第26話 堕ちた勇者と呪い学校・死線とキマイラ

力あるものは力を求め

財あるものは財を守り

知あるものは他の知を潰す


(なんかのことわざ)



三時間後に死ぬ。そう告げられたレオナはゴホゴホと咳き込んだ。

「なん、だと……!?うっ!!」

獅子若にどつかれて少々無茶な体勢で倒れる。もちろん、金縛りの呪いのせいで動けない。

呪いをかけた蛇若は、冷徹に彼らを見下しながら

「そうだレオナ……オマエはもうじき死ヌ!」

「残念だったな優等生!ちなみに窓にも呪いをかけてあるから、開けようたって無駄だぜい」

「なぜだ……」

レオナは蛇若を見上げ、苦しそうに表情を変える。何故だ。何故、こんな卑劣な真似をする。蛇若はレオナの悲痛な声に応えるように、一拍おいてから

「それは……」

「兄さん、呪いを解くのが先リン!」

ソロがピョンピョンと逃げ回りながら叫ぶ。レオナが動けない以上、ソロはなにがなんでも獅子若に捕まってはいけないからだ。

獅子若は笑いながら

「おいおい無茶言うなよ。こんなの素人が解けるわけねえだろう?」

相手に呪いをかける方法が様々なように、呪いの解き方もまた様々である。レオナもソロも、教室で習っていない呪いの解き方など知りようがない。

「蛇若の呪いは特別なんだ。あの偉大な……ええと、ナントカ博士が生み出した最上級の呪いなんだからな!確か解き方は……」

蛇若に小突かれて獅子若はオットいけねえと口をつぐむ。そのまるで答えを知っていそうな口ぶりにソロは激昂して

「こうなったら無理やり聞き出してやるリン!」

「どうやって!?そのちんちくりんな身体で何が出来る!?」

「そ、ソロ……」

レオナの皮膚がぴりぴりと痺れる。しかし、動かすことは叶わない。

「…………」

そのいっぽう蛇若は逃げ回るソロを目で追いかける。二人がかりでも捕まえるのは難しいだろう。獅子若はパワーだけで小回りが効かないし、腕は伸ばせるが握力が犠牲になる。それにあのつぼはどんな手段を隠し持っているか分からない。

かといって、何もしないわけにはいかなかった。レオナが死ぬまであと二時間以上もあるのだ。蛇若はコーヒーの缶をソロに投げつける。ソロはそれを避けるが、隙が出来る。

「もらった!」

獅子若がニョニョニョニョと腕を伸ばす。縮む距離、あと少しで捕まる……!という場面でソロは

「ええい!」

「ぐえー!」

吊るされた人形にキック(?)をして獅子若の顔面にぶつける。そして人形を吊るす糸を、獅子若の長い腕に絡めはじめた。

「こ、こんなもの……うおお!」

更にマネキンが落ちてきた。

「いやあぶねーよ!オマエこそ殺人罪に問われるわ!」

獅子若が頭から血を流しながら抗議するが、ソロは構っているヒマがない。

「悪アガキ、だ……」

蛇若が舌打ちする。ソロはただ逃げ回っているのではない。この実技教室には人形、カーテン、マネキン人形、目覚まし時計など、様々な物が置いてある。そしてそのどれかは呪いを解くヒントかもしれないので、ソロはそれを探しているのだろう。

「馬鹿メ……」

呪いを解く都合の良いアイテムなどこの部屋には存在しない。蛇若はイライラしていた。計画は上手くいった。レオナは間もなく死ぬだろう。ほぼ計画通りに進んでいる。なのに蛇若の心は全く穏やかではなかった。不安すらあった。

