第32話 堕ちた勇者と大カラ振り

おかえり かわいい子


つかれたでしょう おやすみなさい


母はいつでも あなたのそばに


母はいつでも あなたの夢のなか





ぜェ、ぜェ、と荒い息が響く。男は眠りと覚醒のハザマで夢を見ていた。その中身は時に過去の出来事であり突拍子のない出来事の羅列であり、どこか安定しない。また、とうの昔に死んだはずの両親と暮らすものもあった。それらが全くの大嘘、幻想だと気付いたのは次の夢を見てからだった……………。

「はぁ、はぁ…………」

男は片膝をついていた。どこもかしこも傷だらけ。闘志はあるが身体がそれに応えない。男の身体は微睡みを誘い、脳は繰り返しその先を描く。

「…………ちっ」

力尽きているのだろう。未知の山脈の、慣れないバトルフィールド。格上の相手、対策も取られている。勝つ意志はあるが、身体がかたくなに拒否している。

「貴様は大したやつだ」

目の前の男が、こちらを見下しながらそう言った。

「我が眷属を倒し、ここまでしてもなおおれ様に歯向かうとは」

するどい爪が男のあごを持ち上げる。ドラゴンの爪。褐色の肌を持つ男はされるがまま、声を上げることも出来ない。

ジェームズという名を持つその竜は、ふかく嘆息して

「美しい身体だ……。あの穢れた弟にやるのは少し惜しい」

「…………」

「そうだ、ひとつ昔話をしてやろう」

そう言ってジェームズは無意識のうちにトーンを変えて

「むかしむかしある所に、とても愚かな男がいた。男は身分を弁えず、この世で最も崇高な女に近付き強引に口説き落とした。………そうやって生まれたのがあのマガイ物だ」

ジェームズの声色には、微かな憎しみがこもっている。

「生まれた赤ん坊は実父に似て……いや、実父よりずっと愚かだった。マガイ物のくせに堂々と街中を歩き、穢れた存在である自覚をまるで持たなかった」

それからジェームズはフン、と鼻を鳴らして

「諦めろ人間よ。ジェリーは、あのマガイ物は、貴様が思っているような男じゃぁない」

ジェームズはドラゴンの指でデコピンをした。レオナの身体は大きく吹っ飛び、死んだように硬い地の上に横たわる。

「………終わったな」

ジェームズはそう確信してドラゴンの姿のまま振り返る。あのレオナという男は限界だろう。さっきからまともな言葉すら話せない状態なのだ。これ以上やっても無意味なのだと、ジェームズは言おうとした。

しかしジェームズの耳に入ってきたのは

「お前……」

気の所為ではない。

「さっきから穢れだのなんだの………お前、そればかりだな」

「なに?」

掠れてはいるがハッキリした声。予想外の出来事に、ジェームズは思わず振り返る。

「アイツのこと、何も知らないんだな」

男は、レオナは立ち上がろうとしていた。身体中に傷を受け、体力を消費し意識は半ば夢を見ながら、それでもなお戦おうとしていた。

ジェームズは露骨に表情を険しくする。彼が立ち上がったという事実はもちろん、その言葉が何よりも癇に障った。

しかしレオナは負けじと歯を食いしばって拳を握る。傷が更に増えたが威勢はむしろ増していた。

「おれの方が……おれの方がアイツの悪いところをずっと知っている!お前には決して負けねえ!」

「よォーく言った」

ブォンブォンと何処からか剣が飛んできた。レオナはすぐに気が付いて、その剣をキャッチする。頭を支配していた眠気はとうに去っていた。

掴んだそれは伝説の剣ドラゴンバスターソード、通称ドラバス!!

