第27話 堕ちた勇者と呪い学校・解呪とキマイラ

その呪いは、なによりも気持ちが大事です



(確実に呪いたい大切な貴方に 著:カンクワット博士)



「よーっす。前回は元金ヅルが呪いを解くとかなんとか宣言した所で終わったぜ。呪いを解く方法はいちおう伏線張ってるから、続きを読む前に探してみてくれよなっ!なーんてねアハハハハハ!」

そう言ってジェリーはさて、と咳払いしてから

「つーことで、テメーはしばらくそのままだ」

教室のロッカーをバタンと閉じる。

すぐ上の階には、レオナたちがいる。

「待ってて兄さん、すぐ元気にするから……!」

四人の中で唯一無事なソロは教室に置いてあるものを物色する。毛糸。布製の人形、南京錠、カーテン、マネキン人形、トロイの木馬、ステッキ、カメラ、金の銅像。

「………………」

品物を見ながらソロは考える。さきほどの金縛りの呪いはマネキン人形で解いた。なので三時間後に死ぬ呪いも、アイテムで解くのが正解かもしれない。

「ええと……兄さんは確かあの時……」

ソロは思い出す。金縛りの呪いには植物の根が必要だ。また施錠の呪いには水がいる。そして金縛りの呪いを解くのは手、施錠の呪いを解くのは葉っぱである。

「そうだ、兄さんはコーヒーを……!」

三時間後に死ぬ呪いはコーヒーを触媒にしていた。根っこを大地から解放するのが手であり水を吸い込むのが葉っぱの特性だが、コーヒーはどうだろう。

ソロは物と物の山をかき分ける。そして

「これだ!」

古いカメラを取り出して運ぶ。そのカメラには説明書がついていた。

「本に書いてたリン……!カフェインを中和するには水やマグネシウム、カリウムが効果的だって……!」

そのカメラはマグネシウム合金で出来ていた。マグネシウム合金は、軽量さがウリである。

「兄さん!」

ソロはレオナの身体にカメラをぶつける。レオナは軽く「いたっ」とリアクションをするが、呪いが解けたようには見えない。

「………」

マグネシウムだけでは足りない。そう判断したソロは他のアイテムを探す。

「もう、ここが理科室だったら良かったのに……!」

しかしないものに焦がれているヒマはない。ソロは全身でカーテンをめくった。それから、つぼの底でマネキンを蹴った。

ガシャン!マネキンの頭部の衝撃で窓ガラスが割れる。死んだ目をしたマネキンの頭部が、窓の外にある。

「ハァ、ハァ」

ソロは惜しむように窓の外を見る。もし自分が人間なら、窓から外に出られるかもしれないのに。レオナを確実に助けられるかもしれないのに。

「ハァ、ハァ……」

しかし余計なことを考えてるヒマはない。ソロは床に散ったガラスの破片を運ぶ。そしてカメラと同じように、窓ガラスの破片をレオナの肉体の上に乗せた。

「ハァ……ハァ……」

この学校の窓ガラスには酸化カリウムが使われている。牛麻呂がふとこぼしたのを聞いたことがあった。

マグネシウムのカメラとカリウムのガラス。これでカフェインを中和してくれないだろうか。

しかしレオナは起きない。手の指をぴくぴくと動かしているが、身体を起こすのは出来そうになかった。

まだ呪いは解けていない。

この部屋には時計がないのでタイムリミットすら分からない。ソロは焦りで胸がいっぱいになるが、そんなものはマヤカシだと一蹴する。

まだだ、きっとまだ何かが足りないのだ。じゃあ何が足りないのだろう。ソロは記憶の中をさぐる。

「………何の音?」

窓の方を見る。ポツポツと、雨が降り出していた。剥き出しのマネキンの頭が濡れ始めている。

ソロはマネキンの首の上に飛び乗って、つぼの口を傾けた。ここは三階なので地面が見える。落ちたらひとたまりもないな、と冷静に考えながらソロはじっとする。

「えいっ」

そして溜まった雨水をレオナにぶっかける。呪いに侵されている身体は濡れ、それからまたソロはマネキンの首に乗り、雨水をひたすら溜めてレオナにぶっかける。

「カフェインの中和にはこれが一番なんだ。兄さん、早く元気になって……」

ソロはレオナの口にちょろちょろと雨水を注ぐ。雨の勢いは激しさを増す。おかげで水が溜まりやすくなった。ソロはフラフラと雨水を運びながら、何度もレオナの名前を呼ぶ。

「ハァ、ハァッ……!」

もう何時間たっただろう。ソロはレオナに身を寄せる、まだ呼吸している。彼は生きている。けど呪いから解放されたわけではない。ソロは水を溜める、水を与える。たまにカメラとガラスの破片を触らせる。水を溜める、水を与える。カフェインを、呪いを身体から追い出そうとする。

