第30話 堕ちた勇者と竜退治

嵐来れば 竜が吠え


雷鳴れば 竜怒る


雨降れば 竜が泣き


……………


(以後の歌詞は不明。曇天山近くに伝わる詩)




「前回のあらすじ!ドラゴン山脈で変なオッサンと戦うことになったが正直これはマジでヤバイぜ超ピンチ!その理由を答えろ元金ヅル!」

「分かんないリン!」

「くそ、どれだけ勉強しても頭デッカチは治らねえか。いいか?あのオッサンの格好を見ろ」

風に吹かれながら、ジェリーは指をさす。

あのオッサンことジョージはローブを着こなし、不敵な笑みを浮かべている。

「さぁかかって来い、人間!」

そして人間の姿のまま、大きな宝玉のついた杖を大きく振りかぶる。

「!」

巨大な火の玉が飛んできた。レオナはすんでのところで跳んで避ける。

「あっぶねえ……」

「ワッハッハ、私のファイヤーボールはまだまだこんなものじゃぁないぞ!」

そう言ってジョージは次々と火の玉を発射する。レオナは避けるのに精一杯で、攻撃する余裕がない。 

火の玉の大きさはバラバラだった。大きいものもあれば極端に小さいものもある。が、レオナはどの玉も本気で避けていた。

「ホラ見ろ。やっぱ苦戦してる」

ジェリーが吐き捨てるように呟いた。隣りにいるソロはレオナの動きと表情を観察しながら

「どうして兄さんはあんなに火の玉を怖がっているの?」

「当たれば死ぬからだ」

「えっ?」

「アイツは魔力が無いんだ。少ないんじゃねえ、無い。だから魔法への耐性が最低値なんだよ」

彼が魔法を一つも使えないのは魔力が無いからである。また魔法耐性は魔力で作る自動バリアのようなものなので、魔力がないと当然バリアも張ることが出来ない、とジェリーが丁寧に説明する。

「正直その辺の一般人の方がまだマシだぜ。あそこでウヨウヨしてる小さなファイヤーボールもパンピーならショボい火傷程度で済む。が、アイツなら致命傷になりかねねェ」

俺様が一億ならアイツはゼロだ、しかしこればかりは生まれつきだからなァ、とジェリーは哀れむように嘆息する。

「幸い今までカラダが丈夫だから死なずに済んだが、まァ魔法使いは最悪だぜ」

「相性が悪いってこと?」

うん、とジェリーはうなづいた。

「しかもあのオッサンはまだ本気出してねえぞ。遊んでやがる」

ジョージは楽しそうに杖から火の玉を次々と飛ばしてくる。しかも火の玉は徐々にスピードを上げ避ける隙がなくなっていく。ジリ貧という他ない。

「どーすんだよ勇者様ぁ!このままじゃアンタ死ぬぞ!」

「分かってる!もう少しだ!」 

「もう少し?」

レオナもただ逃げ回っているわけではない。彼は避けながら火の玉の動きを観察し、突破口を探している。大きい玉と小さな玉、遅い玉と速い玉。そこから微かに見える“隙”を見極めようとしている。

「……そこだ!」

目を光らせたレオナは火の玉の連弾の隙間に、何かを投げ込む。

「うおっと……!」

ジョージは一瞬警戒するが反応が遅かったのか、レオナが投げたそれをモロに食らってしまう。

「やるな人間……!よくぞ火の玉をくぐり抜けた」

本人が潜ったわけではないが、ジョージはニィと口角を上げる。

レオナはハァハァと息をつきながら

「火の玉の動きには法則性があった……。避けながら穴を見つけてやったぜ……」

火の玉の動きは広範囲に渡るが、ステルス魔法陣と違って完全なランダムではなかった。

「見事だ少年。だがこんな小道具で私が倒せると………厶?」

ジョージは違和感を覚える。おかしい。どうしても杖を持つ手が動かない。いやそれどころか、口以外の全身が動かせない。

「これ、は……?」

「金縛りの呪いだ」

気がつけば、先ほどまで逃げ回っていた青年が眼前に迫っている。ジョージは絶望した。

「ハァーン、なるほど。さっき投げた物は根っこだったのか」

ジェリーが後ろで解説する。金縛りの呪いは、植物の根を用いることで発動する初級の呪いである。レオナが言った『新しい戦法』とはこれのことだろう。ボール状に固めた根ををジョージにぶつけて呪いをかけ、彼の動きを封じたのだ。