途端、ジェームズの顔色が変わる。

「そっ、その剣は……!」

彼はまるで天敵に遭遇したかのように慌てふためく。そして両翼で逃げようとするが、身体が動かない。

「な、なに!?」

「ちぃーす、お兄様」

声と共にジェームズは人間の姿に戻った。否、強制的に戻されたのだ。背後に忍び寄ったジェリーに羽交い締めにされて動けなくなる。

ジェームズは忌々しそうに

「今更ここに来てどういうつもりだ!」

「そりゃ勝つためだぜ。おーい勇者様、その剣でコイツをぶった斬れ!!」

「え、マジで……?」

柄を握ったレオナは躊躇する。ジェームズは明らかに取り乱しながら

「くそ、なんだこの馬鹿力は……!全く動けんぞ!!」

「ヘッ、体力の使い過ぎですゼェ兄貴。ちと、燃え過ぎたんじゃねぇの?」

「ああくそ、くそ……!」

どれほどもがいてもびくともしない。目の前にいるレオナは剣を不器用に構え、獲物を見定める。絶望へのカウントダウンだ。

「ジェリー………!」

しかし絶望的なのはジェームズだけではない。何度も言うが、レオナは剣が使えないのだ。

「構わねェ、俺ごとやれ!」

しかしジェリーはニッとしてこう言った。そう言われて慌てたのはジェームズの方である。

「はあ!?そしたらおメェも……」

「俺様は“半分だけ”ドラゴンだから大したことねェの。サ、早く!」

「分かった!」

「いーや分かるなぁぁあぁぁ!!!」

ジェームズは足をバタバタさせるが、逃げることは出来ない。レオナは走り出し、剣を大きく持ち上げる。そしてなるべくジェリーを傷つけないように、右側から袈裟斬りを真似て振りかぶる。

