第33話 堕ちた勇者と番外編・ピエール様の夢想

「押忍!オレサマは天才ピエール様だ!!本編が一段落ついた所で晴れてカム・オン・オレサマ!今日も色んな町をレポートしていくぜっ!!」

ガンマンのような格好した男が、ボイスレコーダーに向かって話しかける。そして紺色のマフラーをなびかせながら、大きな街へ足を運ぶ。

「さーて、今日来たのは商業都市クラークだ!たくさんの施設がある、デカくて賑やかな街だぜ!!」

ピエールは嬉しそうに駆け出した。商業都市だけあってクレカも使いたい放題である。また、この街は学問も盛んだった。

「おおっと、あれは都立魔法学院!あそこにあるのはハンター養成学校!フーム、音楽学校はないのかぁ?」

街の案内板を見たが、どうやら音楽学校はこの都市にはなさそうだった。ピエールは少しだけ残念そうに

「……オレサマの歌唱力を更に磨く良い機会だと思ったんだけどなぁ。ま、こういうこともあるよな!」

とりあえず飯を食うことにした。ピエールは近くの軽食屋に入って辺りを見渡した。その店は決して広くないが猪の骨が飾ってある。驚嘆すべきはその異常な大きさである。その猪は、全長は2メートルをゆうに越えている。

「オレサマの次に迫力があるぜ!」

ピエールは大喜びしていた。それから彼は店の主人に「オレサマは天才アーティストであり孤独な旅人……」と自己紹介する。彼の名前はピエール・パルト。芸名ではない、本名だ。

料理を作る音がする。

「この猪モンスターは戒めさ」

骨の猪を見つめながら、軽食屋の主人はボソリと呟いた。少し前、主人は自分の不手際と猪のせいで死にかけたことがあったらしい。幸い猪は退治されて彼自身も怪我をせずに済んだが、当時のことを思い出すと未だに肝が冷えるという。

「兄ちゃんも気を付けなよ。人間、大金を手に入れる寸前が一番こわいんだ」

「ああ、オレサマはこれからも金貨より輝いてみせるぜ!!」

「?」

ちなみに注文したメニューはおにぎり定食だった。ピエールはそれを喜んで口に入れる。具はどれがどれなのかは分からなかったが。

「AI映画館?」

それからピエールは店の主人との雑談の中で、聞き慣れない単語を聞く。すると主人は得意げに

「そう、最新型のAIが人間の脳を見て、その人の内面を映像化してくれるらしいんだ」

AIが人間の内面を映画にする、にわかには信じられない話だがピエールは興味を持った。言うまでもなくAIとは人間によって作られた知能のことだ。ピエールはAIの存在そのものは知っているが、実際に見たことがなかった。

「オレサマの内面か………傑作伝記映画が出来上がるに違いないぜ!!」

ワクワクする。会計をクレカで済ませると、ピエールはさっそくその映画館へ向かった。

「………………」

到着したがその建物はずいぶん汚れていた。とても最新技術を扱う施設には見えない。

「カモフラージュってやつか……?ふっ面白ぇ……!」

映画館の中は少し薄暗かったが、外ほど汚くはなかった。むしろよく掃除されている。ピエールは受付にいる、丸いAIロボットに話しかけて

「お勤めご苦労!!さっそくだがオレサマの映画を作ってくれ!」

ピエールはロボットの説明する通りに頭に変なヘルメットを被ったり電撃を食らわされたりして、地下のシアターに案内された。フード・ドリンクの類は扱っていないが、当然といえば当然かもしれない。

「作品が出来上がりました。もうすぐこのスクリーンに上映されます」

「仕事が早いねぇ……」

映画が始まるまでピエールは考えていた。受付を済ませてからまだ一時間もたってない。なのに映画はもう完成したという。

「………………」

仮に自分がこの短時間で映画を作るにはどうすれば良いか。作詞作曲についても同様だ。天才を自負するピエールは、速さでAIに勝つ方法を考えるしかなかった。

考えている内に映画が始まった。タイトルは『ピエール様の一生』。それを見たピエールは心の中で盛り上がった。本当に伝記映画っぽい。しかし、ピークはそこまでだった。

「………?」

おかしなことに、それ以降は映像らしい映像が何もなかった。うっすらとした画面のなかで客席に座るピエール、という静画をひたすら見せられるだけだった。セリフどころかBGMもない。脚本すらなさそうだ。途中で、これはスクリーンではなく鏡ではないのか、とピエールは思った。なぜなら画面の中のピエールは今映画を見ている自分と丸っきり同じポーズをしているからである。しかし左右が違うので鏡ではないようだ。それがますます不気味だったが。

