第25話 堕ちた勇者と呪い学校・実技とキマイラ


二位はすなわちドベである。


(キマイラの日記)



「……さて皆さん、この長きに渡る呪い学校編もいよいよ佳境となりました。おそらく禁忌っぽい力に手を出したキマイラ三兄弟の蛇若。未だに決着がつかない獅子若とレオナ。本来の目的もなんのその、波乱の学校生活の明日はどっちだ!!」

すると司会はマイクをポトッと落とし、しばらく無言ののち、長い長いため息を付いて

「つかマジでなげーんだよ!!!文字数およそ一万六千!一つのエピソードにいつまでかける気だァ!?」

んなこと言っても仕方ないので、実技授業のターンである。

三階。今、レオナたちは呪防術を学んでいる。呪防術とはその名の通り呪いを防ぐ術、もっと具体的に言うと呪いから身を守る力のことだ。そして呪防術を鍛えるには、トロイの木馬(ミニサイズ)に囲まれたスクエアの中心で精神を集中させるのが一番の方法らしい。

「時間はかかるが、このスタイルは最もリスクが少ないでおじゃる」

教師、牛麻呂がこう言った。地道な修行である。

「この陣形から力を得るのでおじゃる」

「なんか森林浴みたいですね」

「まあ理屈は似たようなものでおじゃる」

呪防術の授業は数日に渡って行われた。やることは初日から同じだった。スクエアの中心に座り、目を閉じて、集中する。この行為を順番で何度も繰り返す。ソロはたまに寝ていた。獅子若は音を上げそうになっていた。レオナは勇者時代の滝行を思い出した。ジェリーはずっとサボっていた。

「集中した後の本は脳に染みるぜ……」

放課後の図書室で、感慨深そうにレオナはページをめくる。ソロも次々と新しい本を読んでいる。

「けど……」

レオナは心配そうに呟いた。

図書室には蛇若がいない。呪防術の授業が始まってからずっとそうだった。放課後はまっさきに下校しているようだ。

「もしかして獅子若と何かあったのか……?」

レオナは首を傾げる。最近の蛇若はとにかく一人でいることが多い。以前は金魚の糞のように兄の後ろに隠れていた彼だったが、一体どういう心境の変化なのか。

レオナはソロに視線を送る。

「きっと、ここの本に飽きたんだリン」

存外ひんやりとした声だったので、レオナはびっくりして手を止める。

まさか。図書室には、少なくとも千冊の本がある。まさか蛇若はその全ての本を読んだとでも言うのだろうか。

しかしソロを見るとあり得ない話ではなかった。この図書室で、気がついたら別の本を読んでいるという光景をレオナは山ほど見てきたのだ。ひょっとしたらあの二人は信じられないくらい頭が良いのかもしれない。

レオナは無言で今読んでる本を抱きしめる。ああ、自分はこれが限界なのだ。おれはソロや蛇若と違って狭い世界しか見えてない。だから蛇若どころかソロのことすらよく分からないのだ。