「兄さんの作戦勝ちリン?」

「いや、相手が油断したんだ」

ジョージは飛んできた根っこを魔法で焼き払うべきだった。が、それを怠ったので致命傷を負ったということなのだろう。ジェリーは大きなため息をついて

「ったく脳筋勇者め、相手が間抜けで命拾いしたな」

レオナは右手で杖を掴む。ジョージが火の玉を飛ばす時はいつもこの杖を振っていた。ならば、これを無力化しない手はないだろう。

バキ、イヤな音がした。レオナの手によって杖は真っ二つに折られ、ついでに大きな宝玉も粉々にされた。

「…………!」

呪いで動けないジョージは、この光景をただ見ることしか出来ない。

「うひゃー、エゲツねえ」

ジェリーが興奮気味にソロの口をたたく。

「ありゃオーバーキルだ。修行してただけのオッサンにあそこまでするとは、ケケケ」

「た、たぶん相手の戦意を折りたかったんだリン」

「だとしたら別の意味で怖えよ」 

そう言って二人はバトルフィールドに注目する。

レオナは険しい表情のまま、折った杖をジョージの喉元に突き付ける。降参しろ、という合図だ。

「……………」

「ハハ、ハ」

武器を失い、身体を動かせないジョージは絶望の笑みをこぼし、目をぎょろんとさせて

「よくも大事な杖をやってくれたな勇者よ。……だがこれはどうだ!!!」

「…………!」

レオナは目を見開いた。

風が止む。目の前に、竜がいた。それは人の姿の面影などない、青い皮膚を持つ、正真正銘の竜だった。

ジェリーはヘェといったふうに

「あのドラゴン、怒って本気出したか」

「本気?」

「ああ。ドラゴンはあの姿の方が強いんだ。いわゆる“お約束”ってヤツさ」

「?」

ドラゴンの姿、つまり本来の形に戻ったジョージはヒヅメを地面に食い込ませながら

「我は女王を守護する戦士!!人間よ、我が牙で果てるが良い!!」

おオーンという雄叫びに、レオナは思わず耳を防ぐ。そしてまばたきする間もなく口からファイヤーボールが飛んでくる。

「げえ、杖がなくても使えるのか……!」

レオナはギリギリの所でそれを避ける。どうやら余計ピンチになったようだ。ドラゴンに戻ったジョージの火の玉は、先ほどより強力に見えた。

「が、コントロールは落ちてやがる」

これはジェリー評。

「杖の不在と、ドラゴンの凶暴性がそうさせてンだろうな。隙を突くならそこだぜ」

「へー、杖って凄いリン」 

今のジョージが放つ火の玉は一定の確率で大きく逸れる。それに気がつかないレオナではないが

「くそ、距離が足りねえ……」

相手は翼を持つ敵なのだ。仮に走ってジョージを殴ろうとしても、飛んで距離を取られたらどうしようもない。

しかし取るべき手段は一つしかない。レオナは覚悟を決めた。幸い手足は自由に動かせるし体力もまだある。

「……やれるさ」

火の玉の動きが大きく逸れた。レオナは間を縫うように走り出し、器用に火の玉を回避する。幸いなことに、こちらの火の玉は動きがランダムなぶん隙が大きかった。威力はともかく厄介さではステルス魔法陣の足元にも及ばない。

「はあああああっ!」

ジョージの眼前にたどり着いたレオナは前方に飛び込む。ここは死角だ。ジョージは現在二足歩行状態なので、今いる位置には火の玉は飛ばせない。

「ぐっ……!」

レオナの狙いを見抜いたジョージは飛ぶが、あと一歩遅かった。彼の五本の指は既に、ジョージの腹の皮膚をガッシリと掴んでいたのだった。

「おお!」

はるか後方でジェリーとソロが盛り上がる。レオナの身体は、ドラゴンと共に飛翔する。

「あの野郎、ドラゴンに乗りやがった!」

ジェリーは大喜びだ。とはいえ今のレオナは、あくまでドラゴンの腹にくっついているだけなのだが。

「は、離れろ、人間!」

異物を乗せたジョージは彼を振り払おうと身体を激しく揺らす。しかしどれだけ速く、どれだけ乱暴に動いてもその人間は決して離れようとしなかった。

「単純な力比べじゃ、アイツに勝てる奴はいねえ」

ジェリーが空を見上げてそう言う。

「火の玉で仕留められなかったテメェの負けだよ。ジョージ」

背中までよじ登ったレオナの左手は竜の身体を掴み、右手はジョージの首筋に手刀をかます。するどいが、静かな一撃だった。

「うおおおおおあああああ!!」

激痛を与えられたジョージの身体はコントロールを失い、急激に落下する。

「………って、ヤベェぞこれ」

忘れていたがここは実質崖なのだ。地面には硬い岩が連なっており、落ちたら二人とも死ぬだろう。

「ちっ。留守番してろ、元金ヅル!」

ソロを放りだしてジェリーは崖まで走り出す。

しかし

「その必要はない」

どこからか冷静な声が響く。次の瞬間、風の音と共にレオナとジョージは崖の上に降ろされていた。

「に、兄さん……!」

「ん………アレ?」

レオナにソロが駆け寄る。首をやられたジョージも気絶していた。レオナはそれを見てホッとするが

「何だったんだ……一瞬、なにかに引っ掴まれたような……」

「おれ様だよ」

「!」

空に、人が浮いていた。ゆらゆらなびく長い髪に導師のような服。そして顔はどこか見覚えのあるような、ないような……。

上空の男は、腕を組みながら

「くっくっく……人間ども。うちのジョージが世話になったな」

「貴方もドラゴンなの?」

ソロが純粋な質問をぶつけると、男はああ、とうなづいて

「そうだ。おれ様は死の山脈に住まう誇り高きドラゴン。そして……」

男はビシ、とジェリーに人差し指を向けると

「そこのマガイ物の……兄だ!」

「!!」

「と、いうわけで次回へ続くぜ!」

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