ピエールはこれを三十分ほど見せられた。

スクリーンが真っ白になり、最後にスタッフロールが流れる。HEYOKA、とただ一言。この映画を作ったAIの名前だろうか。

「さすがオレサマ……ダウナーな演技もサマになってたぜ……!!」

ピエールはブラボー!と自分へ拍手を送る。映画に対しては正直ガッカリ、落胆の気持ちが大きかった。すると

「今のが、君の映画か」

すこし離れた席に先客がいた。ガッシリした体格の老人で、色はよく分からないが頭巾を被っている。

老人の質問にピエールはうんうんと肯定する。すると老人は、今にもため息をつきそうな声色で

「君は、アレが何を映していたか知っているか?」

「孤独な男の演技だろう?」

ピエールはおどけるように言う。しかし老人は大真面目に首を横に振って

「ここが映すのは“理想の自分”だよ。この映画館は客の理想を正確に読み取り、完璧に映像化する。私もそれをありありと見せつけられた」

老人は両手で顔を覆う。その表情には深い悲しみがあるはずだが、ピエールはそれに気付かない。ピエールは首を傾げて

「つまりオレサマはもっと映画が見たいってことか……?」

「違う違う」

二人は一緒にスクリーンを出た。

「ん?」

しかしシアターの中は真っ黒なままだった。案内役のAIロボットも糸が切れたように動かない。どう見ても異常事態だ。

「故障かな」

そう言って老人はスーツの胸元から小さな液晶パネルを取り出した。そのパネルはピコピコと音をたて、光りながら小さな足で歩き出す。

「コイツを明かりにして戻ろう」

老人はそう言った。館内のアナウンスもない状況、早くここから出たいのだろう。ピエールは迷うことなく彼について行く。

「きっとドッキリだぜ爺さん、心臓には気をつけな!」

ピエールは自分は盾代わりとばかりに前に出てズンズンと歩く。老人は呆れるしかなかった。

液晶パネルのおかげで二人は無事に戻ることが出来た。しかし受付担当のロボットは何度話しかけても返事をしない。案内役のロボットと全く同じだ。

ピエールと老人は目を見合わせた。

「ドッキリじゃなかったのか……」

ピエールはガッカリしたように肩を落とすが、幸い受付には緊急用の黒電話が置いてあった。老人が本部に電話をかけて、映画館の停電を伝える。

そうしているうちにまた別の異変が起きた。老人たちを案内していた液晶パネルが力尽きたのだ。パネルはあっという間に動きが止まり、光も消えた。優しく叩いても声をかけても何も反応しなかった。

「オレサマに任せておけ!」

すぐさまピエールが飛び出てきた。その勢いの良さに老人は躊躇するが、ピエールがポケットから取り出した道具を見て顔を変えた。何故ならそれは、老人がいつもメンテナンスで使っているものと全く同じだったからだ。

老人はピエールに任せることにした。ピエールは懐中電灯をつけて、素早くそして丁寧にパネルを修理する。数分後、パネルを床に立たせるとピコピコと音がした。直ったのだ。

「おお……」

老人は感嘆する。その後パネルはおかしな動きをすることもなく、二人を映画館の出口まで導いた。

扉を開けて太陽の光を浴びる。老人がパネルを胸元に仕舞うと、本部の人間がやってきた。老人は軽く説明すると、本部の人間が映画館に入っていく。後は彼らに任せるべきだ。老人は近くのベンチで休憩する。予想外の出来事に少し疲れたのだ。

