第24話 堕ちた勇者と呪い学校・禁忌とキマイラ

青春は果実の如く

 

自覚した時はもう遅い


(確実に呪いたい大切な貴方に 著:カンクワット博士)



ジェリーは蛇若の手を引きながら、階段を更に上がる。

「……………!」

三階から四階へ続く踊り場を見て、蛇若は一瞬たじろいだ。しかしジェリーは平気そうに

「大丈夫大丈夫。ここにある呪いは俺様がチャチャッと解いたから」

ドアノブを握る仕草をして、ジェリーは軽やかなステップで足を踏み入れる。なんともない。普通の階段と同じである。

蛇若はその光景を「信じられない」という目で見ていた。

するとジェリーはアハハと笑って

「さては知ってたな、この先に行けないって。悪い子だね蛇若くん」

四階に続く階段には“通行止めの呪い”がかけられている。牛麻呂がたまに「四階には校長室がある。しかし生徒は入ってはいけない」と言っていた。

かつて、獅子若と蛇若はその言いつけを破って四階に行こうとしたことがある。だが二人は失敗した。踊り場に入ると、足が全く動かなくなったのだ。

それが、どうだ。通行止めの呪いはテスト0点の生徒によってアッサリと破れ、蛇若は校長室への道を歩みつつあった。

「さあ行こう、蛇若くん」

ジェリーは踊り場にちょこんと座って手を差し伸べる。君には規則を破る権利がある、とでも言うかのように。

蛇若は、誘われるまま階段をのぼった。

四階。校長室は教室二つ分くらいの大きさがあった。扉は古びているが細やかな彫刻が施されている。ジェリーは金色のドアノブに手をかける。

「……………!」

蛇若はギョッとしてジェリーの腕を握るが、ジェリーは優しい笑みを浮かべたまま扉を開く。

「御開帳〜っと」

校長室の中は誰もいない。中央にはやたら物が乗っている大きな机があり、周囲は本棚に囲まれていた。

蛇若はキョロキョロしながらジェリーの細い腕にしがみついていた。怖いのだ。一方ジェリーは鼻唄を歌いながら中をゆっくりと歩いている。

「まるで肝試しみたいだな」

いたずらっぽく笑うジェリーに蛇若の心臓がドクドク高鳴る。しかしこれは恐怖によるものなのか、それとも別のものなのかは分からない。

二人は本棚を物色する。

『呪殺入門』

『嫌な奴の殺し方』

『呪い殺したい人へ』

タイトルはどれもこれもこんな感じだった。

「図書室の甘っちょろい本とは大違いだろ?」

ジェリーは机に一番近い本棚を見ながら

「よし、これだな」

青い表紙の本を取り出した。

「これだ、これがオメーの願いを叶えてくれる」

「………………」

蛇若はその本を恐る恐る受け取った。

「さ、帰るぜ。あー楽しかった」

ジェリーはさっさと校長室の入口へ行ってしまう。蛇若は手渡された本を大事そうに抱えながらジェリーを追おうとする。

「……………?」

校長の机の上に置かれたプリントが蛇若の目に入る。数日前、蛇若たちが受けたペーパーテストの答案用紙だった。どうやらコピーのようだがプリントの答案欄は全て黒塗りされており、空白部分には睾丸から生まれた寄生虫が冒険するという奇妙なストーリーの漫画がこまごまと描かれていた。不気味な画風に蛇若はついつい見入ってしまう。漫画の最終回では拐われたお姫様を助ける為に洞窟を冒険していた。主人公はその洞窟でコウモリのモンスターと戦うことになる。すると今まで横向きだった主人公は、急に真正面を向いて

『校長、あなたの秘密を知っている』

Fin。蛇若の唇はその単語をなぞる。漫画はそこで終わりだった。

「蛇若!早くしろ!!」

急に怒鳴り声がしたので蛇若はビクッとして早足になった。そしてジェリーが「このグズ」と言わんばかりの顔で校長室の扉を閉める。

「…………………」

蛇若はビッショリと汗をかく。このジェリーという男は優しい人間ではなかったのか?なのになんだ今の態度は。

それからジェリーと蛇若は一定の距離を保ちながら階段を降りた。相変わらず三階と四階をつなぐ階段は何もなく、しかし蛇若はもう二度とこんな真似は出来ないだろうと思った。