「あったリン!」

「!?」

ソロの高い声に二人のキマイラはギョッとする。

「兄さん、これで呪いを解くリン!」

「馬鹿な!こんなショボい品物たちであの呪いが解けるもんか!」 

未だ腕が絡まった獅子若が叫ぶが、ソロは「うるさい!」と言わんばかりに獅子若を睨む。

レオナは両目を見開いた。ソロの体当たりで彼の眼の前に現れたのは

「マネキン人形!?」

別のマネキン人形、それも、両手両足のあるマネキン人形であった。

「いや当たる当たる」

「ごめん耐えて兄さん!」

強化プラスチックがズシンと大きな音をたてる。マネキンの両腕がレオナの背中にぶつかった。

「………」

「フン、なんのつもりだ!ただのマネキンが何をしてくれる!そんなものでこの伝説の呪いを解こうなど……」

ここまで言って、獅子若は絶句した。

「な………!」

目の前でレオナが立っていた。右手を握ったり開いたりして、おれは自由に動けるぞとアピールしている。

「な、何故だ……!」

「おいおい、自分がかけた呪いを忘れちまったのか?」

ゴホゴホと咳をしながらレオナは笑う。

「さっきソロが解いたのは“三時間後に死ぬ呪い”じゃねえ……金縛りの呪いだ!」

「あっ!」

獅子若はそうだった、という顔をした。

金縛りの呪いは、植物の根を触媒に発動する初級の呪いだ。

「おおかた刻んだ根っこを床に仕込んでいたんだろうが……。呪いの解き方は知ってるよな?」

「ま、まさか……」

「それは手だ!根を大地から引き離す手を添えることで、肉体はこの呪いから解放される!」

授業で教えられたことをレオナは堂々と言い放つ。マネキンの手によって、彼は金縛りの呪いを解かれたのだ。 

「クソー!!」

獅子若は地団駄を踏む。死ぬ呪いはそのままだがレオナは自由の身になった。これでは計画が失敗する……かどうかは分からないが、今から何をされるか分からない。

蛇若は顔を伏せる。もう打つ手はない、という顔だ。

「まさかマネキンでも良かったなんて!」

獅子若が吠える。

「しかしまだだ!まだだ優等生!!まだオレたちは負けていない!こっからテメェを逃がすわけにはいかねえ!はぁあああぁぁ!!」

突如、獅子若の全身から謎のオーラが溢れ出した。オーラは一瞬にして絡まった糸を引きちぎり、腕の長さを元通りにして

「オマエとは最初からこうしておけば良かったなあ!!」

王道のファイティングポーズを取る。

「力比べだレオナ!!オレに勝ったら部屋から出してやる!!」

「ああ、獅子若!!!!」

レオナも構える。彼が死ぬまであとニ時間くらいだった。力と力の一騎打ちである。

「うおおおおおおおおっ!!」

二人の男の咆哮。お互いの拳が、顔面にめり込む。数秒の無音の時間。

「……………グハッ」

先に獅子若が倒れる。完全に気絶していた。

「………重い一発だったぜ」

拳で血を拭ったレオナは残った蛇若を見る。あとは彼から呪いを解く方法を聞き出すだけだ。

「………教えてもらおうか」

ふらふらと歩きながらレオナは彼を睨む。元凶の男、蛇若は顔を伏せた。彼は歯ぎしりして、さも悔しそうに

「復讐………」

「は?」

「キマイラは一番デなければナラナイ……!!二位などドベと同じ……!財宝を失った山羊若も、オマエに負けた獅子若もみんなドベ、ドベ、ドベ……!!」

そう叫ぶ蛇若の声には憎しみがこもっていた。

「オレも一位でなければ生キテル価値ナシ!!だから頑張った……ナノニ!!!」

蛇若は寝ているソロの方を向いた。

「コイツが……コイツがオレを狂わせた……!!コイツがいたら、オレはいつか転落する……ドベになる。近い内に……父に勘当サレル!!」

蛇若は恐怖に支配されたかのように頭を振り回して

「許せない……!だからセメテ、死ぬよりも……」

そこまで言った蛇若の動きがピタリと止まる。すると彼はまるで糸が切れたように倒れ込んだ。

「へ、蛇若!」

レオナは蛇若の身体をさするが、彼は目を覚まさない。

「なんだ、呪いの使いすぎか?ってオイ!お前がいないとおれはどうなるんだ!!」

「スヤ………兄さんっ!!」

起きたソロが駆けつける。レオナはたいそう焦りながら

「おい、蛇若のやつ勝手に気絶しちまったぞ」

「大丈夫リン!今から壁を破壊して先生を探せばっ……!」

ソロは声を荒げる。教師である牛麻呂ならこの呪いを解く方法を知っているかもしれないと踏んだのだ。

「分かった。今からあ、あれ……?」

しかし力が抜けたようにレオナはバタッと倒れる。

「に、兄さん!?どうしたの!?」

「わ、分かんねえ……。獅子若のパンチが思ったより効いたのかも……」

「だ、だめ!立ってよ兄さん!この部屋にあるものじゃ施錠の呪いは解けないんだ!兄さんがいないとここから出られないんだよ!」

「…………」

レオナは細い息を吐いた。脳が熱い。全身をじりじりと蝕まれる、懐かしい感覚がした。

「なあ、ソロ……」

おれは死ぬのか?レオナは声に出さずに聞いた。

なあソロ、命をかけてステルス魔法陣を突破したおれの人生は、こんなところで終わっちまうのか?呪いをきっかけに旅に出たおれは、別の呪いのせいで死んでしまうのか?耳を澄ますと、ヒューヒューヒューヒューと心臓の音が聞こえてくる。レオナは覚る。ああ今度こそ終わりかな。竹馬の時と違って、これまでの人生を考える余裕はあった。

平凡な農民の一人息子として生まれたおれ。幼い頃に両親を亡くし、全財産を失い、働きながら、いつの間にか勇者になっていたおれ。悪魔になって、色々あって、ふもとの村を飛び出したおれ……。

良い人生だった気がする。悔いはない、と思う。おれは確かに生きていた。後悔はない。おれには何もなかった。おれという人間は、きっと誰よりも幸せだったのだろう。

「けど、せめて最期に………」

レオナはゆっくりと目を開く。そして、ソロに聞こえる声で

「最期にジェリーの顔、見たかったな……」

彼は泣いていた。その瞳は最早ソロを見つめてはいない。レオナはいま、彼自身の思い出と向き合っている。

「あいつ、今どこで何してるんだろう」

未来のない男は過去に縋るしかない。レオナは記憶の中から、意識の世界にいる彼を抱きしめながら

「なあソロ……もしジェリーに会ったら代わりに伝えてくれないか?おれは……」

「駄目っ」

ソロは慌ててレオナの口を塞ぐ。

「駄目だよ兄さん!兄さんが死ぬなんて、そんなの許さない!」

「だったらどうする……」

遺言を断たれたレオナは「さっさと楽にしてくれ」と言わんばかりに苦い顔をする。するとソロは泣きそうな声で

「僕が呪いを解く方法を探す」

「………!」

“三時間後に死ぬ呪い”は金縛りや施錠とは違う、未知の呪いである。当然それを解く方法なんて二人は知らない。

が、知らないからこそ探すのだ。ソロはそう言った。

「フフ……分かった。頼んだぜ、ソロ」

レオナはふっと安心したように、未来を信じて目を閉じる。


次回、『堕ちた勇者と呪い学校、解呪とキマイラ』!

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