レオナは帰りに眠ったソロを連れて購買部に寄る。

肉まんがなかった。

仕方ないので悩み抜いた末、フランスパンを買って齧り付く。

「アイツら、あんなカタいモン食ってたのか……」

ホテルに帰ると、ベッドの上には彼がいた。

「で、木馬ちゃんの乗り心地はどうよ」

レオナはため息をつく。ジェリーはこの頃ずっと学校をサボっている。蛇若とは別の意味で心配だ。

「お前、先生に怒られたりしないのか?」

「ぜーんぜん?完っっっ璧に放置されてんぜ。きっと俺様が怖いんだ!アハハハハハ」

レオナは呆れてものが言えず、ジェリーが寝転がっているベッドにそっと腰掛けた。

「それはそうと勇者様、アンタ最近楽しそうだな」

えっ?とレオナは驚くが、少し照れくさそうにしながら

「そりゃあ、学校では初めて見るものがたくさんあるからな……。呪いの勉強とか、たくさんの本とかAIロボットとか」

「ふーん。ホントにそれだけか?」

「………?」

レオナには分からない。翌日、彼とソロは学校へ向かう。

呪い学校の実技のテストは、一度だけである。

実技は呪いを解く授業、呪いを防ぐ(力を蓄える)授業、そして呪いをかける授業が行なわれ、最後にまとめてテストをするものらしい。

「呪いをかける授業?誰を呪い殺すんだ?」

なんてジェリーは言ってきたが、レオナたちが習うのは簡単な呪いである。

「ここで学ぶのは二つ。施錠の呪い、そして金縛りの呪いでおじゃる」

三階の別の教室、通常『理科室』で牛麻呂はこう言った。施錠の呪いは見たことがある。言葉通りの呪いだ。

「金縛りの呪いも言葉通りでおじゃる」

呪いをかける授業は淡々と進む。施錠の呪いは水からなり、金縛りの呪いは根からなる。初歩の呪いは何事も自然の力を借りるものらしい。

「呪い学校の目的は呪いそのものを学ぶ為だけではない。呪いを通じて、自然を感じ取る力や思考力を養う。それが校長の理念でおじゃる」

牛麻呂はそう言うが、パンフレットにはそんなこと一回も書かれていないのである。が、そもそもパンフレットには学校の住所くらいしか書かれていなかった。

「明日はいよいよ実技のテストだ」

「へー」

レオナとソロは、ホテルで復習に励む。ジェリーは鬱陶しそうにしていた。

「Q=pt、v=v0+at、p=ρhg、F=ρvg!!」

「a₀=5.291 772 109 03(80)×10−¹¹!!」

「だからそれ呪いの勉強じゃねーだろ!!」

ちなみに夕食は購買部で買ったハード系パンだった。最近は朝も昼も夜もパンばかりだが、誰も気にしない。

翌日、二人は登校中に

「そういえば……実技のテストって何するんだ?」

「分からないリン。でも僕、頑張るリン」

「ああ……!」

レオナは両拳を握る。ソロはひょっとして実技テスト一位を狙っているのだろうか。もしそうだったら応援したい。

「おれも、ドベは避けたいしな……!」

というか獅子若には出来れば勝ちたかった。そんな消極的な願望を胸に秘めながら今日も不気味な校舎の扉を開く。

「誰もいないな」

三階の教室にたどり着いたレオナとソロはキョロキョロと周囲を見渡す。テストの会場はここ、実技の教室だ。

窓を覆う黒いカーテン、天井から吊るされた人形たち、その他たくさんの小道具。

ポタ、ガチャン。背後から不穏な音がした。

「なんだ?まるで鍵がかかったような……鍵がかかってる!?」

レオナは教室の扉を開けようとするが、扉は石のように堅く、動かない。

「兄さん、どうしたの?」

「閉じ込められた!“施錠の呪い”だ!」

レオナは舌打ちする。誰の仕業だ?いやそんなことはどうでもいい。レオナは迷いなく拳を握り、扉を壊そうとするが

「ダメダメ」

聞き覚えのある声がした。レオナは振り返ると同時に、別の呪いが発動する。

「………!!!」

身体が動かない。

「か、金縛り……?」

「兄さん!!」

やっとのことで口を動かすレオナにソロが駆けつける。レオナはソロに手を伸ばそうとするが、指先ひとつ動かない。

「チッ。そっちの“つぼ”は外しちまったか。まあいい……」

完全に姿を表した男、獅子若はガハハと笑い

「ザマぁ見ろ優等生!これで一番はオレだ!」

「お前……!」

立ったまま硬直するレオナに獅子若は唾を飛ばす。

「汚いリン!二重の意味で」

「というか獅子若、お前どういうつもりなんだ。正々堂々テストで勝負するんじゃかったのか!」

レオナが叫ぶと、獅子若は忌々しそうに舌打ちしてから

「うるさーい!キマイラは一番が一番偉いんだ!だからこれもへび……じゃなくて!とにかくオマエは今からボコボコにしてやる!」

「ちゃんとテスト受けろ」

「黙れ!あ、でもその前に……!」

カーテンの中から、ゆらゆらと蛇若が現れる。獅子若はクククと笑って

「実践だ。弟がオマエに最高のモノを見せてやる」

「やめるリン蛇若!!」

ソロが前に立つ。彼はレオナを庇うように

「金縛りの呪いを解くんだ!」

「……………」

蛇若は

「イヤだ」

「!?」

喋った。レオナとソロは衝撃のあまり動揺する。そして、その隙をついた獅子若は蓋を開けた缶コーヒーの中身をレオナにぶっかける。

「あっつ!!」

「おおっと、うっかりホットの方を買ってしまったようだ。まあいい。これで呪いの舞台は整った!」

「呪い!?」

「そうだ!この呪いはそんじょそこらのザコ呪いじゃねえ!コーヒーを触媒に発動する、禁術中の禁術だ!」

蛇若がコクンとうなづいた。

「禁術?なんだそれは」

「一般公開されてない呪いのことリン。きっと蛇若はそれに手を染めてしまったんだリン!」

「なんだって!?」

確かに蛇若はここ最近様子がおかしかった(気がする)。しかし禁術とは悪いものだと授業で聞いた。なのにそれを使うなんて、よほど深刻な理由があるに違いない。

レオナは苦しそうに

「蛇若、おれに何の呪いをかけたんだ!」

「ふふふ……それはなあ優等生……!」

獅子若は何故かピースしながら

「それは次回のお楽し―――」

「三時間後に死ヌ」

「えっ?」

ハミングする三人の声。獅子若が不服そうに振り返るが、蛇若はまるで気にせず

「オマエは三時間後に死ヌんだ。レオナ」

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