第31話 堕ちた勇者と異父兄弟

我らが女王 高らかに


吠えよ 歌えよ 飛び立てよ


四方の戦士 山を向きて


讃えよ 空に とこしえに


(戦士の歌 作詞作曲:ジョージ)



男は静かに着地して、華麗にポーズを決める。

「おれ様の名はジェームズ!スペルはジャスティスのJにエースのA、メメント・モリのMにエクセレントのE、そしてスペシャルのSだ!」

「お、お義兄さん!?」

「義理人情なんざ捨てちまえ!!」

「ふ、二人とも落ち着くリン!」

三者三様のリアクション。一方ジェームズは、気を失ったままのジョージを見下して

「おいおいジョージィ……人間ごときに負けるとは、この四天王の面汚しめ!」

「四天王?」

「そうだ!しかし奴は最弱の男………」

「残りは誰なんだ?」

「そもそも何の四天王リン?」

「話の腰を折るんじゃぁない!!」

マイペースな二人にジェームズは激昂する。そして彼は改めてポーズを決めて

「おれは女王を守る戦士ジェームズ!人間たちよ、我が牙に恐れ慄くが良い!」

「あ、まただ」

これと似たようなセリフをジョージも言っていた。詳しいことは分からないが、少なくともジョージとジェームズが四天王なのは間違いないようだった。

「けど女王って誰だ?」

「俺様とアイツの母親」

「へえ…………。は、母親ァ!?!?!?」

レオナのリアクションに「んな驚くことかぁ?」とジェリーが顔をしかめる。

「あのさジェリー、おれ、実は大家族とか少し憧れていて……」

「いきなり何の告白だよ!!けどよォ家族なんてものはなァ、例外なくロクなもんじゃねェぞ」

そう言ってジェリーは孤児だったレオナの頭をぽんぽんと叩く。

ジェームズはいかにも不機嫌そうに

「この穢れた弟め……マガイ物だからと好き勝手言いやがって……」

「アハハハ兄上様ァ〜。父の種が違うとはいえ、俺もあの女の息子なんですよ〜」

へらへらと言い返すジェリーだが、さらりと明かされる衝撃(?)の事実にレオナは目をぱちくりさせる。

「父の種が違う?」

するとジェームズはあからさまに嫌悪感を滲ませながら

「ああその通りだ。こいつの父は………ドラゴンではなぁい!」

「え、そうなのか!?」

レオナがジェリーの方を向くと、ジェリーはやはり平然としながら「ああ、うん」と軽くうなずく。レオナは表情を変えて

「正気か!?ただでさえドラゴンでゾンビというややこしい設定なのに、これ以上増やすのか!?」

「イエイ!」サムズアップ。

「あ、そうだお兄様。俺たち今から帰るから」

「は?」

「あ、確かにそうだな。元の目的は達成したし……。ジェームズさん、だっけ?おれとジョージを助けてくれて、ええと、ありがとうな」

レオナはそう言って、目を覚まさないジョージの身体を優しく撫でる。それを見たジェリーは少し不満そうに

「ええーどうせならソイツの首狩ってこうぜ」

「バカっ、竜を倒した証拠はこの杖で充分だろ」

「いや充分かソレ?」

そもそも村人の頼みはドラゴンを倒すことではなく『殺すこと』なのだが、レオナは都合よく記憶を改竄していた。あと折れた杖はどう考えても証拠にはならない。

「お、おメェたち……」

「ん?」

震える声に、二人は同時に振り返る。

「ここから生きて帰れると思っているのか!!」

咆哮、そして忘れられていたジェームズがグーで襲いかかる。

「うわっ、危ねえ!」

レオナはとっさにジェリーを庇う。攻撃は食らったが怪我はない。

レオナとジェームズは拳と拳で鍔迫り合いしながら

「こら、止めてくれ!こっちは連戦だぞ!」

「知ったこっちゃねぇーなぁ!!よくもおれ様をコケにしやがって!そこの穢れた血も、クソ生意気な人間も、まとめておれ様が殺してやる!!」

ジェームズはドラゴンの姿に戻り、めらめらと炎の息を吐く。

「あっつ……!」

モロに食らったレオナが痛みに悶える。魔法攻撃ではないのでダメージは大きくない。とはいえ、味方に当たったら大変である。

ジェリーはソロを拾いながら

「この元金ヅル、さっきから台詞がないと思いきややっぱ寝てやがる。オイ!近くに小さなホラ穴があるからいったん退避するぞ」

「あ、ああ!」

返事をしたレオナは素早くジョージを背負い、ジェリーについていく。

「いやソレ竜のままじゃねーか!入んねーよ!!」

仕方ないので殴って穴を大きくした。

「……………」

ホラ穴の中、四人のうち二人は行動不能という状況で、自分でも不思議なくらいレオナは疲れていた。

「オイオイ、バテてんのかよ」

向かいに座っているジェリーが心配そうに声をかけた。レオナは少しクラクラしながら

「ああ……。この山が修行に良い理由が分かったぜ……」

外ではジェームズの叫び声が聞こえる。ここを襲って来ない理由は不明だが、とりあえずレオナにとってはありがたかった。

「…………なあ、ジェリー」

