第10話 堕ちた勇者と天使のつぼ・中
まほうの呪文 草をごちそうに
まほうの呪文 石をダイヤに
まほうの呪文 天使を花瓶に
まほうの呪文 勇者を悪魔に
(詳細不明)
二人は野宿をしていた。
金はある(なんせ金貨があるのだから)。しかし本来持っているはずの金貨の半数を奪われたショックのあまり、ホテルに泊まる精神的余裕などなかったのである。
「オッ!流れ星。アンタも何か願おうぜ!」
「そんな気分じゃねえ」
「えーと。ジジイの金貨が馬糞になりますように!」
「今から金貨が山のように降ってきて欲しい」
「俺様より欲深いなこの勇者」
しかしどちらの願いも決して叶わないだろう。レオナは虚しそうに、そしてジェリーは退屈そうに眠った。
翌日。
「天使のつぼが行方不明!?」
「またおれが疑われる展開か!?」
ジェリーとレオナが次々と声を上げる。
雑貨店に行ってみると、確かにつぼは消えていた。綺麗さっぱり、破壊された跡もない。
人々は不安そうに噂話をしていた。
「誰かが盗んだのでは?」
「いや、天使のつぼは決して動かない。床のレンガと固定されているんだ」
「なんて奇妙な。悪魔の仕業では?」
「そういえば昨日教会で……」
レオナはサングラスを押さえながらその場を離れる。野宿した場所までたどり着いた頃
「オイオイ、まさかそのつぼを探す気か?」
手がかりもないのに?とジェリーは呆れる。
「そりゃアレは金ヅルとしては優秀だけど……」
「誰が都合の良い金ヅルだリン?」
「誰だ!?」
背後から聞こえた鈴のような声。二人は同時に振り返るが
「なんだ、天使のつぼか。こんなところにあったんだな」
「そうだリン」
「ん?誰だ今の声」
「ここだリン」
レオナの身体がピシリと固まる。間違いない。
「僕が分かったリン?」
「わ、わかった。わかった」
間違いない。天使のつぼが喋っている。あの瑠璃色で美しい天使のつぼが!
「僕はお願いがあってここまで歩いて来たリン」
よく見たら底が少し汚れている。つぼに足はないが、自らの力でここまでやって来たのは嘘ではなさそうだ。
「で、お願いってなんだよ。金ヅル」
「ぷーん」
金ヅルという言い方が気に入らないのか、天使のつぼはジェリーにそっぽを向いた。ジェリーは露骨に嫌そうな顔をしたが、レオナは苦笑してから
「天使のつぼ……お前、自分の名前はないのか?」
「ソロっていう名前があるリン」
でも誰も呼ばないから忘れかけてたリン、とソロは寂しいことを言う。レオナは興味深そうに
「へえ、元は座天使ソロンかな」
「こんな奴が天使とか天使に失礼だろ」
ジェリーはゲンナリしたように舌を出す。するとソロは彼に反発して
「なんだその態度!ムカっぴリン!そこになおるリン!」
「天使なのに言葉遣いも滅茶苦茶じゃねーか」
「…………………」
そこはレオナも否定できなかった。
「………なあソロ。おれに用があるんだろ?一体どうしたんだ」
レオナはしゃがんで優しくソロにたずねた。するとソロは頭(?)はしゅんと下げて
「実は………この街に退治して欲しい奴がいるリン」
「退治?」
レオナは驚いて目を見開いた。退治、懐かしい言葉だった。現役の勇者だった頃は、街や村にモンスター退治を依頼されたことが何度かあった。だいたい報酬はしょっぱいものだったが、レオナはモンスター退治の仕事をそれなりに気に入っていた。
ソロは身体をバタバタさせて
「ヤツは夜な夜な教会に現れて物を盗んでいるリン!しかも人のいない時に限って!僕はそれをほっとけないリン!」
昨日は本、一昨日は窓、そして先週はパイプオルガンが盗まれたという。
「パイプオルガンなんてどうやって盗むんだ?」
「分かんないリン。でも、なんとかしたいリン」
「そうだな!」
