第28話 堕ちた勇者と呪い学校・ジェリーVS校長
(キマイラの日記。白紙)
校長室に、二人の男がいる。一人は黒いスーツに橙の頭巾をした老人。そしてもう一人は白い髮をなびかせる身体の細い少年。
「始めまして、ミツヒデ校長」
そう言って彼は乱暴に本を放り投げる。それは青い表紙の本で、タイトルは『確実に呪いたい大切な貴方に』。
「それ、返すから。“三時間後に死ぬ呪い”。正直あまり面白くなかったぜ」
ジェリーは知っていた。この本の内容も、この本に書かれている呪いがどのように使われたのかも。
校長は無言のままだが、わずかに表情を変える。ジェリーはそれに気がついて
「ん〜?何の用かって?ンなの勿論……」
「師父!」
扉が開かれた。牛麻呂が険しい表情をしながら校長室に入ってきた。対照的に、ジェリーはヘラヘラしながら
「よ、センセ。ロッカーの入り心地はどうだった?」
「やはりそなたでおじゃるか!何故あんなことを……!」
「はは!そりゃあ俺様の世界に喧嘩を止める仲裁人なんざ必要ないからに決まってんだろ」
「…………!」
牛麻呂はあの日、生徒同士でなんらかのいさかいがあったことを知っている。しかし詳しいことは何一つ分かっていなかった。割れた窓ガラスや壊れたマネキン人形など、現場はそこそこ悲惨だったが四人の生徒は誤魔化すばかりだった。
「って、俺の目的はそっちじゃねーんだ。なあ校長先生、俺様は知ってんだぜ?オメーの秘密をな」
ジェリーは校長の元に歩を進める。牛麻呂が金縛りの呪いで止めようとするが効果はなく、ジェリーは机の前に立つ。
「校長、レオナっつう生徒に呪いをかけたのはアンタなんだろ?」
「……ん」
校長が喋った。口の動きからして、肯定の意味らしかった。
「呪い……?」
牛麻呂には話の筋が全く分からなかった。するとジェリーは少し面倒そうに
「校長センセの前科だよ。“人を悪魔にする呪い”……。この俺様ですらいまいちカラクリが分かんねえ超厄介なシロモノだが、お偉いオメーさんなら知ってるよな?」
「……………その通り」
見た目に違わぬ低い声がした。牛麻呂はペタンと床に座り込むが、校長は構わず続ける。
「あの生徒に呪いをかけたのは確かに私だ。しかしあれは親友に頼まれて、彼の助手という形で行ったものだ……。私自身は、呪いを解く方法すら知らない」
「フーン。その親友とやらに、良いように使われてたんだな」
「…………」
校長は後悔するように顔を伏せる。ジェリーは彼の頭部をパンと叩いてから
「どうやらテメーを殺せば呪いは解ける………ってわけでもなさそうだな。オッサン命拾いしたなあ!」
ハハハと彼は爆笑する。仮にそうでなくてもジェリーは校長を殺さないが、一応そう言っておくことにした。
「で、その親友サンはどこにいるんだ?」
「それは……」
「ど、こ、に、い、る、ん、だ?」
声に苛立ちを込め、机の上に乗ってドスを効かせる。
しかし校長は目を逸らして
「教えられない………彼の居場所を突き止めたところで、君らは返り討ちに遭うだけだ」
「ハア?俺様がヤラれるわけなくね?オラッさっさと教えろ」
ジェリーは細い足で机の上をドンドンと叩く。その行儀の悪すぎる行為に牛麻呂は別の意味で眉をしかめるが、だからといって介入は出来なかった。
「ちっ、しょうがない。だが約束してくれないか?居場所を知っても決して彼を“探さない”でくれ。呪いはより良い人生のための世界であり手段なんだ。無駄に命を散らせてはいけない」
「おいおい………ヒト一人の人生めちゃくちゃにしといてよく言うぜ……。ま、アイツが強くなるまでは放っといてやるよ」
