第34話 堕ちた勇者と甘い嘘
この剣は戒めだ……
この剣が抜けた時、私は覚悟しなければならない
克服か死か……
永遠に生き続けるか、今すぐ死ぬか……
それゆえに、私はここに剣を埋めるのだ……
(とあるドラゴンのつぶやき)
「勇者様よォ、きのう純血クソ兄貴に言ったよな」
山を下りながら、ジェリーがニタニタと笑っている。
「なんだよ」
先頭を歩くレオナは振り返らずにこう言った。彼は少し苛立っていた。険しい山を下るには集中力がいる。レオナにとっては、それを邪魔されたようなものだ。
「俺様の悪いところたくさん知ってる、って。なァなァどんなところだ?教えてくれよ」
しかしジェリーは相手のことなど気にしない。スヤスヤ眠るソロを片手に、レオナよりも軽やかな足取りで動く。レオナはやはり振り返らずに
「そういうところだっ」
カツン、と剣先が硬い岩に当たる。
こんなやりとりをしていたせいか、ふもとに到着する頃は昼を迎えていた。しかし行きよりも時間がかかったのは想定内である。
『この先ドラゴン山脈』
看板にはこう書かれていた。もう村が近い。
「で、どうするんだっけ?」
看板の文字を読みながら、ジェリーがレオナの肩にもたれかかる。
村は伝説の村を自称している。そしてレオナは先日、この村の人間から『ドラゴンを殺してきて欲しい』と頼まれたのだ。ドラゴンは凶悪だが、剣を抜いた勇者なら出来るとのことだった。
「なのにアンタは手ぶらで帰ってきた。これはチト不誠実じゃねェかぁ?」
レオナはドラゴンを倒し、伝説の剣は確かにドラゴンを斬った。しかし証拠がない以上、村人たちは納得しないだろう。
「まァ見ておけ」
だがレオナは妙に自信があった。彼は伝説の剣ドラゴンバスターソード(通称ドラバス)を引きずりながら村へ向う。
「…………」
ジェリーには不安しかなかった。とはいえ、いざという時は村人を皆殺しにすれば良いと考えいたが………。
村へ足を踏み入れる。
「ようこそ、伝説の村……。あ、勇者様!!」
案内人が歓喜の声を上げた。他の村人もゾロゾロと彼の周りに集まった。レオナは少しギョっとするが、呼吸を整え、期待の眼差しを向ける村人に
「みんな」
「もうドラゴンを殺したのですか!流石です!」「あの」
出鼻を挫かれる。ジェリーがアハハと笑うが、村人は彼には見向きもしない。
レオナは改めて
「みんな。ドラゴンの正体は……これだ」
握った右手を差し出して、村人たちに手のひらの中を見せる。
それはルビーのように紅いたくさんの破片だった。砕かれてもなお、高貴な輝きを放っている。村人たちはその美しさに息を飲んだ。
「え、それアンタがバキバキにした宝玉じゃねンググ」
ジェリーがツッコもうとしたが左手で口を塞がれる。伝説の剣の位置が微妙に危ないがレオナは続けた。
「お前たちがドラゴンだと思っていたものは、ただの宝石だったんだ。そしておれは完膚なきまでにそれを壊した。これで満足か?」
無茶苦茶な理屈だな、とジェリーは内心で思う。竜の母を持つ彼も、宝石がドラゴンになるなんて荒唐無稽な話は聞いたことがない。しかし荒唐無稽といえばこの村自体がそうかもしれず、あと面白そうなので今は成り行きを見守ることにした。
「これが竜?」
「なんか期待外れだな……」
「でも高く売れるかも……」
村人のリアクションは様々だった。動揺はんぶん、戸惑い半分といったところか。一方レオナは村人を騙せていると信じきっていたのか、こころよく宝石の破片を村人にあげてしまった。
「じゃ、おれはもう行くから」
そして用は終わったとばかりにトンズラしようとしたが
「待って下さい!」
手首を強く握られる。動けない。村の案内人だった。
「勇者様……。せめて、お礼をさせて下さいまし!」
レオナは嫌だったがここで強く拒絶すれば怪しまれるだろう。おとなしく案内人の家で歓待を受けることになった。小さな家だった。客間でレオナは剣を抱え、あぐらをかいている。気を許していないというポーズである。また隣でジェリーが「撫で斬り撫で斬り」と呪文のようにささやきかけているので別の意味で気が抜けなかった。
しばらくすると、案内人が茶と菓子を運んできた。レオナはそれらに一切さわらず、まるで案内人を射抜くような目で
「おれは先を急いでるんだが……」
「いやぁ、まさかドラゴンの正体が宝玉だったなんて!ビックリです!」
案内人は人の話を聞かない。レオナはため息をついて、ずっと気になっていたことをたずねる。
「で、どうしてドラゴンを殺して欲しかったんだ?」
