第23話 堕ちた勇者と呪い学校・宿敵とキマイラ

呪いをかける時はつねに孤独でなければならない。神に慈悲を乞うなかれ。友の胸にすがるなかれ。己で全責任をとりたまへ。


(呪いのおしえ・3)



ホテルの一室。

「二位おめでとーー!」

「オメデトー」

「わーい!」

レオナ、ジェリー、ソロは完全にはしゃいでいた。辺りにぱらぱらとクラッカーの抜け殻が散らばる。

「悪いなソロ。食べられないのにケーキなんか買ってきて」 

「構わないリン!見てるだけでも楽しいリン」 

安上がりなヤツ、とジェリーは肩を揺らして笑う。小屋の飾りが乗ったショートケーキを、ソロはしばらく懸命に見つめていた。

食事を終えたジェリーが水を飲みながら

「つうか勇者様よ、アンタどうするんだ」

「え?」

「獅子若との勝負、実技に持ち越しなんだろう?勝つアテはあるのか」

レオナはやや苦しそうに

「………ねえな」

そもそも呪いの実技がどんなものなのか今のところ全く分からないのだ。確実に負けるとも言えないが、勝つ自信もない。

「負けたらパンチ百発!……は良いとして、あのヤロウ『そっちが勝ったらなんでも言う事きく!』とか言ってたよな。なに、エロいことでもさせるか?」

「だ、誰がするか!………元はと言えばおれは呪いを学ぶ為にここに来たんだ。勝負に関係なく、実技も全力で学ぶだけだ」

「嘘つけ、図書室では寄り道しまくってたろ」

やいのやいのと言い争う二人。ソロは呆れて

「もう、ケンカはやめるリーン!………ん?」

強い風が窓をガタガタ揺らしたので、ソロはそちらに視線を向ける。すると、窓の下に見覚えのある人影が。

「………………獅子若?」

その人影は急ぐように走っていたが、途中で転び、両手に構えていたものをゴロゴロと落とした。

「大変、兄さん……!」

「んだァ?元金ヅル。勇者様はもうお休みだぞ」

「獅子若が転んじゃったリン!」

「!」

眠りについたレオナをそのままに、ジェリーはソロを抱えて外に出た。

「どっちだ」

「あっちリン」

ジェリーは目を凝らす。本当だ。獅子若が、落としたものを必死に拾っていた。

「缶コーヒー、栄養ドリンク、エナジードリンク……」

「ぜんぶ飲み物リン?」

「シッ、大きな声だすな。……ツけるぞ!」

「………………」

ジェリーは獅子若のあとを追いかける。ソロを連れて行くのは非合理かもしれないが、戻るのも面倒だし致し方あるまい。しばらく歩くと小さなバラックにたどり着いた。獅子若はバラックの扉を開け、中に入る。ここが彼の住居なのだろう。

「…………」

ジェリーは壁に耳を立てる。すると馴染みのある、しかしいつもとはどこか違う声が耳に入る。

「おいおい蛇若。言われた通り持ってきたけどよぉ。何もここまでするこたないだろ。オマエ、テスト一位だったし」

返事は聞こえない。

「げえ、そんな顔するなよ。わかったよ。オレもテスト前は真逆のことしてたしな。けど蛇若、今のオマエ、ちょっとおかしいぜ」

ほう!蛇若がおかしいと!ジェリーは興味津々に耳を近づける。もしや今日のテストが原因だろうか。

「わ、わかった、わかったよ!オマエが一番賢いもんな……オレ?オレはな、今に見てろよ……グググ」

獅子若が力む。缶を空ける、ドリンクを飲む、机を叩く、そんな生活音に混じって、すすり泣く声が聞こえてきた。その声は弱く、とても獅子若のものとは思えない(だいいち獅子若には泣く理由がないのである)が、すすり泣きに混じってこんな声が聞こえてきた。

「え、なになに?殺したい奴がいるって?」

ジェリーは急いでバラックを離れ、ソロを連れてホテルへ戻る。

「スヤ、スヤ」

ソロは案の定寝ていた。そうなるとあの物騒な言葉はジェリーしか聞いてないということになる。胸がざわついた。ジェリーはソロをテーブルに置き、どかっとベッドに飛び込むと