「爺さん、冷えた水だぜ!」

「……機械の直し方は誰から教わったんだ?」

老人は、ペットボトルを持ったピエールに質問する。どう考えても、あの複雑なパネルを短い時間で直したピエールは素人には見えなかった。

ピエールはフフンと笑って

「それはオレのマブダチだぜ!オレサマは助手としても天才だから、機械の手伝いをよくやったのさ!」

老人は驚くように目を見開いた。こんな浮世離れしている若者にも、深い関係の友がいるのか。助手だの手伝いだのという単語は彼には似合わない気がするが、しかし

「少し似ているな……」

「へえ?」

ピエールは老人の呟きを聞き逃さない。老人はしまった、と口を塞ぐがもう遅い。とはいえ他人に聞かれて困る話でもない。ゆっくりと口を開いて

「私にも若い頃は友がいた。彼とはお互い競い合い、また高め合った……。けれどいつしか私と彼の差は開いていった。彼はどんどん大きくなっていくのに、私は歳を取るにつれ成長出来なくなっていた……」

ピエールは黙って聞いている。

「ある日、私と彼は数十年ぶりに再開した。懐かしかったと同時に私は嫉妬で胸が痛んだ。すると彼はなんて言ったと思う?『力を貸して欲しい』だとさ。私は夢のような気分になったね……。私は二つ返事で彼の助手となった。それが、どれだけ恐ろしいことかも知らずに……」

老人は大きなため息をついて空を見上げる。そして、ポケットからカセットテープを取り出して

「ピエール、よければこれを受け取ってくれないか。AIが作った私の映画、私の理想の姿だ。映像はないが、音声だけ出力してもらった」

音だけでも充分通じる内容だ、と老人はピエールにカセットを渡す。タイトルは『ミツヒデの人生』。ピエールは、この老人の名を初めて知る。

「要らなければ売っても良い。最新技術が詰め込まれているので良い値になるだろう」

そう言って老人は去っていった。ピエールは大きな声で別れの挨拶をした。

それからピエールは人の多いエリアへ戻った。泊まったホテルにフリーのカセットデッキがあったので、さっそく聞いてみることにした。

ピエールは正座して、神妙に音声が再生されるのを待つ。

音が流れ始めた。ストーリーはこうだ。教師をしている老人の元へ、羽振りの良さそうな同年代の男がやって来る。その男は、報酬をあげるから仕事を手伝って欲しいと老人に頼む。しかし老人は誘惑を断ち切り、男にノーを突きつける。すると男の声が消えてジ・エンドだ。最後にエンディングテーマが流れる。

ピエールはフーンというふうに首をひねった。地味な内容だ。映像があればまた違うのかもしれないが、そもそもこの脚本でどう派手にするのかも分からなかった。

しかし特徴がなかったわけではない。老人が男と再開した場面では禍々しくいノイズが鳴っていたし、最後に男が消えるシーンはミステリアで悪くなかった。というか男はどこへ消えたのか。音声だけでは全く分からない。この分からなさがピエールの心に強く響いた。

ピエールは目覚めたようにメモ帳を取り出して詩を書き始める。カセットのエンディングテーマに合わせて、筆を動かす。この曲は少しだけ明るい。これもAIが作曲したのだろうか。詩が出来た。ピエールは歌う。それを何度も繰り返して録音すると、ホテルの受付のパソコンを貸してもらい

「爺さん!オレサマからのプレゼントだぜ!」

あの液晶パネルのメールアドレスに、歌声のデータを送信する。

ピエールは自室へ戻り、汗を拭いてデッキからカセットを取り出す。時計を見ると、詩を書き始めてから二時間ほど過ぎていた。しかしAIが行った映画制作は一時間にも満たない。つまり今回は負けだ。内容はともかく、速さでは完敗だった。

「だが、次は勝つ!!!」

ピエールは大声で宣言した。防音対策はバッチリなのでクレームは来ない。

数日後、ピエールは都市クラークをあとにする。荷物は多くないが、人や施設が多いだけあってつい長居してしまった。

「さて、ここはとても楽しい街だったぜ!オレサマ一番のおすすめはオレサマのライバルがいるAI映画館だな!!理想の自分を知りたい人はぜひ覗いてみてくれよな!」

そう言ってピエールは西に向かう。実はこのときホテルのパソコンにメールが届いていたが、とうぜん彼は気付かない。

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