ジェリーが耳を傾けると、校長はこしょこしょと居場所を教える。
「……これで良いだろう?」
「ああ」
「ついでで良いから教えてくれ。何故、私だと分かった?」
「………ンなもん、決まってんだろ」
ジェリーがハァとため息をついて
「テメーが呪いの専門家だからだ」
用のなくなったジェリーはそれじゃあ、と軽い調子で校長室から出ていった。
「師父………」
牛麻呂は複雑そうに顔を上げた。牛麻呂は校長を敬愛しているが、彼が生徒の一人であるレオナに呪いをかけたという過去を知らされた以上、穏やかではいられない。
「………彼らをあのままにして良いのでおじゃるか」
牛麻呂はフラフラと立ち上がり、まるで相手を問い詰めるように机の上に手を置く。すると校長は首を横に振って
「嗚呼……あの時は親友とはいえ、何も疑うことなく呪いの準備をした私が愚かだった。彼らにも知る権利くらいはあるだろう……」
それから校長は青い表紙の本に手を置いて、やれやれとでも言いたげに
「本当に、私の手には負えないな……。彼も、アイツも……」
雲一つない卒業式。実を言うと呪い学校には単位という概念がないので、ジェリーのような生徒も卒業は可能だった。式は牛麻呂が司会を努め、普段は姿を見せない校長が答辞を述べる。ちなみにジェリーはサボっていた。
購買部ではAIロボットが「卒業オメデトウございます」とお祝いしてくれた。レオナは照れ臭そうに笑いながら
「お前には、ずいぶんたくさん話をしたな」
「いやそんなシーン一つもなかったろ」
「あ、ジェリーいつの間に」
「オレもいるぞ!」
「獅子若っ」
隣には蛇若もいた。獅子若は視線を泳がせるが、すぐ決心したように目を合わせると
「オレたち、いったん故郷へ帰ろうと思うんだ」
「故郷へ?」
レオナが訊き返す。獅子若は神妙な顔をして
「帰って親父に会う。一度話し合ってみるよ」
「大丈夫なのか?」
獅子若はパワー勝負でレオナに負けたので一番ではなくなってしまった。そしたら父から勘当されるとかナントカ言ってた気がするのだが。
「ガハハ、このオレがそんなことで諦めると思ってるのか?な、蛇若っ!」
急に話を振られた蛇若もまた目を泳がせる。一瞬ジェリーと目が合いそうになったが彼はもう蛇若の方など見ていない。興味がないのだろう。
「…………」
救いを求めてソロに視線を移すがソロは寝ていた。仕方ないので、蛇若はしゃがんで
「……じゃあな」
こうして学びの日々は終わった。レオナたちは呪い学校という唯一無二の学び舎を去っていく。今日だけは不気味な看板も、彼らを祝福してるように見えた。
そしていつものホテルに戻り、荷物整理をしていると
「で、勇者様。次はどこに行くんだ」
するとレオナは自信たっぷりに
「西だ。ここからずっと西にある寺に、有名な解呪師がいる」
「はあ」
解呪師とは、言葉通りの意味である。レオナは彼の存在を図書室の本で知ったらしい。何故かピースをして
「これでも呪いを解く方法は真面目に調べてたからな」
「ホントかよ〜。つうかアンタ、グラサンは?」
「え?」
「サングラス。かけてないと悪魔だってバレるだろ」
レオナは慌てて顔をペタペタする。しかし顔には何もない。もう何日もこうだった気がする。
嫌な汗を流しながら
「………受付のAIロボが何とかしてくれたんだろ、多分」
「何をどうなんとかするんだよ!!」
ドタバタと喧嘩をしてると、ソロが目を覚ます。
「スヤ……兄さん。次はどこへ行くリン?」
「あー魔界だ、魔界」
「嘘つくな。ソロ、おはよう」
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