「愉しみだ……本当に明日が愉しみだぜ……実技授業、獅子若と蛇若、校長へのラブレター。くくくくく」

くしゃくしゃにした0点の答案用紙を思い出しながらジェリーは枕に頬ずりする。

夜が明けた。今日から実技の授業である。

「おはようジェリー」

「ウース」

「なあ、ソロの様子が少しおかしいんだ。昨日お前とケンカでもしたのか?」

「バーカ。俺様とケンカして凹むようなタマじゃねえだろアレは」

「それはそうだが……」

実技の授業は三階で行う。やはりジメジメした階段をのぼった先にある、広々とした部屋。そこには黒いカーテンとマネキン、吊るされた人形がたくさんあった。

ジェリーはその内装を興味深そうに眺めながら

「雰囲気あるなァ……」

「おれは看板の方が好きだ」

「みんな揃ったでおじゃるか。それでは実技の授業を始めるでおじゃる」

牛麻呂は五人の生徒の姿を確認して

「まず、そなた等が学ぶのは呪いを解く術でおじゃる。イメージし辛いかもしれないが、簡単な呪いは解くのにそう苦労しないのでおじゃる」

もちろん、最低限の知識や技能が必要でおじゃるが……と牛麻呂は付け加える。それから牛麻呂は吊るされた人形の一つを引っ掴み、首にかけられている南京錠を見せる。

「この南京錠には鍵がかかっているでおじゃる。差してみよ、蛇若」

蛇若は牛麻呂から手渡された小さな鍵を穴に入れる。そして鍵を捻ろうとするが、どれだけ力を入れても動かない。

「………………」

もうよい蛇若、と牛麻呂は鍵を預かり

「今日そなた等に解いてもらうのはこの『施錠の呪い』。見た通り、鍵を差しても錠が開かなくなる初級の呪いでおじゃる」

「ガハ、しょうもねえ呪いだな」

獅子若が正直に感想を述べる。牛麻呂は獅子若をキッと睨んで

「こんな呪いでも使い方次第では恐ろしい結果をもたらすでおじゃる。くれぐれも気を抜かぬように」

そう言って、スーツのポケットから大きな葉っぱをとりだした。

「座学でも言った通り、呪いを解くには大地の力を借りるでおじゃる。草、土、枝………なんでもいいが、葉が一番オーソドックスでおじゃろう」

牛麻呂は呪いをかけられた錠を葉っぱで包み込む。そして錠を葉っぱごしに軽く握り、三度傾ける。

「コッコッコ……このリズムが肝心でおじゃる。さて」

先ほどの鍵を差して捻ると、あっさりと錠が開いた。

「なんだあれ……葉っぱで握っただけじゃないか」

目の前で起きた現象に、レオナは素直に驚嘆した。牛麻呂はニコリと笑い

「この『施錠の呪い』を解くのはリスクもないので安心でおじゃる。そなた等の分も用意したゆえ、やってみるでおじゃる」

それぞれ五つの南京錠と鍵、葉っぱを手渡される。呪いを解く実技が始まった。

「オイ、間違って錠ごと壊すなよ」

「誰がそんな初歩的なミス……あ、葉っぱの先が手に刺さった」

ハナからやる気のないジェリーと上手くいかないレオナの近くを牛麻呂が通りかかる。

「ジェリー、真面目にやるでおじゃる」

「はぁ~?簡単過ぎてやる気でねェよ」

「お前なんで入学したんだ……」

ソロは二人から少し離れた場所にいる。解呪には葉っぱで南京錠を包む作業が必要だが、彼には手がない。

「えーと」

なのでソロは身体全体でぶつかるしかなかった。つぼの底で葉っぱを南京錠に押し付けたり、葉っぱを無理やり折ってどうにかこうにか頑張って施錠の呪いを解こうとした。

「間抜けな新入りめ、俺様が先に解いてやったぜ!」

獅子若がレオナの後ろに立ってVサインをしていた。言葉通り、彼の手には解呪された南京錠があった。隣にいた蛇若も「当然」という顔で同じく解呪された南京錠を持っている。ちなみにレオナはまだ解呪出来ていない。

