第11話 堕ちた勇者と天使のつぼ・下


一つもらえりゃ もうけもの


二つもらえりゃ しあわせだ


三つもらえりゃ まんぞくか


四つもらえりゃ てがのびる


五つもらえりゃ ものたりず


六つもらえりゃ わざわいだ


七つもらえりゃ おしまいで


八つもらえりゃ どんぞこに


九つもらえりゃ おちるだけ


十つもらえりゃ …………………



「前回と前々回のあらすじだリン!僕はソロ!とある雑貨店でお世話になってるリン!実は最近教会で盗難が多発しているから強そうなお兄さんに助けを求めたリン!でもお兄さんは教会に近付いただけで倒れてしまったリン!果たして僕らは犯人を捕まえることが出来るのだろうか!?乞うご期待!」

「オイ、それは俺様の役目だぞ金ヅルつぼ」

「あっ、悪魔だリン!!」

しかし悪魔はそっちではなく、お兄さんの方なのであった。

「レオナお兄さん、悪魔なの……?」

木々が生い茂る人気のない場所。昏倒して発熱しているレオナの姿を、ソロは心配そうに見つめている。

「し、知らなかったんだ……」

レオナはマントの上に寝かされながら、細い声でうめく。

「悪魔が、教会に入れないなんて……」

ジェリーが首をふる。厳密には、そうではない。確かに教会には悪魔を寄せ付けない聖なる力がある。が、その力はぶっちゃけ悪魔の強さに大きく左右されるのだ。

早い話、上級悪魔は聖なる力を破り、教会に入ることが可能である。

「が、アンタは悪魔としては下級、二流以下だ。どれだけ腕力があっても魔力がなければ教会に一生近づけねーよ」

名前負けも大概にしろ、とジェリーが冷たく言い放つ。悪魔や人間が持つ魔力の強さは人による、いや悪魔によるのだが、レオナはそれが極端に少ないらしい。

「だいたい善人認定される悪魔なんざザコに決まってんじゃん。しかも人間にカモられるし」

「………ハア。どうする、ソロ」

絶望感たっぷりにレオナは仰向けのままソロに問いかける。これでは犯人を捕まえられない。

「お兄さん……スヤ」

「あ、寝た」

「コイツ最早わざとだろ」

とジェリーはソロをコンコンと叩くが、反応はない。

「なあジェリー」

レオナは無理くり声を出す。高熱のあまり、視界もボヤケてきた。

「おれは、思い上がっていた……」

何が、とジェリーはしゃがんだままレオナを見守る。

「人に頼られて嬉しかったんだ……ソロの為に、誰かの為に戦えるのが……とても嬉しかった。まるで……昔のおれに戻ったみたいで………」

しかし結果はこのザマだ。レオナは苦笑する。そもそも謎の多い盗難事件など、通常は複数の人間で解決するべきだ。なのに、とレオナはため息をついて

「おれ一人で突っ走っちまった」

レオナは瞳を閉じる。今の彼には、目を開けるのも辛い状態なのだ。しかしこれだけ言いたかった。

レオナは苦悶に唇を歪めながら

「ジェリー、助けてくれ」

ふらふらと片腕をあげる。約束の証に、この手を握って欲しいのだ。が、ジェリーはそれには目もくれず

「いいぜ、対価は金貨六枚な」

「……フフッ、頼んだ」

安心したように、レオナの片腕がだらりと落ちる。そして、長い眠りに落ちた。

「ハア、しょうがねえ」

ジェリーは言葉に違わない仕草をして

「俺は働くと、アンタの肉体が欲しくなるんだぜ」

そっと彼の額に手のひらを当てた。熱は少しだけマシになっていた。

ジェリーは立ち上がり、教会のある方向へ歩き出す。

「さァてと。病人ほっとくのは気が引けるが、しゃあねえな」

死んだらそれまでの男ってことで!とジェリーはレオナの身体に手を振った。とりあえず今は情報が必要だ。犯人に関する情報が。

「フム」

ここは街の広場。ジェリーはじっと目を細める。目の前では人が行き来している。この中に犯人はいるだろうか?