「兄さん……」

ボーンボーンと鐘の音がする。何回もその行為を繰り返した後、ソロは力尽きたように立ち尽くす。

それから、何分たっただろう。

「……………?」

広い教室の中で、一人の男が目を覚ます。その男は小さな翼と馬のような蹄、ふわふわの尻尾に人間の顔、そして蔦のような腕を持っていた。

叩きつけるような雨の音に気がついた男は窓の方を見る。すると

「…………!」

窓ガラスをぶち破るマネキンの頭の上に、彼がいた。雨に当たったせいか、その小さな身体がふらふらと揺れる。

「アブナいっ……!」

男はとっさに走り出して短い腕を伸ばす。彼は兄と違い腕を伸縮させるのが苦手だった。また羽が極端に弱いので空を飛ぶことが出来ない。普通の人間と変わらなかった。

ガタン、両膝が壁にぶつかる。男は心臓をバクバクと震わせながら、手のひらの感覚を確かめる。

ある。そのつぼは確かに彼の手の平にあった。瑠璃色ですらりとしたつぼ、男はそれを手に持ったまま、慎重に後ろ歩きをする。

「…………コイツだけは」

マネキンの足に気をつけながら、男は自分に言い聞かせるように言葉をつむぐ。

「コイツだけは、ぜったい死なせない」

安全圏に来たところで、男は力が抜けたように尻餅をつく。

「ハァ、ハァ……」

つぼを床の上に置いてゴロンと転がす。男は、つぼがぶつかった身体をじっと見つめて

「死ナバ諸共、だ……」

と言って再び気絶する。

とっくに鳴り止んだ鐘の音。降り続ける雨。意識を手放した三人の男の静かな呼吸音。

「………………」

男は無言で上半身を起こした。彼はしばらくぼうっとしていたが、やがて意識をハッキリさせると、傷ついた手で大切なものをそっと抱き寄せた。

「おれは生きてる……」



「で、実技テストが一日ズレたと」

二階の教室でジェリーがバゲットを食む。

「ああ。先生も急病かなんかで遅れて来たからな」

すっかり治ったレオナが肉まんを頬張る。

「おれらは軽い喧嘩だって嘘ついて、テストは翌日に延期になった」

「ハハ、死にかけた奴がよく言うー」

ジェリーはバゲットを飲み込んでから後ろの机に身を乗り出し、レオナの頭を乱暴に撫でる。

「いたっ、なにすんだ」

「今回も金ヅルつぼに助けてもらったんだろ?イヤァ、まさかアンタが狙われるとは思ってなかったぜ」

「あ?何のことだ?」

「それよりどうだったんだ実技テストは。もう終わったんだろ?」

「え、ああ、それはな……」

ジェリーの手を跳ね除けたレオナは、少し照れくさそうに、しかしやや勿体ぶって

「獅子若に勝った」

「おおー、マジかよ!」

「ああ!ギリギリだったけどな」

運が良かっただけかもしれねえ、とレオナは苦笑いするが、とにかく勝ちは勝ちである。ちなみにドベは当然ジェリーである。

「良かったな勇者様〜。これであの脳筋に何でも言うこと聞かせられるぜ〜」

そういえばそんな約束したっけ。レオナは思い出したように後ろを向くと、獅子若が普通に一人で座っている。

「………」

「オイ、今の話聞いてただろ?だったら話は早えよナァ?」

テストを受けてすらいないジェリーがわざとらしい声を出す。獅子若は一瞬身体を震わせたが、やがて腹をくくったのか

「………チッ、しょうがねえ。結果は結果だ。こないだのこともあるしな……」

そう言ってレオナの前に跪いた。煮るなり焼くなり好きにしてくれ、と言わんばかりの表情とポーズである。

レオナは少し困ったように助けを求める。

「おいジェリー、どうするんだこれ」

「ハァ?足でも舐めさせたら良いんじゃネェの」

なんにも良くない。

「ケドそうでもしないと示しつかないぜ?」

「いやなんの示しだよ……」

「オイオマエら。早く決めてくれよ」

