第17話 堕ちた勇者と竹馬歩行


その陣は女神の気まぐれの如く奔放で


男神の恋心の如く執念深い


(魔法使いの詩)



「地面のいたるところにある魔法陣を踏むと死ぬ→じゃあ竹馬乗ればいいじゃん!→竹馬の足に魔法陣が移動してる。これが前回のあらすじだ!」

「雑リン!もうちょっと丁寧に解説するリン!」

「るせえ!状況がヤバすぎて丁寧に解説する余裕ねェんだよ!」

とはいえヤバいのはジェリーとソロではなく、竹馬に乗った本人のレオナである。

「え、マジ?」

この絶体絶命な状況を上手く認識出来ないレオナは思わず素っ頓狂な声をあげる。

「ゆっくりだけど魔法陣がちっちゃくなって足の方に登ってきてるリン」

「ホラ、受け取れ!」

ジェリーはソロの中にあったペンダントをぶん投げる。レオナはそれを受け取り、すばやく首にかける。こうすることで魔法陣の姿が見えるようになった。

「うわ、マジだ」

小さな魔法陣はスローだがずんずんと右足に迫っていた。

「ええい、触れさえしなければセーフだ」

レオナは右足を上げ、棒と足の指先をくっつける。かなり危なっかしい体勢だ。

「オイオイ、落ちないかソレ」

ジェリーがハラハラしながら見守っている。

「だ、大丈夫だ………多分!」

ジェリーは下を見ながら魔法陣を目で追う。小さな魔法陣は、足をかける部分をウロチョロしている。

「早くどこかへ行ってくれ……」

レオナは苦しそうにもがく。今のままでは歩くことはおろか、きちんと立つことすら難しい。

小さな魔法陣はしばらく同じところにいたが、数秒すると飽きたように地面に移動する。

「よしっ!」

これで安心だ。レオナは我慢比べに勝利した。

「魔法陣は厄介だが、その動きには法則性がねェ。邪悪な奴を焼き殺すことは出来ても、ターゲットを真面目に追いかけるアタマは無いってことだ」

ミカエルの野郎もツメが甘い……とジェリーはほくそ笑む。事実、動きがランダムなのはこの魔法陣の唯一の弱点だろう。

「よし、さっさと小道を抜けてしまおう」

足を戻したレオナは、再び歩を進める。右足と右手、左足と左手を素早く交互に出す。

「竹馬の極意とは……」

レオナは集中して語り始める。 

「一にバランス。手足四つの支点重点を公平にそろえ、中央の心は平静を保つべし。二に平衡感覚。己の重力を客観的に捉え、驕ることなく慎重に進むべし。三に釣り合い。それぞれ力学の観点から偏りのないよう力のかけ具合は均一に―――」

「レオナ兄さん、大変そうリン」

「つかなんだアリャ。言ってることがめちゃくちゃじゃねえか」

要するに重点と支点のバランスが大事ということらしい。レオナは必死の形相で下方をチラ見しつつ、山道の終焉を目指す。一瞬たりとも気が抜けない。

「少し先に、おにぎりくらいの石が落ちてるリン」

そんな中でソロのアシストはとても役に立った。先頭を歩くレオナだが、その歩行には一定の速さを保ち、下方にも気を遣わなければならない。そんな中で、あらかじめ道中の危険を教えてくれる仲間の存在は非常に有り難いものだった。

また小さな魔法陣はときおり竹馬の上に移動していたが、レオナはその度に足を位置を変え、危うい体制を取っていた。

「〜〜〜〜っ」

こちらは早く道を抜けたいのに、じれったい。レオナはこれまでの人生で何度も危険な場面に遭遇してきたが、この魔法陣はその中で最も恐ろしい相手であった。意思も人格も目的も存在ない、ただただ機械的で残酷な強敵。