「へえ」
急な案内人はとぼけるが、レオナは「いいから話せ」とばかりに拳で床を叩く。それを見てジェリーが苦笑した。
「スヤ……何の音?」
「ククク、勇者様が村人を脅迫してンだよ」
「あ、あのあの」
案内人は、恥じるようにうなだれて
「ウチ……隣の村と仲悪いんです」
隣の村、というからにはここより西にある村の一つだろうか。
「実は一触即発、っていうか。なにかのきっかけで殺し合いになるほどギリギリなんです……」
「ギリギリなのか……」
そう、だから……と案内人は拳を握り
「相手に舐められない為に竜の首が欲しかったんです。あちらも人ならざるものは怖いでしょうし……ごめんなさい、嘘ついて。本当は村の人間がドラゴンに殺されたことなんて一度もないのです」
「フゥン、抑止力ってヤツか」
竜の首なら確かに魔除けにはなるかもしれない。しかしレオナはそれを持って来なかった。彼はおずおずと
「宝石の破片で代わりになるか?」
「いいえ、なりません」
キッパリと答えられる。
「けど、あの破片は金になりますよ。なのでその資金で……」
「その資金で?」
「ドラゴンの首の模型を造ります!」
なんでやねん。ジェリーは思わずツッコミたくなるが、レオナは大真面目にくいついた。
「模型だと?」
「はい!都市クラークの職人に頼めばそれはそれはリアルな物になるでしょう!これでアイツらをビビらせてやりますよ!」
案内人は自信満々に笑う。するとレオナは伝説の剣の柄をギュッと握り
「これ、返すよ」
「えっ?」
どうしてですか?と言わんばかりの顔をする。
「たぶんこの村に必要だろ。ドラゴンを殺した剣、ということにしてくれ」
「ゆ、勇者様。村の為にそんな嘘を……!」
案内人は動揺するが、実は半分嘘ではない。
「けれど」
レオナは案内人の目をじっと見つめながら
「この剣を目当てに村に来る奴がいるかもしれない。その時はコッソリ渡してやってくれ」
「そのままの意味ですか?」
「ああ、そのままの意味だ」
案内人は柄を握る。
「重い……。でも本当に良いんですか?勇者様が抜いたものなのに……」
「おれにはもう必要ないから……」
そもそもマトモに使えないのだが、しかし案内人はそんなことは全く知らないので
「はい!勇者様が使いこなした伝説の剣、お預かり致します」
「………もうやめてくれ」
レオナは顔を覆った。
これ以上この家にいる意味はないだろう。レオナは立ち上がって、ここから出たいと案内人に伝えた。
案内人は無言で頭を下げる。今までありがとう、と言っているのだ。
「さっきの話、本当だと思うか?」
村を出て、しばらく歩いたタイミングでジェリーが肩を突き合わせる。レオナは面倒そうな顔をした。これ以上難しいことは考えたくないのだろう。ソロが不思議そうな顔をしているが、教える気にはならない。
「俺様はやっぱり嘘だと思うな〜。ぜってェ売名行為だぜアレは。俺様のカンと記憶がそう言っている」
ジェリーはニコニコしながらレオナに絡む。何がそんなに楽しいのだろう。
「アンタ、タカられたんだぜ、ククク」
「……だからどうした」
「フーン?悔しくないのか。山で竜と連戦して死にかけたんだぞ」
「…………ハァ」
呆れるようにレオナはそっぽを向く。お前と話すことなど何もない、とでも言いたげだった。
「おれも村の奴らに嘘をついたんだ、おあいこだろ」
「……兄さん、さっきから元気がないリン」
「ほんっと、アレは甘っちょろい嘘だったな」
「嘘?」
「宝石=ドラゴンのくだりだ」
「??」
「あァクソ面倒くせえ」
ソロは何のことか分からず二人についていく。
隣の村との確執が本当なのか、それは誰にも分からない。全くの嘘かもしれないし、少しだけは本当かもしれない。とはいえ伝説の剣の伝説も明らかに嘘だ。
100%真実なのは、伝説の剣の効果だけだった。
「結局撫で斬りしたのはクソ兄上様だけだぜェ?もったいね〜ガリガリ」
「おいジェリー。お前なに食ってるんだ」
「さっきの砂糖菓子」
それは案内人がレオナをもてなす時に持ってきたお菓子だった。いつの間にくすねてきたのだろう。
レオナは真面目な口調で叱る。
「毒が入ってたらどうするんだ」
「はは、悪人め」
そう言ってジェリーは背伸びをする。
レオナの口の中に、ふわりと甘い味が広がる。しかし彼は別のことを考えていた。もしジェームズが伝説の剣を求めた時、あの村は生き残ることが出来るだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます