕をニュニュニュと細分化させて、牢屋ごしにピエールの首を締める。

「あ、あいててててて!!!!」

賛美歌をやめたピエールが足をバタバタさせる。するとキマイラはニィと笑って

「オマエの声、イイ……!オマエの喉、美しい……!オマエ、オレの宝にする、寄越セ……!」

ピエールはうわわわわと半眼になりながら

「ね、熱狂的なファンに出会えてオレサマ幸せだぜ……だがな……!」

ピエールは右手を武器に見立て、四本の指先でブスリとキマイラの眉間を刺す。

「こんな時に自分の身を守れないオレサマではなぁいっ!ファンなら覚えていてくれよな!」

脳を揺さぶれたキマイラは白目をむきながら手を離す。ピエールは少しだけ咳払いをしてから

「あ、ヤベ、オレサマやり過ぎちまった?」

キマイラは正座をしていた。そして、とてもしょんぼりしながら

「オレ……醜イ。だから美しいモノが欲しかった。本、花瓶、パイプオルガン、つぼ、金貨……」

そしてオマエの声、と嗄れ声で言った。

「ケド、オレ失敗した……。矢で射られ、銃で撃たれ、身体を燃やされ……オレの美しいモノは全部なくなった。ますます醜クなった」

「そんなことは無いっ!」

ピエールは言い切った。もし牢屋がなければ、ピエールはキマイラの手をしっかりと握っていただろう。

「キマイラ君!!キミは醜くなんかない!だってキミにはあるじゃないか!オレサマの声を美しいと思う、その心が……!!!」

「………!!」

キマイラの心の海に陽光が射す。

「たとえこの牢屋とキミの姿がどれだけ醜くてもその美しい感受性だけは本物だ……!その本物を大切にしろっ………!!」

キマイラは泣いた。美しい心のままに涙を流した。

「オレ……オレの名前、山羊若っていうの……オレの名前、呼ンデ、呼ンデ……!!」

「おう!山羊若くん!」

「ウォオオオーーーー!!!!」

山羊若は嬉しさのあまり叫んだ。それにつられて他の囚人たちも雄叫びをあげた。ピエール自身もこの勢いに完全にテンションを上げて

「いい感じに盛り上がってきたな!それじゃピエール様の緊急地下リサイタル、始めるぜっ!!!」

「ウォーーーーーー!!!!」

歌に合わせてキマイラ、いや山羊若と他の囚人が踊り出す。いつもは陰気な地下が、今日は完全にコンサート会場と化していた。

「なんですかこれ」

「やあミカエル君!ミカエル君もオレサマの歌、聴いてくれよな!」

「うおおおおお!!!」

「やめなさい暑苦しい!!」

こうしてピエールの牢屋番バイトは、伝説のうちに幕を閉じた。

「……………これが、お給料です」

雑貨店の中、待望の現金を渡された。しかしミカエルはピエールから目をそらし、早くどこか行ってくれと言わんばかりの顔をしている。

「サンクス!とても有意義な時間だったぜミカエル君!山羊若くんたちにも夜露死苦な!!」

ピエールはそう言って雑貨店を後にする。残されたミカエルは酷くげんなりしながら

「まさかあそこまで煩い男だったとは思いませんでしたよ……。実力は本物でしたが、内面は最悪です」

それからミカエルはカウンターの方へ歩き、雑貨屋の主人のサングラスを取って

「やはり男は寡黙でないと。貴方のような、ね……」

やや興奮気味に目を細めた。

一方そのころ、広場に出たピエールは

「さぁて、ここはとても良い街だったぜ!教会の中は見られなかったが美しい街並みに面白い雑貨店、みどころがたくさんだ!ま、一番楽しかったのは地下リサイタルだけどな、ヘヘへ」

それでは皆さんまた来週!と街を出たピエールは西の方へ向かう。すると彼は急に足を止めて、おおーと感心して、こう言った。

「すっげー魔法陣。街の中にはあんなの一つも無かったぜ?」

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