レオナが勇ましい表情で立ち上がる。そして急にマントを羽織り、ソロを片手にあの美しく大きな教会へ向かう。もし彼が本物の勇者なら、壮大なBGMが鳴っていただろう。
「お人好しだねえ、勇者様は……」
レオナの背中を見送りながら、ジェリーは欠伸をする。
「どうなるとも知らないで……」
そして、その場で眠りこけた。
「……………」
レオナとソロは教会の前にいた。騒ぎにならないようにソロはマントの中に隠している。
「いつ見ても綺麗な場所だな………って、見惚れてる場合じゃないよな」
「一緒に頑張るリン!」
「けど、昼間は人が多い。夜に出直した方が……」
「そ、そうだリン………スヤスヤ」
「!?いきなりどうした!?」
レオナはあわててソロを揺するが、返事をしない。
「寝た……」
スヤスヤという効果音からしてそうだろう。天使のつぼ、いやソロは寝るのだ。仕方がないのでレオナは一人で教会を見張ることにした。待ち伏せ作戦である。
「まるで刑事ドラマみたいだな。帽子がないのが少し惜しいが」
暇なので独り言しかやることがない。そして作戦開始から数時間、珍しくジェリーのことは頭になかった。今のレオナの脳裏にあるのはジェリーと出会うより前の記憶、つまり自分が勇者だった頃の思い出だった。
村からもらった芸名で旅に出た若き勇者。彼は剣も魔法も使えない落第生だったが、それでも人の為に戦うのは嫌いではなかった。誰かに頼られ感謝される。それは、孤独な心を癒やす唯一の方法だったのかもしれない。
そして勇者ルーシャス・ドーン・サルティロンは明くる日アッサリと死んだ。何者かが彼の身体を蝕み、悪魔に作り変えてしまったのだ。
人の言葉では、それを堕落と呼ぶ。
それから彼の人生は散々だった。生まれ故郷からは勘当され、かつて助けた人々にも蔑まれ、人の目を避ける日々を送った。やっと住まわせてもらった村の山でも突然の投石や暴言は当たり前だった。その時のレオナは誰かの為に戦える機会など自分にはもうないと思っていた。
しかし今は違う。人ではなく“つぼ”だが、レオナを頼ってくれる者がいる。レオナの心は熱いものに満ちていた。自分は久々に勇者になれたのだ。そう、本気で思っていた。
夜になった。幸い月光の灯りで怪しい人影はすぐ分かる。レオナは呼吸を整えた。ソロは未だスヤスヤと眠っているので一人でやるしかない。
「………!」
レオナの耳が足音をキャッチする。誰かいる。急に現れた人影は教会の扉を開け、中に入っていった。
レオナは走り出し、犯人を追い詰めようとした。そしたら
「…………?」
急に鼻血が出て来た。それだけではなく、全身から冷や汗が流れ、強烈な頭痛に襲われた。
「………いっ」
レオナはその場で立ち止まった。これは他者の攻撃による痛みではない。全身をめぐる寒気。己の内側から発生する痛みだった。レオナは急に心細くなった。彼はこのタイプの痛みには慣れていない。原因が不明なのがなにより恐ろしい。
「はーっ、はーっ……」
レオナは頭を片手でおさえ、もう片方の手でソロを抱きしめる。自分が倒れても、せめてこの子だけは守れるように。
あと数歩の先に、教会の扉がある。なのに、これ以上動けない。身体の中心を崩したレオナはとうとう膝をつき、ソロを庇うように持ち上げながら顔面に砂を付けた。視界は真っ黒のまま、大きな風の音だけが聞こえた。
「あー、ホントに馬鹿」
夜明けより少しまえ、心底他人を馬鹿にしたような声が降ってくる。
「教会に入れるワケなんなねェだろ」
その声の主は、持ち上げられたままのソロを取り上げて
「今のアンタ、悪魔なんだぜ?」
懐かしい台詞を聞きながらレオナは意識を手放した。
その日、教会から花瓶が一つ盗まれたという。それは建物内で最も高価な瓶だった。
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