レオナはそれを竹馬で突破しようとしている。それは人の意思でしか動かない原始的な道具だ。竹馬の原理はきわめてシンプルであり、だからこそレオナには心強い。

小さな魔法陣が竹馬から離れた。レオナは急いで手と足を動かす。そろそろ出口が見えた!魔法陣のない場所はもうすぐだ。神経をすり減らしていたレオナは、思わず油断する。

「…………!」

まばたきすると、竹馬の持ち手に大きな魔法陣があった。

「なっ……!」

幸い片方、左だけだった。レオナは即座に左手の竹を前に手放したが間に合わなかったのだろう。小指がほんの少し痛い。

「オイまさか……!」

状況を察したジェリーが大声をあげる。レオナが竹を自ら手放すなど、それしか考えられない。

そのまさかだ。左手の竹には魔法陣が移動している。レオナは一気にバランスを崩し、前に倒れそうになる。地面には、いくつもの魔法陣が重なり合っている。

ここで終わりか。レオナは死を覚悟する。悪魔が魔法陣に落ちると、焼けるような痛みに襲われる。それでもすぐ脱出できるならまだ助かりようはある。しかし今この状況、周囲が魔法陣だらけという場ではなす術がない。レオナは目を閉じる。今回は珍しく走馬灯はなかった。レオナは人生についてもはや何も考えられないし、考える気もなかった。

「諦めちゃダメ!!」

空気を突くような声にレオナは開眼する。彼の本能が、空いた左足をそこに置かせた。

「ソロ……!」

ソロが踏み台になっていた。おかげで魔法陣を踏まずに済んだ。危ないことに変わりはないが、レオナにとっては生きてるだけで奇跡だった。

踏まれる痛みを感じているのだろうか、ソロは苦しそうに

「レオナ兄さん、僕は兄さんと旅がしたい!だから絶対諦めないで……!」

「………!」

ソロの言葉にレオナは泣きそうになった。

「ホイ左の、安全なら持ってけ」

ジェリーが片方の竹を手に持ってこちらに見せる。安全かどうかは、ペンダントを首に掛けているレオナにのみ分かる。

魔法陣は、未だそこにある。

「ソロ……大丈夫か!?」

「だだだ、大丈夫リン………兄さんと一緒ならこのくらい」

「すまない」

レオナはそう詫びてから、ジェリーが持っている片方の竹を受け取った。

「お、ようやく消え……いや」

ジェリーは目を見開いた。レオナの表情を見れば分かる。左の竹の魔法陣は、まだ消えていない。

魔法陣が動く竹を握りしめてレオナは涙を流す。痛い。手が、本当に焼けるように痛い!だが

「腕の痛みがなんのその!」

吼えながらレオナは跳躍する。ソロを踏み台にして高く飛ぶ。ゴールまで、あと十歩。

二本の竹の底が着地する。あと七歩。地面にはまだ魔法陣。レオナは今度は左の竹の足台に力を込めて、また飛んだ。カランと落ちる左足の竹。あと四歩。

彼の手に残るのは右手の竹だけである。レオナはそれを両腕でたぐり、倒れそうになる竹の頂上に登る。

あと三歩。レオナは唯一の竹を発射台に、身一つで最後の跳躍をする。

「うおおおおおおっ!」

眼前の地上には魔法陣がない。ボロボロの上半身が、そこにぶつかった。

「やった……!」

レオナの表情は喜びに輝く。が

「兄さん、足が……!」

「おおっとぉ!」

ガラの悪い声が背後で響く。

「………お前」

ジェリーがレオナの両足を持ち上げていた。すぐ下には魔法陣がうようよしている。ジェリーは汗をつうと流して

「ヤベ、普通に重いわコレ。今回も俺様働き過ぎじゃね?」

「僕も支えるリーン!」

後ろからやって来たソロと協力して、ジェリーはレオナの身体を安全な場所に運んだ。

「はあっ……!」

上半身を起こしたレオナは来た方の道を見る。相変わらずそこは魔法陣がビッシリで、ランダムに動いている。

「おれ、あそこを渡ってきたんだな……」

まるで三途の川を見たかのようなリアクションだった。

「あーマジでお疲れさま。ギリギリだったな」

「ああ……。本当に、ソロとお前のおかげだ」

「スヤ」

ソロは寝ていた。ジェリーはキヒヒと笑い

「いざとなれば俺がミカエルを呪い殺すつもりだったからなァ〜。運が良かったな、勇者様」

「……………」

本当になんとかなって良かった。

「あ、そうだジェリー」

今度はレオナがニヤッと笑って

「今なら血、出てるぞ」

「………あーそーだな。俺様も疲れたし、少し休むか」

レオナは満足そうに目を閉じるが、ジェリーは内心では憂鬱に近い感情を抱いていた。

この元勇者は教会に入れないし魔法陣にも耐えられない。これじゃあ前途多難というほかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る