「なんだよ」

「あのジェームズって奴、魔法は使わないのか」

レオナが淡々ときいた。彼の心中を見抜いたジェリーは、ニヤッと笑って

「使わねェよ。ファイヤーブレスは火の玉より強力だが」

「そうか………」

「………兄貴と戦うのか」

そう言ってジェリーはレオナの腕をガッ、と掴む。行くな、と言っているのではない。行くのか、ときいているのだ。

レオナは表情を変えず、感情のない声で

「あっちがやる気なら応えないわけにはいかないだろ」

「けどジェームズはアンタの命の恩人だぜ」

「それとこれとは別だ。それに……」

レオナはジェリーの手を振りほどき

「実は少しだけ、イラついてるんだ」

「えっ?」

レオナはホラ穴から出て歩く。眼前に、凶暴なドラゴンがいた。

「…………スー、スー」

それから何分経過しただろう。

「スヤスヤ………ハッ!ここはどこリン!」

「ごく普通のホラ穴だ」

ジェリーが壁に落書きしながら無愛想に答えた。ソロはぐらぐらと身体を整えながら

「あっジェリー……アイタタ、レオナ兄さんは?」

「ジェームズの野郎と戦ってる」

するとソロはショックを受けたように驚いた。彼はレオナを心配しているのだ。

「そうイキんなって。まだ死んじゃいねェぜ」

そう言ってジェリーは入口を指差す。案内されるまま、ソロが恐る恐る外に出てみると

「…………!」

丸腰の人間が、竜と殴り合っていた。

とはいえ竜のメインウェポンはその牙と炎の息だ。人間はそれをなるべく避けながら、拳ひとつでダメージを与えに行く。

「美しいだろう」

ジェリーは後ろからソロを抱きしめて呟いた。竜と戦う人間の身体は傷だらけで、ここまで熾烈な戦いを繰り広げてきたのが嫌でも分かる。

「武器もねェ、魔法も使えねェ、そんな人間が、ここまでやってるんだ」

「でも痛々しいリン……」

「はあ〜詩情の分からねえ陶磁器だなァ〜!!きっとテメーの正体、ロクなもんじゃねえぞ」

「それよりジェリー」

ソロは振り向いて

「兄さんは勝てるの?」

「…………」

ジェリーは答えない。ジェームズは魔法を使わないとは言え、基本的なスペックはジョージより高い。彼はソロから目をそらして

「……確かに決定打は無いな。兄貴はさっきの戦闘を見てるだろうから、上に乗ってチョップとか不可能だし……」

「金縛りの呪いは?」

「オイオイ。初級の呪いがドラゴンに効くわけねェだろ。人間の姿ならまだしもよ」

要するに勝負は分からない、というのがジェリーの見立てだ。しかしレオナは明らかに疲弊していた。対してジェームズはまだ体力がありそうだ。耐久面ではこちらが少々不利かもしれない。

「が、助太刀は出来るぜ!今回は一対一の戦いじゃァない」

ジェリーは立ち上がる。あの時ジェームズは『まとめて殺してやる』と言っていた。ならば、こちらが何人でも不義理には当たらないだろう。

しかしジェリーはともかく、ただのつぼであるソロに何が出来るのか。相手は本物の竜だ。レオナが苦戦する相手な上に、呪いも効かない。

「うーん、僕に出来ること……」

ジョージに助けを求めるのはどうだろう。そう思ったソロがホラ穴に戻っていくと、何かにぶつかった。

「アイタ!何これ」

すると追ってきたジェリーがおおっ、と目を見開いて

「邪魔だから置いてた剣だ」

村でレオナが引き抜いた伝説の剣だった。

「もしやその剣は……!!」

「え?」

背後で突然声がした。知らん間にジョージが目を覚ましていたのだ。しかも彼は異様に怯えていた。

「その剣はドラゴンバスターソード、通称“ドラバス!”!封印したハズなのにどうしてココに!?」

ジョージは嘆くように顔を覆う。そしてジェリーが剣の柄を握るとたちまち人の姿になった。竜の姿のままだと斬られると思ったのであろうか。

「ン、これそんなに凄い剣なのか」

何でも知ってるハズのジェリーが首を傾げる。するとジョージはハァ、ハァ、とゆっくりと呼吸を整えながら

「ウム。ドラバス!は、どんな竜も一撃で倒す恐ろしい剣。その危険性ゆえ、私は大地にかたく封印していたのに……!」

「勇者様が力づくで抜いていったぞ」

「えええ」

ジョージは驚いて呆然としていたが、しばらくすると、まるでヤケクソのように

「ワッハッハッハ。それじゃあ勇者殿の勝ちだワッハッハッハッハ」

ソロはポカーンとしていた。ジョージの態度を見るに、きっと本物なのだろう。この剣さえあれば、こちらは確実にジェームズを倒せる。

ジェリーはハァ、とため息をついて、剣の先端を地面に引きずりながら

「しょーがねェなァ」

「ジェリー?」

「ちょっと働いてくる。ジョージのことちゃんと見張っとけよ」

そう言って彼はダルそうにホラ穴の外に出た。

眼前で、一対の男が命を削っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る