「じゃァ両足で。指の間も忘れんなよ、丁寧にな」

「分かった両足だな!」

「コラー!」

靴を脱がされそうになるレオナが泣きながら怒る。

その頃、図書室では。

「……………」

二人の男が、無言で背中を合わせている。一人はキマイラで、そしてもう一人はつぼだった。

「オレは、オマエが憎かった……」

キマイラの方の男が枯れた声でそう言った。するともう片方は「知ってる」と前置きしてから

「ペーパーテストの夜に聞いたリン」

「そうか兄貴をツけてたのか……。悪趣味なヤツ」

男は自嘲するように肩を揺らしてから

「そう、オレはオマエが憎くてしょうがなかった。親父がよく言っていたんだ。一番じゃないヤツは生きてはいけない、と……。オレらは親父の言いつけを守るために必死だった」

しかし次男の山羊若はそんな父に反発して出ていった、と蛇若は語る。

「オレ、親父にガッカリされたくなかった。兄貴にも認めて欲しかった。だから努力した。“一番賢い”男になりたかった。ケド……」

蛇若はソロをチラリと見て

「ソロ、オマエのせいで……」

「それで復讐を?」

「アァ。オレは焦っていた。このままじゃオレは一番じゃなくなる。オレは死ぬんだ。だからせめて」

蛇若は顔を伏せる。

「せめて死ぬ前に、レオナを殺したかった……。恋にも破れ、何もないオレは、せめてオマエの一番大切なものを奪ってやりたかった」

「恋って?」

「アッそれは忘れろ。なァソロ、オレを恨んでいるか………?」

「…………」

ソロは少しうーんと考えて

「恨んでないリン。兄さんは生きてる。もう終わったことリン」

「偽善者め……」

「それに蛇若、僕を恨む理由は本当にそれだけ?」

「!…………サァな」

蛇若は認めたくなかった。今回の犯行は、あくまで父からの勘当、蛇若にとっての死への恐れから発生した、ということにしておきたかった。

ソロはもじもじしながら

「僕、蛇若のことは良い好敵手だと思ってたリン」

「オレは、オマエを死ぬよりツラい目に遭わせてやりたかった」

「僕は……」

ソロはいつもレオナにそうするように、蛇若にぴったりと身を寄せて

「僕は、蛇若に死んでほしくないリン」

「…………」

「勝手に死んだら許さない」

「……………………」

蛇若は口を開けては閉じるを繰り返す。いくら考えても上手い返答が思いつかなかった。彼には友達など、いたことがないのだ。

沈黙を破るように、図書室の扉がガラガラと開かれた。

「あー、危なかった」

レオナがゲッソリした顔で椅子に座る。

「兄さん、どうしたの?」

「もうすぐ卒業だから、今のうちにたくさん読んでおきたくてな」

そう言ってレオナは本棚を眺めて書を手に取るが、少し寂しそうに

「こんなにたくさん本があるのに、おれは半分も読めなかったな」

「………ソウいう、モンだ」

蛇若がそっと言葉を添える。至福の時を過ごせるのも、あと少しである。

下校時間になったので蛇若は校舎の前で待っていた獅子若と一緒に帰った。レオナと獅子若は少し気まずそうにしていたので、蛇若とソロは不思議そうに顔を見合わせた。

「おれたちも帰るか。ジェリーがホテルで待ってる」

ソロが元気よく返事する。

しかしジェリーはまだ校舎にいたのである。

最上階。呪われた階段と金のドアノブの先。そこにあるのは壁に置かれた本棚に大きな机、散らかった書類の山。

そこにいるのは成績最下位の男。そして

「やぁやぁ校長センセ」

ジェリーはにこやかに挨拶した。彼の視線の先には、椅子に座る年老いた男がいる。

「次回、呪い学校編最終回!イエーイ!」

「……………」

「なんか喋れよ!」

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