第12話 堕ちた勇者と捕物帖・実行編
無口な男がいた。男はいつも人から目をそらし、孤独に暮らしていた。男の慰めは人でなく物を見ることだった。ある日男は森に落ちていたつぼの中を探った。すると大量の金貨が滑り落ちた。男は驚きのあまり金貨を全て川に流してしまった。ふたたびつぼの中を探っても何も出てこない。結局、男の手の中に残ったのは小汚いつぼだけだった。
(街の笑い話、作者不明)
ジャリンジャリンと金貨があふれ出る。
手を突っ込むと金貨が現れる。それを取り出してまた突っ込む。そしたら金貨が現れる。その繰り返し。
「よくもまァそんなに出しやがる」
こういったシュールな光景をジェリーはひとり眺めていた。
「善人っぷりもここまでくると気味が悪ィ」
天使のつぼ、ソロを見下しながら言う。善人には金貨を施す天使のつぼだが、一人の人間にこれほどまでに与えるのは過去に例がなさそうである。
というかジェリーは未だ納得していない。このレオナが、金貨十枚に値する“善人”であることに。
「ぶっちゃけ八百長だろ?ホラ、正直に言え」
「八百長じゃないリン!レオナ兄さんは本当に善人だって、僕の心が囁いてるリン!」
「ゲッ、心なんてあやふやなモンで判断してんのか。ますます信用できねー」
「やめろジェリー。あとでおれの血をたっぷりやるから」
「ほら、お兄さんは善人だリン!自己犠牲のココロがあるリン!」
「自己犠牲=善人って…………。はあ、テメーの善悪の定義がおかしいことは分かった」
で、この金は何に使うんだ?とジェリーは金貨の一つを手に取る。
「これで人を雇う」
「ほーう、勇者が傭兵を使うのか!通常と立場逆転だな。おもしれえ……」
「街に住む高名な魔法使いや元冒険者の噂をソロたちに聞いてきた。今からリストアップするからジェリー、お前が彼らに話をつけてくれ」
「ン?アンタは行かないのかい」
「おれだと不審がられちまう。相手に『どうして貴方が戦わないのか』……なんて聞かれてみろ。困るだろ」
自分は悪魔なので教会には近付けない、だから犯人とは戦えない、などとはとても言えない。
「だからって人任せかよ」
言葉の反面、ジェリーは嬉しそうだった。
どんな力を持っているか分からない犯人に、街の人間をぶつけるレオナ………というシチュエーションに興奮しているのだ。ったく何が自己犠牲だ、レオナ本人は他人を犠牲にしようとしてるではないか。ジェリーは心の中でわらう。
そんな心も露知らず、レオナは傭兵のリストをジェリーに渡して
「いいか、絶対に報酬をケチるなよ!金貨の数は必ず公平に割って、断られた分は承諾した人の追加報酬にして渡すんだぞ」
「だー、うるせえ、うるせえ!」
ジェリーはソロを片手に街に向かっていった。
「やっぱアイツの方が金にガメついぜ……」
それからジェリーは街中をまわった。表向きの雇い主はソロの主人、あの雑貨屋ということになっていたので、話は比較的スムーズに進んだ。
ジェリーは『街の教会を救おう!』というスローガンを掲げながらリストを眺める。
「今回の俺様は働き過ぎだな……」
「なんだかんだでジェリーは優しいリン」
「は?」
「だって僕らに協力してくれてる」
ソロはニッコリと笑っている(おそらく)。ジェリーは忌々しそうに舌打ちして
「オメーと勇者様にタッグになられたら困るからだよ」
最強の腕力+無限金貨製造マシーンという組み合わせをジェリーは評価していた。金が無いのはレオナの弱点の一つだが、ソロの存在はそれを克服してしまっているのだ。
なのでジェリーは二人に従うしかない。せめてジェリーが金貨を出せたらまだマシなのだが、そんなことは地球が爆発しても不可能だろう。