相手は教会専門の連続盗難犯。パイプオルガンを盗んでいることから普通の人間ではないことは明らかだ。正体は上級の悪魔か、魔法使い………後者なら少し厄介だなァ、とジェリーは腕を伸ばす。

「犯人が去る時、風の音がしたんだ。一瞬で止んだから自然のものじゃねえかもしれねえ」

レオナはこうも言っていた。盗品を持ってそのまま走って帰ったのではなさそうだ。

「やあジェリー!」

後ろで鈴のような声がした。振り返ったジェリーは露骨に無視をする。

「あ、コラ!無言スルーは辛いリン!」

「テメーと探偵コンビを組むつもりはねェ」

「どうしてジェリーは僕に冷たいリン?」

「じゃどうしてテメーは俺様を呼び捨てにしてるリン?」

ジェリーはソロの胴体を乱暴に掴む。ひんやりとしていた。

「だ、だってレオナ兄さんが貴方をよくジェリーって呼んでるから……真似したくなったリン!」

「インコに改名しろ」

それよりもソロ、もとい天使のつぼは今も行方不明扱いである。彼自身こんなところで旅人と油を売っていて良いのだろうか。例の犯人に盗まれた、という噂も立っている。

「気ィつけなければ俺も犯人扱いされるぜ」

「あ、それは大丈夫リン」

「は?」

「実家の雑貨屋さんに行けば良いリン」

言われた通りジェリーはソロを連れて、天使のつぼが置いてあった雑貨店に行く。いまは建物のまわりに人はいない。

「僕はね。記憶喪失のところを雑貨屋さんに拾われて、お外のインテリアとして働いてたリン」

「それ働くって言わなくねェ?」

入口付近の白いレンガが汚れている。ここはかつてソロの持ち場だった。

「ずっと同じ場所にいたせいで、動けるようになるまで時間がかかったリン」

「んな話はどうでもいいんだよ……」

ジェリーは疲れた顔で雑貨店の扉を開く。そろそろレオナの身体が欲しくなってきた。唾液でも血でも良い。なんでもいいから摂取したかった。

会計のカウンターにいる雑貨屋はサングラスをして新聞を読んでいたが、ソロの姿を見るとしばらくこちらをじっと見つめ、ホロリと涙をこぼした。

「雑貨屋さん、勝手にどっか行ってごめんなさいリン」

ソロは謝るが、雑貨屋はまるで聞こえないというふうにジェリーを見つめた。

「…………ジェリー、後で話があるリン」

ジェリーは返事をする代わりにソロの胴体を撫でた。



「犯人の逃走経路は不明。足音が途中で消える」

「どんなに大きな物でも同じように盗んでいく」

「姿を消す寸前に風の音……」

ジェリーとレオナが話し合っている。レオナはまだ安静にしていなければならないが、寝たままは身体に良くないということで上半身だけ起こしている。

「テレポートでも使ってンのか?」

「いや、だったらわざわざ教会から出る必要はないだろう。犯人は外から逃げている」

「しっかし獲物を運んだ形跡もないンだろ?」

「なあソロ……盗まれたパイプオルガンってどれくらいの大きさだ?」

「タンスひとつ分くらいリン」

「………それならおれにも運べるな」

「ま、まさか」

犯人はレオナなみの怪力野郎だと言うのか。あり得ないことではないのが恐ろしい。それでもどうやって逃げたかは分からないが。

「フー、いっそのこと教会の中に馬糞でも置けたらいいのに」

そしたら犯人も絶対ビビるぜ!とジェリーは力説する。レオナは断固拒否するが、教会に近付けない自分を思うとやるせない気持ちになる。

本来、犯人の手口はそこまで重要ではない。ソロの願いはあくまで犯人の退治であって『解明』ではない。しかし今回に限ってはレオナは全くの戦力外なのだ。なので少しでも犯人像を明るくしておいた方がいい。特に魔法を使う場合は注意が必要だし。

「けどよ勇者様、実際に戦うのは誰なんだよ」

ジェリーが真っ当な質問を投げ掛ける。

「まさか俺様か〜?ハハハハそうかアンタがそこまで言うなら」

「却下。お前に好きにやらせると本当に教会が糞まみれになりかねない」

「チッ!」

「どうしてジェリーはそんなに馬糞が好きだリン?」

「それから犯人確保は、街の人に手伝ってもらう」

レオナが指を立てると、ジェリーは「ははぁ」というふうに

「なるほど、生贄を使うのか。流石だぜ」

「絶対違うリン」

そして数日後。色々やって準備は整った。その間に盗まれたものは長椅子、浴槽、絵画。被害はいよいよ見逃せない規模になっていた。

「果たして正体不明の盗人を捕まえる作戦とは!?次回、『堕ちた勇者と捕物帖』よろしくリン!」

「だァからそこは俺の役だ!」

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