「はああああぁぁっ!!!」

ぶおん、剣は左に大きく逸れた。しかもジェリーに思いきり当たった。

「このノーコンくそ野郎!!あ、あははははっ!!」

笑い声と共に、ジェームズが血を吐いた。どんな竜も一撃で倒せるというジョージの説明は何一つ間違ってなかったのだ。

「この……クソ混血」

そう言い残してジェームズは人間の姿のまま意識を手放す。

戦いに勝った。

「………ってジェリー!」

しかし勝利の余韻を味わう間もない、レオナは慌ててジェリー肩をつかんで

「お前、思いっきり斬られたが大丈夫なのか!?怪我は、どこか痛い場所は無いか!?」

「へっ、安心しろ勇者様。流石に痛みはあるが歩けねェほどじゃねーよ。クク、マガイ物サマサマだな」

いつもの調子で冗談を言うジェリーだが、それでもレオナは心配だった。しかし彼らのそばには、もっと深刻な重症人がいる。ジェームズだ。

「………これ、死んだりしないよな」

簡単な止血処理を行いながらレオナが呟く。ジェリーは「サァ」と肩をすくめるだけだ。正直死んでも死んでなくてもどうでも良い、という態度である。

すぐにホラ穴にいたジョージ(人間の姿)とソロが出て来た。ジョージはテキパキとジェームズの怪我の治療を手伝う。レオナは神妙な面持ちで

「大丈夫なのか」

とたずねるが、ジョージはひょうひょうとして

「傷は深いが命に別状はない。女王の子供だけあって、ケガの治りは早いのだ」

その言葉通り、ジェームズが目を覚ましたのは予想より早かった。彼は仰向けのまま大空を見上げながら

「まさか、組手で姉上以外に負けるとは……」

「ジム様」

愛称で呼ばれたジェームズはジョージと目を合わせる。そして堪忍したように、ため息をひとつ。

「おれ様の負けだ……」

ジョージがジェームズの口元の血を拭う。それは人間と同じ赤い色をしていた。

「つっても勝利者はこの剣だけどな」

ジェリーがドラゴンバスターソード通称ドラバス!を地面に突き立てる。レオナも異論ナシとばかりに首を縦に振る。三対一で倒したようなものだ。

「いいか、次会う時はその剣ごと破壊してやる。それまでくたばるんじゃぁないぞ」

すっかり動けるようになったジェームズが二人を指差す。ジェリーはヤレヤレとばかりに背中を向け、レオナは怪我を心配していた。

「っ…………!行くぞジョージ!」

「あ、私は行けません」

「はぁ!?」

「これから私は彼らとキャンプファイヤーをする予定なので……」

と、ジョージは火バサミとバケツを見せる。そんな物を今までどこに隠し持っていたのだろうか。しかしジェームズはそこにはツッコまずに

「ジョージおメェまさか、おれを一人にするつもりなのか!」

「ならジム様も一緒に」

「誰がするかぁ!!」

チッ、とジェームズは大きく舌打ちしてドラゴンの姿になって飛んでいく。なんとも歯切れの悪い別れだった。

「おい、いいのかアレ?」

「大丈夫、大丈夫」

「ンじゃ反省会はじめるぞー」

日が暮れる時刻、ジェリーは焚き木を並べる。


星空の下、焚き火の炎が燃えている。

「ワッハッハ!あの時は大切な杖をへし折られたとはいえ、怒りで我を失うとは情けない」

ジョージは豪放磊落に笑い、焦げたマシュマロを頬張る。

レオナは手を合わせて

「悪い……!杖なんてみんな安物だと思ってたんだ」

「やっぱ怖い話じゃねェか」

頭を下げるレオナにジェリーがぼやく。ジョージはトントンと首に手を当てて

「しっかしお前さんのアレは効いたぞ!ここの痛みがまーだ収まらないワッハッハッハ」

ジョージはレオナをえらく気に入っていた。かと思いきや急にジェリーの目をじっと見つめて「やはり似ている……」などと感慨深そうに呟いた。視線に気が付いたジェリーはゲェという顔をして

「オイオイ俺が繋がってるのは“半分だけ”だぜ」

「そっちではない。ほら、ここのラインが母上とソックリだ。まさか女王に隠し子がいるなんて思わなかったね」 

「ドラゴンも秘密主義なのか……」

ジョージにとってジェリーは突然現れた上司の末っ子である。ベタベタに可愛がりたい気持ちはあったが、彼に近付くたびに拒絶された。

「ジェリー、そっちのマシュマロくれ」

「はいはい、アーン」

「あーん」

「……………!」

そしてジョージは気づきを得たかのように硬直し、ウンウンと深くうなづいて

「なるほど……そういうことだったのか」

「ちょっと違うリン」

「ところでお前さんは食べないのか?」

と、不思議そうにソロに見つめる。

「僕は空腹にならないから何もいらないリン」

「便利な身体だよナぁテメーは。俺なんて二重に飯を食わねえと生きていけねェのに」

ジェリーが大きなため息をつく。レオナはわけもなくどきりとして、ジョージは首を傾げた。

四人はホラ穴の中で寝ることにした。寝袋を使うのは久々である。

「波瀾の一日だったな……」

自称伝説の村で謎の剣を抜き、ドラゴン退治に行かされて、その日のうちに本物のドラゴンと連戦することになったのだ。思い出すだけで頭がパンクしそうだ。

しかし今はただ心地よかった。痛みの跡さえ愛おしい。なによりきちんと眠れるのは、レオナにとってとてもありがたかった。

翌朝、ぐっすり眠った四人はバラバラの時間に起きて、ソロ以外は冷たい朝食をもらう。早朝だけあって山の空気もひんやりしていた。

「サァて、下山だ下山」

ジェリーが大きく伸びをする。この山にもう用はない、と彼は言う。

「ウム勇者殿。この山脈はかつて女王が住み治めていた特別な場所。気が向いたらまた来てくれ」

ジョージはレオナに握手を求める。レオナはジョージの手を握って探るように指を動かす。硬い。魔法を嗜んでいるとはいえ、ジョージもやはりドラゴンなのだ。

伝説の剣を片手に、レオナたちは山を下る。

「さぁてと」

もうしばらくここで修行を続けるジョージは、三人の姿が見えなくなったのを確認して

「ジム様」

いらっしゃるんでしょう、と小声で呼ぶ。すると姿を表したジェームズはバツが悪そうにドカッと座り、昨日のことを思い出しながら静かに苛立つ。








 


今日、おとうとが生まれた。とても小さい。ほかの赤ちゃんとはすこし形がちがっているけれど、ぼくはこの子を世界一かわいいと思う。お母さんはとてもつかれていたので、ぼくがおとうとのめんどうをみた。明日はすう年ぶりにお父さんがおうちにかえってくる。とてもたのしみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る