「俺様は大金に弱い………!」
ジェリーが一人で嘆く。『金は稼ぐものではなく奪うもの』という信条も、ソロの無限製造っぷりの前には無力である。これは堕落の話である。
リストに書いてある人員に一通り声をかけ終わった二人は、いったん雑貨店で休むことにした。
客はいない。休日以外はそこまで賑わないらしく、それがまたのんびりした雰囲気を醸し出していた。ジェリーは店内の椅子に座る。しばらくして、ソロは少しもじもじしながら
「ジェリー。雑貨屋さんへの通訳、ありがとリン。あの人は僕の声が聞こえないから……」
「わざと無視してんだよ」
「ひ、ひどーい!」
ンナわけねえだろ、とジェリーは頰杖をつきながら、誰にも聞こえないくらい小さな声でこう言った。
「あれは、俺の声も聞こえてねェんだから……」
そして疲れた指をだらんと垂らす。筆談とは存外難しい。
その夜………怪しい人影が教会の扉を開く。
慣れたものだ。礼拝堂の中に、もはや目ぼしいものはない。
と思いきや……。
その人影は目を見開いた。目の前には綿々と続く金貨の道、そして、美しいつぼ。人の善悪を見分ける天使のつぼが置いてあったのだ。
人影はしばらく硬直した。金貨の道と天使のつぼ。この二つは距離が空いている。一度に両方入手することは出来なさそうだった。
「……………ギィ」
人影は悩むように硬直する。これがレオナの考えた作戦である。金目のものに弱そうな犯人の視界に、二つの財宝を用意する。離れた位置に置けば犯人はどちらを拾えば良いか迷うだろう。その隙を突くのだ。
人影はこれが罠だと気付いたが、すこし遅い。財宝を諦めて帰るのが最も効率的だが、それでも鉢合わせは避けられないだろう。
ニュニュニュニュ。犯人は両腕をいきなり蔓のように伸ばして、金貨と天使のつぼの両方を手に入れる。金貨は何枚か落としたが、それでも充分な多さだった。そして犯人は礼拝堂を真っ直ぐに駆け抜け、扉を開いて外に出る。すると
「待てえーい!盗っ人!」
声と共に何かが飛び、犯人の身体をかすめる。
矢じりである。
「ヤァヤァ我こそは伝説の弓取りカイドウなり!」
「私はS級レンジャーの面田!」
「僕は魔法使いミカエル」
「ワシは三賢者スンシャ・クリムゾン!」
「俺様は連絡係兼通訳」
それぞれが名乗りをあげる。
犯人はギャッと悲鳴を上げると、その大きな羽を広げ、教会の屋根へ飛び上がった。
「やっぱ空か」
ジェリーはニヤッとした。空は、二人が立てた仮説の一つだ。
「今までそうやって盗んでいたんだな。キマイラ!」
犯人は人間の顔、大きな羽、馬の蹄、尻尾。そして自在に伸び縮みする両腕を持っていた。ちなみにキマイラは悪魔ではないので教会には入りたい放題だ。
「ハハハッ、勇者様が死ぬほど羨ましがるな」
「ぎぎ、ギャ、ギャ」
キマイラは歯を剥き出しにして怒る。彼の右手には金貨十枚、左手には天使のつぼ。
ジェリーは少し困ったように上空を見つめる。金貨とソロ、まさか両方取られるとはね。
「伸びる腕は想定外だが……」
弓使いがキマイラの羽を狙って矢を放つ。しかしキマイラは右腕で羽をかばい、金貨を一枚落とす。
「ギャ………!」
「逃がすんじゃねえ!金ヅル……じゃねえ天使のつぼを取り戻しやがれ!」
ジェリーが傭兵たちに発破をかける。
「しかし天使のつぼに当たったらどうする!?」
レンジャーが苦しそうに言った。ジェリーは舌打ちして
「あーそうだな……つかアイツ、自分で動けるなら抵抗しろよ」
「あ……さっきまで寝てたリン」
「おせえー!!!」
地上にいる全員が突っ込んだ。
「そ、空!?こ、こ、怖いリン!」