「オーイ負けちまったぞ勇者様」

「ま、まだだ。まだテストがある………!」

座学にテストがあったように、実技にも当然テストがある。レオナと獅子若が決着をつけるのはその時だ。それがいつなのかはまだ分からないが。

気がつけば手足のないソロが施錠の呪いを解いていた。それを見たジェリーはレオナの肩をバンバンと叩き

「はい、ドベ」

「お前とお揃いだな」

「は?」

授業が終わったのでレオナとソロは数日ぶりに図書室に向かった。レオナは最後に読んだ本をまた初めから読み直す。これは久々に味わう至福の時間だ。レオナの意識は、たちまち文字の世界にトリップする。

「あっ」

すると蛇若が入ってきた。

図書室は筆記具持ち込み禁止だが、周囲の迷惑にならない程度の私語は許されている。レオナは本を閉じ、本心からニコニコしながら蛇若に話しかけた。

「お前、昨日のテスト凄かったな」

しかし蛇若はレオナを無視した。彼は無言のままいつもと同じ椅子に座り、いつもと同じ調子で本を読み始める。

「あれ……」

レオナはぽかんとした。

「もしかして、お節介だったか……?」

下校時間、レオナはソロに蛇若のことを話す。ソロはうーんと考えてから

「きっと兄さんのことが嫌いなんだリン」

「そ、そうなのか……!?まあ好かれる理由もねぇか」

レオナは現状、獅子若の敵である。そして蛇若は獅子若の弟だ。敵対する理由はあれど仲良くする理由はどこにもない。

「あと、兄さんに構ってる暇がないと思うリン」

「どういうことだ……?」

「だってあの点数……」

ソロは蛇若のテストの点数を思い出す。95点、それは誰もがたどり着けなかったクラスで最高の数字だった。

しかし決して満点ではないのだ。ソロは夕焼けを見つめながら

「僕も、そうかもしれないから……」

「そ、ソロ?」

レオナは慌てながらソロの名を呼んだ。今まで弟のように可愛がっていた健気なソロが、こんな口ぶりを見せたのは初めてではないだろうか。

「あ、兄さんは兄さんのしたいようにやって。もちろん僕も……スヤ」

就寝したソロに対してレオナ独り言を呟く。

「お前、今日はなんだか要領を得ないなあ……」

しかしレオナは迷わずソロの言う通りにした。朝と昼は授業に励み、それ以降の時間は好きな本を読む。

(ソロは何がしたいんだろう……)

それでも時々、図書室で更に難しい本を読むようになったソロの横顔を見つめながら、レオナはぼんやりと考えた。

明日からは呪いを防ぐ授業が始まる。今日は図書室はやめにしてホテルでソロと復習することにした。レオナは実技だと一番遅れているのだ。

その日、図書室で本を読んでいるのは蛇若だけだった。彼はとある一冊の本を机の上に置き、ページを開く。

「…………………」

それから本に鼻を近付け、古くさい紙の匂いをスンスンと吸い込んだ。

それは最近ソロが読んでいる分厚い本。

「…………………」

蛇若は顔を上げる。両眼がひどく吊り上がっていた。

「やぁ蛇若くんっ」

図書室の扉を開くと彼がいた。座学も実技も評価最悪のジェリーだ。ジェリーは蛇若にグイグイ迫りながら

「これからヒマか?俺が良いところへ連れて行ってやるよ」

「……………」

蛇若は無視して帰ろうとする。するとジェリーはクスクスと笑い

「そんな警戒しなくても大丈夫だって〜。これでも俺は蛇若くんを応援してるんだよ?今から行くところも、きっと君の為になるはずだし」

ピタリ、蛇若の動きが止まる。その隙を逃さないように、ジェリーは蛇若の手を握りしめて

「さぁ行こうぜ。ひみつの宝物が隠されている、校長室へ」

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