三階にたどり着く。良かった、誰にも遭遇してない。蛇若は本を抱きしめるが、また別の恐怖に頭を支配された。

窃盗。

自分は、他人の物を盗んだのだ。

「大切に使えよ。わざわざ校長室から盗んできたんだから」

ジェリーが突き放すような声で言った。蛇若は全身を震わせた。立入禁止の場所に入るだけでも重罪なのに、そのうえ自分は物を盗んだのだ。しかも本を……。後戻りできない状況のなか、蛇若は一人でトボトボと家へ帰った。自分の孤独さを痛感すると、急にジェリーと過ごした甘酸っぱい時間が懐かしく思える。ジェリーという落第生の、あの綺麗な顔、つややかで長い白髪、ほそい身体、スカートの裾を持ち上げる所作、やわらかい声色。乙女のそれを変わらぬ可憐さ。嗚呼、あれを青春と言うのだろうか。だとすれば、まことにはかない青春であった。

家に帰ると獅子若が寝ていた。チャンスだ、と思った蛇若はちゃぶ台の上に例の本を置いて胡座になる。

「…………………」

そして表紙をめくり没頭する。本の世界にもぐることでジェリーのことを忘れたかった。オレに青春など必要ない……。代わりに蛇若の脳内に現れたのは別の男。読書の持つ力が、彼の頭をそうさせてくれた。

数時間後、蛇若は無言で本を閉じる。彼は手足をふるわせ、力を得たようにぐぱぁと口を開く。

大丈夫。自分のやりたいことは、変わっていない。

次の日、何も知らないソロは『呪いを防ぐ授業』に張り切っていた。何故かホテルのベッドの上でシャドーボクシングをしている。

最近のソロは熱血だ、と本当に何も知らないレオナは思う。そんなに呪いの授業が気に入ったのだろうか。あとジェリーに目を向けると「今日俺はパス」と言ってきた。どういうことだろう。

「呪いを防ぐ力、通常“呪防術”を身につけるには……」

三階の実技教室で牛麻呂が教える。

「普段から力を蓄えるのが一番の近道でおじゃる。というより、それしか方法がないでおじゃる」

「どうしてですか?」

「考えてみよ。普通、今から呪いがやってくるかも!などとは考えないでおじゃる。呪いを防ぐには、常に呪防術を発動させる他ない。その『常に発動させる』為に力を蓄えるのでおじゃる」

ならどうやって力を蓄えるのか。「その答えはここにある」と牛麻呂は中央にあったカーテンをめくって

「これは通常トロイのスクエア。この中心に座って精神を集中させる。さすれば呪いへの免疫が付くでおじゃろう」

二メートルほどのトロイの木馬が四体、その名の通り四角形を描いている。

「……………」

四人の生徒は半信半疑であった。これで呪防術が蓄えられるなんてとても思えない。それを悟った牛麻呂は、どこか懐かしそうな顔をして

「信じられないのも無理はない。これはマロの師匠、つまりこの学校の校長が開発した独自の方法でおじゃる。しかしマロも他の卒業生も、このやり方で呪防術を身に着けたでおじゃる」

校長、という単語に蛇若は心臓が跳ねるが幸い誰にも気付かれていない。

「まず誰がスクエアに入るでおじゃる?………む、ではソロ。そなたが一番乗りじゃ」

ピョンピョン跳ねてアピールしていたソロが真っ先にスクエアの中央に向う。

「どうじゃ。ソロ」

「うん、……ひんやりしてるリン。微かだけど空気が違う。木馬のパワーを感じるリン」

「なかなかよく分析してるでおじゃる。大地の力は感じるか?」

「…………………」

返事がない。

「寝てますね、あれは」

「次」

牛麻呂がテキパキと指示を出す。ソロの身体はレオナが回収した。

次にスクエアの中央に座ったのは蛇若だった。彼は牛麻呂から教わった通りに精神を集中させる。

目を閉じて胡座をかくと、脳裏にあの苦い思い出が蘇った。校舎で何もかも失ったと絶望したあの瞬間。家で残されたものを潰れるほど抱きしめたあの時間。

蛇若は記憶を反芻する。そして、自分のやりたいことをもう一度心の中で問う。

「………………」

たしか、あの本にはこう書いてあったっけ。

『………呪い殺したい者がいれば、相手のことをたくさん考えなさい。その黒い果実は、いつか実を結ぶから』

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