事態を把握したソロはジタバタする。するとキマイラは腕の先端をつぼの口に突っ込んだ。細い腕が器にすっぽり嵌まる。
「なるほど、ああすることで落とさないようにしているのか」
銃を構えたレンジャーが感心する。
「ん?でも天使のつぼに手を入れると……」
天使のつぼは善人には金貨、悪人には臭い息を与えるという。
「キマイラは窃盗を繰り返すような畜生。ということは……」
弓使いがあごを撫でる。
「ギギャーーー!!」
キマイラは苦しそうに腕をぶんぶんと振り回す。鼻に届くほど強い匂いなのだろう。
じゃらん、キマイラは金貨を二枚落とす。
「ギギ……財宝。イラナイ……!」
あまりの臭さに耐えかねたのか、キマイラは乱暴につぼを上空に放り投げた。
「やべっ……」
この高さなら割れちまうと思った矢先、空いたキマイラの右腕がジェリーの喉元を狙う。
「ギャ、ギャーーー!」
「………!」
首元をひっ掴まれたジェリーは必死にもがくが、力が強くて離れない。そうだった、このキマイラはパイプオルガンを運ぶほどの力持ちなのだ。
「じっとして!」
背後から声が聞こえた。レンジャーと弓使いはそれぞれの武器でキマイラの羽を攻撃し、魔法使いと賢者は右腕めがけて火の玉を放つ。
「ギャーーー!!!」
キマイラは左腕をジェリーから離し、燃える右腕をバンバンと叩く。その衝撃で金貨が落ちる。
「ギャ、財宝……」
キマイラは吠える。金貨は残り六枚。更に落ちる。
「財宝が……!」
残り五枚。また落ちる。
「オレの、財宝が……!」
残り四枚。キマイラはそれを拾おうとするが、更に落とす。
「オレの財宝がーーーー!!」
キマイラは落下する。残り一枚の金貨を、必死で口の中に加えながら。
「今だ!」
隙だらけのキマイラを傭兵たちは一斉攻撃する。攻撃を正面から食らったキマイラは悲鳴を上げながら地面に激突した。
「金貨に目がくらんで地に堕ちるとは、哀れな奴」
ジェリーがキマイラをあざ笑う。
「ところで天使のつぼは?」
「あ」
運良くつぼは建物の突起に引っかかっていた。
「命拾いしたな」
「ほ、ホントだリン……」
すると彼らを凝視する双眼が、ギロリと動き
「ギギャーーー!」
キマイラの遠吠えに突起が壊れる。落下する天使のつぼ。今度こそ落ちる……!ジェリーは舌打ちするが
「ソローーーッ!!」
もう一つの人影が彼らを横切る。
「レオナ兄さん!!」
「!」
レオナは脚の筋肉に力を込め、全身全霊で飛び込んだ。教会の建物が、ほんの数センチ先にある。
「!!」
ジェリーと傭兵四人は固唾を呑む。
砂埃が去る。レオナはソロを無事キャッチしていた。ソロは泣きそうな声で
「に、兄さん。レオナ兄さん!どうしてリン!?兄さんは、教会に近付くと……」
「そんな顔をするな。ソロが無事で、良……」
そう言ってレオナは苦しそうに全身を震わせた。一瞬のうちに頭痛と寒気に襲われる。今すぐ教会から離れたいが身体が動かない。
どうすることも出来ないレオナの元に駆け寄ったジェリーが舌打ちをして
「ったく、最後は自己犠牲オチかよ。もう看病してやんねーぞ」
「別に、期待してない……」
ジェリーはソロを地面に降ろし、レオナの両腕を掴んで引きずろうとした。
「ほっほ」
少し離れた場所から、三賢者スンシャがその光景を見て笑う。
「名声に駆られるのも、金を欲するのも同じこと。若いもんには勉強になったろう」
しかしあの二人………とスンシャ・クリムゾンは興味深そうに顎を撫で
「本当に、若い頃のワシとばあさんにソックリだのう……」
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